172話 第三章 第二十二節 お嬢様と執事の噂
トウカが炊事室へと帰還する。前回みたいな怒りは覚えていないようだ。前回は『偉そうにしちゃってっ!』と怒っていたが今回は違う。成長したのやら、慣れたのやら。
「トウカさんお帰りなさい。ところでお嬢様の機嫌はどうでしたの?」
メイド仲間がお嬢様の機嫌を伺う。まるで腫れ物のようだ。
「どう、と言われても……」
トウカが答えに困る。お嬢様にあった時間など一瞬だった。分かる訳がない。
「たぶん、新しい執事で遊んでるから問題ないでしょっ」
別のメイドが話に加わる。お嬢様のお遊びの説明は前回受けてる。再度聞き返さないトウカは優秀だ。
「そういえば執事さんも新しく入ったらしいわね。結構イケメンだって噂よ」
新しい執事とはツバサのことを言っている。前回と同じことが行われている。
トウカはその後、メイド達とのおしゃべりで大半を使うことになる。当然のように話しの内容の大半がツバサについてだ。「声を掛けられたらどうしましょう」と、頬に両手を当てるメイド、「私が、新人の執事さんのサポートをしますわ」と、ツバサの傍そばに近づく口述を作ろうとする物。前回とまったく同じ構図。同じ会話を二度も聞くトウカからはアクビが出る。そんな時だ。炊事室の扉が勢いよく開いた。
「大変よっ!」
メイドが息を切らせて部屋に飛び込んできた。よほどの一大事のようだ。
「何があったの?」
「お嬢様が……、お嬢様が……。ついに男の人に特別な感情を抱かれたそうで」
「え!?」
メイド達からは驚きと歓喜の言葉が溢れた。
「お嬢様って、女性しか興味がなかったのに」
「これで、安心できるわ。夜もおちおち眠れなかったんだから」
お嬢様は百合属性だ。ここのいるメイドの中にもターゲットがいたようだ。
「お嬢様って、男性恐怖症だったはずよ。治ったの?」
メイドの一人が話に加わる。
「男性よりも、女性が好みなだけじゃないのかしら?」
「確か、男性にさわると熱が出るとか」
「私が聞いたときは、男性に触ると死んじゃうって聞いたわ」
お嬢様の噂は所詮は噂でしかない。噂というものは尾びれがついて大きくなる物。
「それにしても、お目出度いわ」
「すぐに挙式でしょうね」
「だとしたら忙しくなりますわ」
メイド達が勝手に盛り上がる。その中でただ一人、不味そうな顔をするメイドがいる。トウカのことだ。
「ねぇ、その執事って新人の?」
「そうそう。トウカさんはさっき会ったでしょ? お嬢様のお部屋に配膳した時。確かお名前がツバサって言ってたわ」
「……」
トウカの顔が唖然となる。お嬢様が好意を持った相手は男性ではない。お嬢様は勘違いをされている。
「噂だと、お嬢様の好みのお茶を当てたそうよ」
「そうそう。前世からの繋がりだとか。昔から知っているような関係だとか言われてましたわ」
ロールバックの前を前世と呼べる物なら強ち間違った答えでもない。メイド達のおしゃべりは一向に止む気配がない。その中で一人、トウカが小さくなる。気まずいのだろう。