136話 第二章 第五節 新聞社
ショウ、トウカ、メイド長の三人は新聞社へと向かった。新聞社は城のすぐ近くに置かれていた。城の外門を出ればすぐに見えた。一番多くのニュースが発生するのは城である。その近くに構えるのは新聞社にとって当たり前のことなのであろう。周りには他の新聞社も構えているようで、ちょっとしたオフィス街のような場所だ。
その一角にある建物の前でメイド長が足を止めた。そして、ドアを開けメイド長が室内へと進んでいった。
「あんた、早く行くわよ。メイド長が先に行っちゃったわ」
「あぁ」
ショウは返事をすると、トウカに続いて新聞社の建物に入って行った。
新聞社の中はインキの匂いが鼻につく、そんな印象をショウが持った。ここで印刷も掛けているのだろう。人の居ない編集机には乱雑に書物が置かれ、客を招こうという概念が全く感じられない。正に内々の職場だ。多くの席が空いているところを見ると、取材か何かで出払っているのだろう。そんな新聞社の受付台のような天板にメイド長が――バン――と新聞を叩きつけた。するとショウとトウカがビクついた。
「この記事のご担当の方はお見えですか?」
メイド長が丁寧な口ぶりで質問をする。すると受付台の近くの編集者が面倒臭そうな顔で答えた。
「あぁ、この記事か。あそこに座ってるが」
編集者は一番奥に座る男を指差した。無精髭を生やす中年の男性が机に向かっている。一番奥に構えてるところを見ると偉いさんであろう、そう察しが付く。
「お話しをさせていただけますか」
「はい、はい」
やはり編集者は面倒臭そうにする。まるで、いつもの抗議だなと言わんばかりだ。
「これは、これはメイド長。どうされましたか?」
無精髭の男はメイド長と知り合いのようだ。
「この記事を書いたのは編集長でしたか。こちらの記事の訂正を求めに来た次第です」
メイド長が言うと新聞の記事を指差した。それはトウカが悪者の様に書かれた記事だ。それを編集長が覗き込む。
「あぁ、この記事かい。いやぁ、なかなかの反響でしてね。部数を稼がして貰いましたよ」
「この記事で、うちのメイドが困っておりますので、ぜひ訂正を」
メイド長は後ろにいるトウカに目配せをした。
「そいつは出来ない依頼だな。うちはこういう記事で飯を食ってるんだ。疑惑を掛けられたほうが悪い。数日、おとなしくしときゃ、忘れられるさ。人の噂も七十五日って言うだろ?」
「なんであたしが我慢しなきゃいけないのよ!」
トウカが編集長に噛み付く。不満が募っているようだ。
「あ? 文句でもあるのか?」
「あるわよ。あることないこと、勝手に書かないでくれるかしら」
「俺達はな、大衆を楽しませるためにやってるんだ。大衆が求めていることをするだけさ。文句があるなら市民にでも言いな」
「町の人なんて関係ないでしょっ! すぐに記事を消してあやまって頂戴」
「市民に関係ないことは無い。需要と供給って言葉は分かるか? お嬢ちゃんには難しいかな? まぁ、市民が欲しいものを提供するのが仕事さ。多少は面白く書かせてもらうがな」
「だからって、嘘を書いて良いって言うの?」
「嘘じゃない。面白く書いただけさ」
「それが嘘だって言ってるんじゃない。本当の事を書きなさいよ」
「煩い子だな。分かったよ」
編集長が折れたようで、後方にいる編集者に顎で指示を出すのだ。
「じゃあ、すぐに訂正して頂戴よね!」
トウカが腕組みして訂正を迫った。しかし、そう簡単には行かないようだ。
編集長が、後ろに居た編集者から受け取ったものは一枚の金貨であった。それをトウカの足元の投げた。
「取材料だ。儲かったろ」
ここの新聞社ではいつもの事なのであろう。中年の記者が顎で合図するだけで金貨が運ばれてきたのだ。このお金で手を引けという意味のようだ。
「こんな、はした金いらないわよ」
トウカは足元の金貨を編集長に蹴り返した。
「お嬢ちゃん。お金を粗末にしちゃいけないよ」
ニタニタと編集長が笑いながら言う。
「人をバカにしないでよね。こんなはした金いらないわよ」
「これじゃあ、足りないって言うのか? 強欲な女だな」
「足りないって言ってるんじゃないわよ」
「へ、こっちが下手に出てやってるのに」
「何が下手よ。全然下手でも何でもないじゃないのよ」
「そんなこと言っていいと思うってるのかい? このことも記事にさせて貰おうかな『城を襲ったであろう襲撃犯、記事を書かれたことに不満。新聞社を襲う』ってな」
「また、嘘を書こうって言うの。城なんて襲ってないわ」
「どこに城を襲ったって書いたんだ? 『城を襲ったであろう』としか言ってないぜ。推測の域だ。嘘ではない」
確かにその通りかもしれない。総則で書いてあり断定ではないのだ。
「トウカさん。ここは私に」
メイド長が、憤るトウカの肩に手をやり、選手交代を告げた。
「まぁ、そちらの社がそういった方針であられるなら、こちらとしても対処させていただきます」
「何だい? 何をしようっていうんだ?」
「えぇ、うちのメイドが犯人にされるくらいですので、城としても、これからどのような記事を書かれるか心配です。ですので、そちらの記者の方は城への取材を一切お断りさせて頂きますので、何卒」
「城の取材を止めるって言うのか? そいつは脅しか?」
新聞社にとって城への取材がいかに重要なのかをメイド長は知っているようだ。新聞社が城の近くにあるのもどれだけ重要なのかを物語っている。
「脅しではありませんよ。公平で適切な記事を書いて頂けない以上、お断りさせて頂きますので」
「たかがメイド長の分際でそんなことが出来るというのか?」
「えぇ、私はメイド長。広報の責任者でもあります。記者会見の場を設けるのは私達メイドの仕事なのですが」
なぜメイド長と編集長が知り合いであったのか。それは、記者会見の場で付き合いのようだ。
「けっ、面倒なやつを連れてきたな」
編集長が舌打ちをし眉をしかめた。
「ご理解頂けましたか? では、訂正記事を」
「ちょっと痛い目にあってもらうしか、ないかな?」
編集長ががそう告げると手元のハンドベルをカラリと鳴らした。何かの合図であろう。
「何よ? 何しようっていうのよ?」
トウカが不思議そうに言う。
「まぁ、うちはよくこういうトラブルが多くてな。用心棒を入れているんだ。ちょっと痛い目に会ってもらおうかな」
編集長が告げると、入り口から大男が三人現れた。編集長が言う用心棒だろう。
面倒ごとに巻き込まれたと、ショウは溜息を付きながらも、大剣を構える。戦闘の合図だ。