176話 第三章 第二十六節 不在
「ただいまもどりましたわ」
宿屋に到着したメイド姿のユウが声を発した。後ろにはメイド姿のトウカと執事姿のツバサ。トウカはツバサとユウに諭され部屋まで一応来たようだ。
「あら、空ですわね」
部屋には明かりが付いているものの人の気配がしない。ショウはまだ外出中だ。
「ショウ先輩帰ってないみたいですね」
「もう、せっかく来たに、あいつ居ないじゃない」
トウカが不満を漏らした。
「ショウ様と連絡を取ってみますわ」
そういうとユウがフレンドリーコールのボタンを選択した。
「ショウ様、今どちらに?」
『あぁ、ユウか? ちょっと探し物をな』
「そうですの? わたくしたちは城からもどりましたわよ」
『そうか、悪いな。オレはしばらく戻れないと思うから、先に上がっててくれ』
ショウの上がってという意味はログアウトのことだ。
「そうですの? 明日が本番ですから早くお休みになられたほうがよろしくてよ」
『あぁ、そうする。ところでトウカはいるか? あいつには悪いことしたみたいだからな』
「あら、わたくしを差し置いて別の子の話をするのですね」
ユウが視線をトウカへ向けた。トウカがピクリと反応した。
『あぁ、トウカに謝っておいてほしいんだ』
「そういうことは直接会って言われたほうがよろしいかと」
『そうだな。明日にするよ』
「では、明日必ず」
「そうだな。またな」
ショウが一方的にフレンドリーコールを遮断した。
「もう、ショウ様ったら」
ユウがフレンドリーコールを切断されたことに不満を漏らす。
「あたしのこと何か言ってたの?」
トウカがユウに質問する。なかなかいい勘をしている。
「秘密ですわ。明日にでも分かりますから」
ユウが素っ気ない返事を返す。直接言うべきだと言った張本人が約束を破っては元も子もない。そんな返答にトウカが不服そうに腕組みをした。
「本番は明日ですから、わたくしたちは先にログアウトしましょう」
ユウがログアウトを促すとツバサが口を開いた。
「ショウ先輩はまだログアウトしてないですよね?」
そもそもショウにログアウトの概念がない。ログアウトできない身であることをツバサは知らない。
「先程、フレンドリーコールでログアウトすると言ってみえましたわ」
ユウが嘘を付く。ログアウトできない秘密を誤魔化すために付いたのだろう。
「そんな見え見えな嘘つかないでください」
「わ、わたくしは嘘なんて付いてませんわ」
ユウが珍しく動揺したのかツバサから目を反らした。
「やっぱり、ユウさんは嘘を言ってます」
「どこが嘘だと言いますの?」
「だって、さっきトウカさんがお城でログアウトしようとした時、ダメだって言いましたよね」
確かに部屋に戻りづらかったトウカは城でログアウトしようとしていた。それを止めたのはユウだった。
「ええ、言いましたわ。それがそうしたのですの?」
「この部屋でログアウトするルール。それを守るためショウ先輩は戻ってきます」
「そんなことですの?」
ユウが安堵のため息をついた。ログアウトしない。いや、出来ないことを悟られてはいなかった。
「そんな事って、ユウさんはこっそりショウ先輩を待つつもりでしょ!」
「あら、せっかくショウ様と二人きりになれるところでしたのに、残念ですわ」
ユウが余裕の笑みで言う。はぐらかすの丁度いいとでも思ってるようだ。
「油断も隙もないんだから、もうっ!」
「では、わたくしが一番最初にログアウトすれば、納得いただけるかしら」
「ユウさんが先に引くなんて変です。悪いものでも食べたんですか?」
「あら、そなたこそ栄養になるものでも取ったらいかがかしら、お胸に栄養が行き届いてませんわよ」
ユウの言葉にツバサが顔を赤くする。恥ずかしくて赤くなっているのか、はたまた怒りで赤くなっているのか。
「では、わたくしは先に上がりますわ。ごきげんよう」
ユウがログアウトのエフェクトと共に姿を消した。ツバサの文句から逃げるように。
「もう、ユウさんたら!」
ツバサは怒りをぶつける相手を失った。ショウがいれば八つ当たりを始めていただろうに。