125話 第一章 第四節 取り調べ
石で出来た螺旋階段をショウとミサキは下りて行く。壁にはランタンが燈されるだけで薄暗く、不気味な雰囲気をかもし出している。
「では、こちらです」
兵が鉄の扉を開けると、部屋の中で少女が机越しに座っていた。取調室であろう部屋には粗末な椅子と机、机の上にはランタンが燈されているだけの小さな部屋であった。
「じゃあ、ワトソン君、入るよ」
そうミサキがショウに告げた。ショウは一瞬誰のことかが分からなかったのだが、自分に言われたことに気が付き返事をした。
「オレはホームズって呼べばいいのか?」
「どっちでも構わないよ」
ミサキはどちらでも構わないと言った。だったら始めからこんな偽名を使う必要は無かったのだとショウは思った。しかし、門を通る時にホームズで名乗っている以上、誤解を生まないためにショウは演技を続けることにした。
「じゃあ、ホームズさんとやら、行くか」
「えぇ、ワトソン君」
ショウはミサキに部屋に入るように促したのだ。そして、ショウとミサキは取調室へと入って行った。
少女の手前の椅子へと腰掛けたショウとミサキ。これから取調べを行う。少女の年は十歳くらいであろうか。すごく幼く見えた。少女は膝に両手を付き椅子に座っていた。両手には枷が嵌められている。哀れな少女を見たショウの心が痛まないはずが無い。
「では、始めにお名前を聞こうかしら」
ミサキは淡々と少女に尋ねた。しかし、少女は口を開くことは無かった。黙秘を続けているのであろう。
ミサキは、真剣な眼差しを向けながら少女に話しかけた。
「何も話さないと、城を襲った罪でそのまま死刑よ」
ミサキの発言を受け、少女がピクリと反応した。そして、表情を曇らせ俯いた。ショウは、少女が可哀想で仕方が無かったのだ。しかし、罪人だ。どうしようも無いことだ。
「ミサキ? あぁ、ホームズさんよ。可哀想じゃないか?」
「ワトソン君。あなたは女の子を見るとすぐ甘やかすんだから。良くないよ」
「でも、こんな幼い子だぞ。二人掛かりで攻め立てても良くないだろ?」
「昨日のこと覚えてないの? この子、あなたを人質にしようとしたのよ」
「あぁ、そのことか。寧ろ、この子にケガさせたくらいだからな」
昨日の戦闘で、ケガをしたのはこの少女で間違いは無い。ツバサの造った指輪の被害者なのだ。
ショウは、ミサキから少女の方に視線を移した。
「悪かったな。ケガはもう大丈夫なのか?」
ショウの発言を受け、少女の目が潤み始めたのだ。ショウの言葉が少女の琴線に触れたようだ。
「アイラ、私、アイラ、です……」
少女が口を開いた。弱弱しい口調ではあるがショウには聞き取ることが出来た。
「そうか、アイラっていうんだな」
ショウはアイラから視線をミサキに移した。
「な、ミサキ。じゃなかった。ホームズさんよ。話してくれそうじゃないか?」
「こうやっていつも女の子を誑かすのね」
「なんだよ。別に誑かした覚えなどないぞ」
ミサキが呆れる。ショウ自身いつもの通りだ。そんなこと言われる筋合いなどないと思った。
「じゃあ、ワトソン君。取調べの続きよ」
アイラが口を開くようになったことを良いことに、ミサキがアイラに質問を始める。
「あなたは、なぜ城を襲ったの? 他に協力者がいるはずよね」
アイラは俯き、何も話しを始めない。
「もう、ちゃんと話してくれないと分からないよ」
ミサキは口を開かないアイラに憤りを覚えているようだ。すると、アイラが口を開いた。
「あなたには話したくない、です」
ミサキは眉間に皺を寄せた。ミサキがこんな表情をするなどショウは思っても見なかった。
「オレが、質問するから。そう怒るな」
「だって、おかしいでしょ」
「そういうな。この子話したくないって言ってるんだ。席外せるか?」
「外せるわけないでしょっ!」
取調べを行うメインはミサキだ。ショウであれば席を外すことは出来るだろう。しかし、ミサキが席を外すなどありえないことだ。
「そうか? じゃあ、しょうがないか」
ショウはミサキの退席を諦めた。そして、視線をアイラに移した。
「オレになら話せるのか?」
「は、はい……、です」
アイラはショウになら話せると元気の無い声ではあるが返事をした。
「じゃあ、好きなこと話してくれないか?」
「ちょっと、ショウ君、何言ってるのよ」
ミサキは、役を演じることも忘れたようだ。そこまで余裕の無いミサキを始めてショウは目撃することになった。
「まぁ、いいだろう? で、もう役を演じなくていいのか?」
「どうでもいいよ。もう、好きにして」
ミサキの許可が下りたのだ。もう、どうにでもなれと。
「と言う訳だ。好きなこと話してくれよ」
「ワトソンさんじゃない、ですか?」
アイラが不思議そうに尋ねたのだ。先ほどまでワトソン君と呼ばれていたショウの名前が変わったからのようだ。
「あぁ、それか。まぁ、役職みたいなものだな」
ショウは偽名だとは言わなかった。偽名などと言えばアイラに不安を与えかねない。ショウは機転を利かせた。
「オレは、ショウだ。よろしくな」
「は、はいです」
アイラは納得したようだ。素直で良い子なのではないかとショウは思い始めていた。
「じゃあ、何でも話してくれよ」
「はい、です」
アイラが重い口を開くのであった。