160.3話 第三章 第十.三章 事務所
ユウが事務所に連れてかれた。黒皮のソファにガラスのテーブル。奥の棚上には刀が飾れ、壁には神棚。事務所と言っても普通の事務所には見えない。
「とりあえずお嬢さん座ろうか」
物怖じしないユウは黒皮のソファにちょこんと腰掛けた。
「お嬢さん、あんたには怖いものってないんか? あぁ?」
店長がドスを効かせた声で言う。そんな威嚇にもユウは顔色一つ変えない。
「お嬢さん、ここで痛い目に会うとか、怖い目にあうとか想像できんのか?」
「全く思いませんわ」
「分かった。あんたを脅したって効果がないんだな。だったら身内はどうだ? あんたのせいで身内に迷惑が掛かるとしたら、どうなんだ? 家庭はめちゃくちゃ、家族はバラバラ。あんた一人のせいでな」
やり口はセコいが効果が高いことを悪い奴は知っている。何度も同じように脅してきたのだろう。
「この世界にはわたくしの身内などおりませんわ」
ユウの身内はログインしたゲームの世界には存在しないと。
「天涯孤独って訳でもないだろ。親くらいいるだろ?」
「この世界では親などおりませんわ」
「本当に怖くないのか?」
「えぇ」
店長が呆れ果てたのか、タバコに火を着けた。一息すると烟をユウへと吐き掛けた。
「匂いが着くと困りますわ」
ユウが煙たいと手で烟を振り払う。
「あんた本当の怖さって物を分かってない」
そう言うと店長がフレンドリーコールを使う。
「上玉の娘がおる。好きにして構わない。今、事務所におるで」
そう言うと店長がフレンドリーコールを切断した。
「今、恐怖ってやつを味わわせたる」
事務所の奥の扉が開くと奥から巨漢の男が木槌を片手に入ってきた。坊主頭で顔に傷、目つきが悪く強面だった。この顔で脅すだけで、かなりの迫力になるだろう。
第一クラス探知魔法――ステータスサーチ――
さっそくユウが呪文を唱える。相手の力量を測ろうとしてのことだ。
「ステータスサーチだと? それはレベルの低い者にしか効果がないんだぞ。俺様のレベルは32、そうそう超えられものではない。ガハハハ」
ステータスサーチが効かなかったとしても、自分からレベルを言ってくるのだから、バカだとしか言いようがない。それほどまでにレベル32が珍しいのだろうか。
「レベルが知りたかったのは、倒してしまうと後々面倒かと思いまして。あなたに使える魔法はクラス1のファイアボールくらいですわ」
「何をっ? 俺様を愚弄しようと言うのか? だったらやってみろ。受け止めてやる」
「でしたら」
ユウが幸福の杖を光らす。そして呪文を唱えた。
第一クラス炎魔法――ファイアーボール――
ユウが放ったファイアボールが巨漢の男に向かって飛ぶ。
「グワッ」
クラス1のファイアボールに巨漢の男が膝を折り地に足を着けた。
「何だ、この威力は」
「魔法の威力も言うものはWISに依存するのですわ。わたくしのWIS値が高かったに他なりませんわ。何でしたら、この建物ごと吹き飛ばしても構いませんわ」
ユウが建物ごと吹き飛ばすと言う。それではお見当のメイド服まで吹き飛んでしまう。脅し文句と言う事だ。
「そんなこと出来るはずがない。この建物にはマジックプロテクトが掛けられてるんだ!」
店長が憤りのあまり口角泡を飛ばす。この世界にも消防法やら風営法などから建物の防火対策がされてる。雑居ビルでの火災の危険度はどの世界に置いても侮れないと言う事だ。
「わたくしがクラス5の火炎魔法で吹き飛ばそうとでも言ったらどうしましょう?」
「いや、まさかな。クラス5なんて言えば、王国魔道士団でも使い手はそうはいない。こんな娘が」
信じられないことではあるが、もし本当だとすればと考える店長の顔が引きつる。
「この俺様がクラス1レベルで膝を着いたんだ。クラス5が使えると言われても不思議ではない」
巨漢の男が店長に助言する。魔法を受けたからこそ分かるのだと。
「たったら、あんたの目的はなんだ」
「メイド服を頂きに来たに過ぎませんわ」
「……。それで帰ってもらえるのだな」
「えぇ、最初からそのつもりでしたわ」
店長が変に絡まなければ穏便に済んだと言わんばかり。
「メイド服は用意させよう」
「着ていきたいので、更衣室を貸して頂きたいですわ」
「分かった」
「あと、執事服も準備頂きたいですわ。もちろん城で使ってる物と同じ物を」
「執事服の用意はここにはない」
「あら残念。すぐに用意して指定の美容院に届けて下さるかしら」
「背に腹は変えられん。それも用意しよう」
「では着替えに行きますわ」
「少し待ってくれ、スタッフを呼ぶ」
ユウは無事にメイド服を手に入れられそうだ。