126話 第一章 第五節 草原の国の住人
「アイラは草原の国で暮らしてました、です。でも、一週間くらい前から村にモンスターが来た、です」
アイラは口を紡いだ。肩を震わせているのを見ると、その時の恐怖を思い出しているのであろう。アイラの目から涙が溢れた。とっさに手で顔を塞ぐ。手枷の鎖が『ジャラ』っと音を立てた。よく見ると、少女の右手は電撃傷で爛れた痕。治癒魔法により傷口は塞がっていたが、幼い女の子には気の毒な傷痕だ。
「あぁ、そのことか。すまなかったな。もっと早く駆けつけてあげればよかったんだけどな」
ショウは三日前の記憶を思い起こしていた。三日前、それは、ウイルス討伐のため初心者サーバーである草原の国に行った時のことだ。村の住人にしてみれば一週間ほど前から村が襲われていたようだ。話が合致する。
「じゃあ、三日前に助けてくれたのは……」
「あぁ、オレ達で間違いないだろう」
アイラの表情が明るくなった。こんなところで恩人に会えると思わなかったのであろう。
「ありがとう、です」
アイラはニコリと笑った。こんな薄暗い取調室で見れるとは思えないような満面の笑顔。
「そうか。で、王国に不満があったってことか? 助けに来てもらえなかったからか?」
ショウはアイラが城を狙った理由を尋ねたのだ。王国の兵士が討伐に向かわないのは、以前、ミサキから聞かされていた。しかし、助けが欲しい時に助けが来ないということは住民にとっては不満なのは間違いないだろう。
「違う、です。今まで普通に暮らしてたんです。でも、最近、村が王国の物になった、です」
「王国のものって、領地になったってことか?」
ショウの質問にアイラは首をかしげたのだ。幼い少女には理解できなかったのであろう。
「ショウ君。領地ってことで合ってるよ」
ミサキが助言をする。
「どういうことだ?」
ショウがミサキにすかさず尋ねた。
「初心者サーバー開設時に、王国の管理下に入れたのは運営側だからね」
「でも、昔から初心者サーバーが有った訳じゃないんだろ?」
「ええ、そうよ。まだ稼動して二週間かしら」
「でも、この子。昔から普通に生活しているような口ぶりだ」
「そのことね。草原の国にあった村は、おおよそ180年くらいの歴史があるはずよ」
「どういうことだよ? オレが生まれる昔からあるってことか? そんなのありえないだろう?」
「加速装置を使うのよ」
「なんだそれ? 加速装置?」
「ええ、村が自立して機能するように年月を掛けて造られるのよ。急に出来た村が破綻なんか起こしたら、経済が歪んじゃうでしょ? だから、ゲームの実装前に時間を掛けてテストをするのよ。村として機能するかどうかをね。でも、そこまで時間は掛けられないでしょ? だから、加速させるのよ。運営が使うのはリアルの世界一日でこの世界一年を送らせる加速装置よ。確か初心者サーバーは半年間のテストだったから30日×6ヶ月でおよそ180年ほどよ」
「そういうことか。納得した。テストの後に王国の管理下に入ったってことでいいんだな?」
「そうよ」
ミサキが頷いた。
「じゃあ、アイラは王国の物になったのが気に入らなかったのか?」
「違うです。村の人が言ってたです。税が多いってって言ってたです。剣とかも全部、無くなったです」
「おい、ミサキ? そんなことが起こるのか?」
「可能性としてはあるよ。NPCの社会は自立して動くものだから。でも、国王はそんな人物にするはずないよ。もしかして王国の内政が狂ってるのかも」
「で、アイラは反乱を起こしたって訳か?」
「はいです。最初は国王様に手紙を持ってきたんです。でも、受け取ってくれなかったです。それで、助けてくれるって言ったおじさんにお願いしたんです」
「おじさんってどんな人だったんだ?」
「帽子を被っていてよく分からなかったです」
「そのおじさんが、武器を用意してくれたってことだな」
「はいです」
「兵もおじさんが用意したのか?」
「はい、です。村の人も一緒だった、です」
「そうか。村の人は何人くらいだったんだ?」
アイラが指を折り、人数を思い出しているようだ。
「20人くらいです」
「でも、なんだって、急に城を襲うことになったんだ?」
「村にモンスターが来て、ゲートの兵隊さんがいなくなった、です。兵隊さんがいない時にこっちにきた、です」
「そうか」
ショウはなぜ、村人が第一サーバーに移動してきたかを納得した。
「なぁ、ミサキ? この子助けてあげられないのか?」
ショウが告げると、アイラの表情が明るくなる。
「ショウ君、ちょっといいかな?」
ミサキが席を立ち、ショウの手を引き部屋の隅へと移動した。
「なんだよミサキ? 急にどうしたんだ」
突然、手を引かれ部屋の隅に連れて行かれたショウが不思議そうにミサキに質問する。
「ショウ君、さっきの発言はよろしく無いわね」
「なんだよ、さっきの発言って?」
「あの子の前で、助けるなんて言葉を軽率に使わないで、もらえないかしら?」
「運営の力で何とかできるだろ?」
「そういうことを言ってるんじゃないの。私だって、可哀想だと思うけど、出来ることと出来ないことがあるのよ。もし、出来なかったことを考えて見なさい。あの子の希望は無に帰る。そんなの残酷だと思わない?」
「あぁ、そうだな。あの子のことを考えれば、ちょっとまずかったな……」
ショウが自分自身の軽率な発言に反省した。決して悪気があって言った訳ではない。ただ、あの子が救われることを期待しての発言だった。
「それで、運営としては、あの子を助けられないのか?」
「確かに可能よ。何たって私は神なんだから。でもね。罪を無くすことなんて、禁忌だから。悪いことは悪い。過去にでも戻らない限り何ともならないよ」
ミサキの答えを聞き、ショウは納得するしかない。
「すまんな、アイラ。また遊びに来るからな」
「はい、です。待ってます……」
アイラは弱弱しく返事をした。枷が嵌められている手からは『ジャラ』っと音がした。