122話 第一章 第一節 目覚め
ここは、はじまりの国の宿屋。ショウが借りている一室だ。太陽の光が窓から注ぎ込む。そんな陽気のいい朝にショウはベットで寝息を立てていた。
「ショウ君、起きなよ」
ショウを起こそうとしているのは金髪の女性だ。起こし方が普通でない。弓でショウの頬を突き刺さしている。
「あぁ、ミサキか? おはよう」
「おはようじゃないよ。まだ寝てるの?」
ショウは、ゲームの中で生活をしている。寝る時もゲームの中。一般のプレイヤーであればログアウトして睡眠をとればいい。しかし、ショウはログアウトが出来ない身だ。ここで睡眠を取る他ない。
「ミサキ? 普通に起こせないのか?」
ショウは頬に刺さっている弓を手で払い退けながら言った。
「また、爆発でもしたらイヤじゃない?」
昨日まで嵌めていたショウの指輪のことを言ったのだろう。指輪には呪いが掛かっており、寝ている時に女性に触〈ふれら〉れられると指輪の効果で攻撃魔法が発動するというものだ。
「オレを爆発物みたいに言うな」
「でも、実際に爆発したんでしょ? ユウちゃんから聞いたよ」
ショウは昨日の出来事を思い出そうとした。しかし、寝ている時に起こった事だ。記憶に無いのは当然だ。
「まぁ、そんなこともあったらしいな」
「そういうことよ」
ミサキはにこやかに告げた。まるで弓で突くことを正当化するかのような振る舞いだ。
「もう、指輪は無いだろう? 普通に起こせよ」
「でも、ユウちゃんにまた付けられたんでしょ?」
「そうだったな」
ショウは左手の薬指に付けられた銀色の指輪を見ながら言った。そして、徐に指輪を外そうとする。
「やっぱり外れないか? また呪いか……」
このゲームの中には呪いと呼ばれる効果を持つアイテムが存在する。典型的なの物は一定時間外れないという効果だ。正にショウの指輪は一定時間外すことの出来ない呪いの指輪なのだ。
「ショウ君? その指輪の効果は何なの?」
またおもちゃを探し出したかのようにミサキが嬉しそうに広角を上げる。
「いや、分からないが。ユウは教えてくれなかったからな」
「へぇ、そうなの?」
「ミサキ? 指輪の呪いを管理者権限で解除してくれないか?」
ミサキはこのゲームの運営側の人間だ。呪いを解くくらい造作もないことのはずだ。現に呪いの効果が付与されたマントは外せるように出来たのだから。
「いやよ。そんなことしたらユウちゃんに怒られちゃうよ」
「ユウは、そんなことで怒りはしないだろ? だから外してくれ」
ショウはユウが怒らないという確証は無かったが、指輪を外したい一身でミサキに嘘を言う。
「この前ユウちゃんの指輪に助けられたの忘れたの? その指輪も良い効果があるかもしれないよ」
それは先日のウイルス退治でユウの指輪に助けられた話の事だろう。しかし、たまたま運よく指輪に助けられただけであって、今回も同じとは限らない。できるなら早く指輪を外したかった。
「あれは、たまたまだろう? 効果も分からない以上、指輪なんてしたくない」
「そう? あんな美人のユウちゃんに指輪貰ってそんなこと言うもんじゃないよ。世の中の男を敵に回すことになるよ」
確かにユウは美人だ。ショウの美的センスがどれだけ狂っていようとも美人だと言い切ることが出来る。しかし、綺麗な花がそれだけ危険か。邪な考えを打ち消すかのようにショウは首を振った。
「外してくれ。その方が安全だ」
「ダメだよ。私はユウちゃんの味方だから」
ショウは溜息しか出ない。これ以上何を言ってもミサキは聞き入れないであろう。
「で、今日は何なんだ?」
「失礼ね。昨日の報告に来たのよ」
ミサキはムスリとしながら言ったのだ。
「昨日の報告って、城が攻められたことか?」
「そうよ。魔封石が使われた件で報告を上げておいたのよ。これで、魔封石も無くなったんだから。安心でしょ?」
「そうだな。しばらくは城の警護も行かなくていいんだよな?」
「そうね。ただ、いきなりトウカちゃんとツバサちゃんが城から消えるのは不自然すぎるからね。今日くらいは行ってもらおうかしら」
「あいつら、城が嫌だって言ってたぞ。そもそもあいつらはただのプレイヤーなんだから、ミサキが自由に使っちゃいけないだろう」
トウカもツバサも一般人だ。ミサキとは立場が違う。ミサキは仕事としてゲーム内の治安維持に当たっている。ゲーム内での行動は全て職務上ということだ。
「この際、使えるものは何だって使うよ」
ミサキは使えるものは何でも使うと自信を持って言った。これがショウが恐れるミサキの行動力だ。
「あいつらが行くって言うなら、反対はしないが、無理には行かせたくないな」
「あら、ショウ君ってやさしいのね。そんなんだからあの子達が勘違いするのよ」
「何だよ、勘違いって」
「言葉の通りだけどね」
これはいつもの展開だ。ミサキは特に語らない。だからショウは分からない。分からない回答をされてショウはまたも溜息を付いた。
「で、ミサキ? 今日は何をするんだ?」
「今日? これから監獄〈かんごく〉に行くよ」
「ついにお前、収監されるのか?」
ショウがミサキを茶化した。
「あら、そんなこと言うと、神の逆鱗に触れるよ」
「あぁ、悪かった。忘れてくれ」
ショウは反論を諦めた。この世界の創造主である運営『神』ミサキに勝てるわけがない。下手に反論しようものなら、罪状をでっち上げられて収監させられるのが落ちだからだ。
「ショウ君も行くのよ」
「えっ? オレがか?」
「えぇ、そうよ。ショウ君はこれから投獄されます!」
「何の罪だって言うんだ?」
「誑かし罪よ」
罪状のでっち上げが始まった。量刑不明な聞いたこともない罪状。
「なんだそれ?」
「女の子を誑かせた罪よ」
「そんなことした覚えはないぞ」
「じゃあ、鈍感罪で」
「意味が分かないんだが」
「まぁ、冗談は置いといて、昨日、捕まえた女の子を覚えてるでしょ?」
「あぁ、オレを眠らせた子か?」
「そうそう。その子から事情聴取よ。もしかしたら他にも反乱を企んでる人たちがいるはずだから。だっておかしいでしょ? あれだけの財力があの子一人が持っているなんて考えられないしね。裏で糸を引く人間がいるはずよ」
「悪の組織を暴こうってことか?」
「そういうこと。だから出発よ」
「もう出発か?ちょっと、その前にシャワー浴びてくる」
ショウの頭は寝癖が付いており、アホ毛がピンっと立っている。
「あら、ショウ君。いやらしいわね」
「何だ、その目は?」
ミサキは悪巧みでも考えるかのような目でショウを見た。危険を察知したのか、ショウが折れるようだ。
「分かった。分かった。すぐ出発する」
ショウは、寝癖を手で撫で付けながら言う。
「そう来なくっちゃ、行くよ」
ミサキは背を向けると部屋の扉へと向かい歩き始めた。
「オレ、まだ鎧も装備してないのにな」
ショウは寝間着にしている魔道服姿だ。クロゼットから装備品を取り出し準備をする。装備が終わるとショウも部屋を後にするのであった。