150話 第二章 第十九節 エンゲージリング・マリッジリング
「で、マントはいつ返してくれるんだ?」
ショウは命綱であるマントを欲した。これがなければ部屋から一歩も出られない。
「落ち着いたら……、としか言いようがないよ」
「そうなのか?」
ミサキは没収期間を明確に伝えなかった。本人にもわからないことなのだろう。
「それと、マントがもう赤くなってるからな、消えたなんて言わないでくれよ」
マントはショウにとって生命線だ。勝手に消されては溜まったものではない。
「ミサキさん、あたし達、城のお仕事があるわ。どうしたらいいの?」
トウカがツバサに視線を送りながら言う。
「しばらくは待機ね。城へ行かなくてもいいから」
ミサキから待機の指示が出た。小さくガッツポーズをしたのはツバサだ。例のお嬢様の件であろう。当分は会わなくて済むことに喜んだようだ。
「あと、ショウ君のエンゲージリングは没収よ」
「何だよ、そのエンゲージリングってやつは」
ショウが聞き慣れない横文字に疑問符を浮かべた。
「ショウ様。私の付けた指輪のことですわ」
ユウが晴れやかな笑顔で告げた。余程嬉しい響きなのだろう。
「ショウ先輩! それエンゲージリング何かじゃないです! 貞子の指輪です!」
ツバサはリングと貞子を掛けたのだろう。ツバサにとってはエンゲージリングでは困る様子だ。
「雑魚には失礼しちゃいますわ」
「雑魚って呼ばないでください! もうっ!」
ユウの言葉にツバサが地団駄を踏み怒る。
「そもそも、ミサキさんが、エンゲージリングなんて言うからいけないんですよ!」
ツバサの怒りの矛先がミサキに向かった。
「ツバサちゃん? この様子だと、ショウ君にはエンゲージリングの意味すら分かってないんだと思うよ」
ツバサがウンウン頷いた。
「でしたら、わたくしが説明を、エンゲージリングとは婚――」
「しなくていいですっ!」
ユウの婚約指輪と言う言葉がツバサにかき消された。
「で、ショウ君。ユウちゃんの指輪は没収だから」
ミサキが告げると、ツバサは喜び、ユウは落ち込む。対照的な表情を取る。
「わたくしは嫌ですわ」
「ユウちゃん、我慢しなさい。トラブルが解消されるまでの話だから」
「嫌ですわ」
ユウが引き下がらない。嫌と言い始めたユウはテコでも動かない。
ミサキが腕組みをし始めた。ユウを説得する方法を考えているのだろう。すると、何かを思い付いたかのようにミサキが手をポンと叩いた。
「それまでにマリッジリングでも用意しておきなさい。だったらエンゲージリングは不要でしょ?」
またしても新しい横文字にショウが戸惑う。
「それならわたくし我慢しますわ」
ミサキがマリッジリングの一言でユウを納得させた。マリッジリング恐るべし。
「ユウさん! どっちのリングもなしですから!」
先程までニコニコだったツバサが怒り出す。ショウには意味がわからない。
「雑魚には失礼しちゃいますわ」
「雑魚って呼ばないでください!」
いつもの展開だ。そんな二人に間に割って入ったのがミサキだ。
「はいはい、二人共、もうおしまいよ。じゃあ、指輪外すからショウ君、手を出して」
「なんだよ、呪いの指輪外せるのかよ」
今まで、外せないと言われ続けた指輪を外すとミサキが言うのだ。
「ええ、外せるよ。私は神だから」
このゲームを作った創造者である運営のミサキ。この世界の神で間違いない。
「じゃあ、早く頼む」
ショウが左手をミサキに差し出した。その手に向けられる眼差しは、歓喜の瞳のツバサと、悲哀の瞳のユウだ。
「痛くするんじゃないぞ」
「何、女の子みたいなこと言ってるのよ」
ミサキがショウの左手の薬指の銀色の指輪を、するりと外した。
「はい、これでOKね」
ミサキが指輪を取り上げると、アイテムボックスにしまい込んだ。
「なんだ、簡単に外れるじゃないか。もっと早く外してくれよ」
「ショウ君は指輪に何回助けられてると思ってるの?」
それを言われると辛い。通算二回も指輪の効果に助けられている。
「それに。ユウちゃんがマリッジリングを作ってくれるそうだから、期待してなさい」
「だから、何だよ。マリッジリングって?」
「ショウ様? それは結こ――」
「だから、言わせませんよ!」
ツバサがユウの結婚指輪のフレーズを打ち消した。
「じゃあ、これで私の仕事はおしまい。マントも指輪も回収したから。みんなもログアウトしなさい」
ミサキの掛け声で解散となった。
トウカ、ツバサ、ユウ、それぞれがログアウトを始める。ただ一人残されたのはログアウトの出来ないショウ。
ショウは明日また賑やかなメンバーと、いつものように話をし、いつものように振り回され、かけがえのない時間を送れることを祈り床へと着いた。