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後日談

 墓場が骨だらけなってから4日目の朝、オレは店を開けようとしていた。

 開店の札をかけようと扉を開いたところに、ガガさんが飛び込んできた。

 元この店のオーナーで、ルブクス魔法協会エンドリア支部長をしている。

 いつもは血色のいい丸い顔が、青ざめていた。

「ウィル、今からムーと王宮に行ってくれ」

「何かあったんですか?」

「とんでもないことになったんだ」

「明日じゃだめですか。今日は店を開かないと、飢え死にしそうなんです」

 3日間、墓埋めをしていた。金はなく食料も底をつきかけている。

 タマネギ1個と小麦が3カップ。

 青少年3人の1日分の食料としては厳しすぎる。

「すぐに行ってくれ、シュデルは私が毎日たらふく食べさせてやる」

「オレとムーは、飢え死にしろと」

 腹が減っていると、思考は食い物にしか向かわない。

「何を言っているんだ。いつ戻ってくるか、いや、戻ってこられるかもわからない状況なんだぞ」

「はぁ?」

「だから、とんでもないことになっているんだぁー!」

 パニックに陥っているガガさんと会話をあきらめたオレは、開店の準備をしていたシュデルに店のことを頼んだ。

 まだ寝ぼけているムーを引きずり、腹ぺこのまま王宮へと歩きだした。




 王宮に続くアロ通り。

 馬に乗った騎士や何騎も走り抜けていく。国境警備の旗をかかげた兵士の隊列が足早に王宮を目指している。

 ガガさんが言っていた「とんでもないこと」は、事実らしい。

 城についたオレたちは、城門でオレたちを待っていた親衛隊に囲まれ、謁見の間に連れて行かれた。

「よくきたのう、ウィル・パーカー、ムー・ペトリ」

 お人好しと評判のエンドリア国王は笑顔でオレたちを迎えてくれた。

 が、隣に立つアレン皇太子は、怖い目でオレたちを睨んでいる。

「実は困ったことが起きてのう、ウィル、ムー、頼んだからの」

 頼んだと言われても、何が起きたのかがわからないと返事もしようがない。

「では、頼んだからの」

 それだけ言うと、王はさっさと謁見の間をでていってしまった。

 アレン皇太子がコホンと咳払いをした。

 皇太子といっても妻持ち子持ちの29歳。公式の場に王に代わり出席することも多いらしい。

「その様子では何が起こったのか知らないようだな」

 オレもムーも、うなずいた。

「昨夜、ルブクス魔法協会から公式の文書が送られてきた」

 ルブクス魔法協会。

 イヤな予感がする。

 そして、この予感は絶対に当たる。

「ムー・ペトリ、および、シュデル・ロラムが先日墓地で行った魔法についての調査結果だ」

 皇太子は右手に持った書類を、顔の横に掲げた。

「シュデル・ロラムが行った魔力による土壌汚染だが、1週間ほどで土壌より完全に消滅されるそうだ。

 この力は現在ムー・ペトリの魔法によって押さえられており、特に問題はない」

 皇太子の顔が険しい。

「今回、問題となっているのは、ムー・ペトリのよって行われた、土壌にかけられた魔力を無効化する魔法についてである」

 ここでムーをギロリと睨んだ。

 相当、怒っている。

「二ダウ霊園より北側に向け、長さ20キロ、幅1キロの土地が、魔力の使用が不可能となった」

 長さ20キロ、幅1キロ。

 霊園の数十倍の広さの土地だ。

 無駄にでかい魔力が恨めしくなる。

「ルブクス魔法協会によると、魔力の使用不可能な状態は100年以上続くと考えられている」

 オレの背中に、冷や汗が流れた。

 エンドリア国では魔法は生活に密接に関係している。

 家や土地にかける魔法も多い。

 モンスターよけの魔法。

 風よけの魔法。

 畑の土を豊かにする魔法、など、数えあげたらきりがない。

 それを100年以上使えない。

「昨夜、この報告書があがってきた。本日、お前達を呼び出し、処分を言い渡す予定だった」

 皇太子の声は、永久凍土の冷たさと硬さを保っている。

「だが、事態は急変した。もはや、一刻の猶予も許さぬ状況だ」

 プラス、針千本。

「シェフォビス共和国の議会が、昨夜、二ダウの北20キロを自国の領土として要求することを決定した。

 もし、我が国が拒否すれば侵攻してくるつもりらしい」

 シェフォビス共和国は、エンドリア王国の西方に位置する大国だ。魔法への依存度が極端に低く、魔術師も少ない。エンドリア王国を含め、魔力に依存している国との国交とはほとんどない。

「ダイメン国は交戦の際に受けた自国の損害の全額補償を条件に、シェフォビス軍の通過を認めたようだ」

 ダイメンは、エンドリア王国とシェフォビス共和国の間にある小国だ。

 ダイメン国がシェフォビスについたとなると、ダイメン国とエンドリア王国の国境での戦いになる。

「ムー・ペトリ。土地を魔力使用可能な状態に戻せないか?」

「できましぇん」

 あっさりと答えるムー。

 幼児語だが、指摘する気力がない。

「モジャ殿にお願いできないか?」

「モジャでも、できましぇん」

「今回のことを解決できる具体案を提示できるかね?」

「そんなの簡単しゅ。魔力のない土地が欲しいんしゅなら、シェフォビス共和国全土に、魔法無効の魔法をかければいいしゅ」

 言葉が終わる前に、オレはムーの尻を蹴飛ばしていた。

「そんなことしたら、エンドリアがルブスク大陸の国中か非難を受けることになるだろう!」

 他の国と比べ、量は圧倒的に少なくても、魔法を使用しているのだ。他国からの旅人もいる。

 皇太子が唇をゆがめた。

「実は私も同じことを国王に提案した」

 オレの目はテンになった。

「残念なことに父上に反対された。エンドリア王国が危険な国と見なされ、周辺諸国との紛争の種になると」

 エンドリア国王様。

 オレはいままでお人好しだけが取り柄の無能な国王だと思っていました。今ここで無能でない王様と訂正させていただきます。

「もし、シェフォビス全土を魔法無効の土地にできれば、我が国を常に見下ている、あの傲岸不遜の共和国に苦汁を飲ませることができただろうに」

 吐き捨てるようにいう皇太子。

 大国と小国。

 色々と苦労があるんだろう。あるんだろうけど、こいつが次期国王で、大丈夫かエンドリア。

「そうだ。肝心なことを忘れていた。シェフォビス共和国が魔力無効の土地を欲しがる理由についてだが」

 そこで一息入れた。

「環境研究所をつくりたいそうだ」

「環境研究所?」

「そうだ。環境研究所。だが、研究所で行う研究内容について聞くとそれには答えず、こちらに寄越せの一点張りになる。それでは、エンドリアとしても渡すわけにはいかない。もし、エンドリアが拒否してシェフォビスが実力行使にでた場合、エンドリアの同盟国も加わることになり、ルブスク大陸全土に戦乱が広がる懸念がでる。

 そこでシェフォビス共和国と国交があるラルレッツ王国が間にたち、秘密裏に会談を行うこととなった。場所はダイメンの南、ゼソアにある離宮。時刻は本日午前10時、シェフォビス共和国から国務大臣チャロットがこられる。ウィル、ムー、お前たちにも出席してもらう」

 謁見の間の時計は9時を回っている。

 馬で駆けても間に合わない。ムーの魔法なら可能だが、生きてつける保証はない。

「両名とも時間がない。ただちに出立せよ」

 オレたちの他に誰が行くのか、皇太子なのか、それとも大臣なのか。オレ達の命は保証されているのか。

 疑問が頭の中で渦巻いているオレに、皇太子は淡々した口調で答えをくれた。

「馬では間に合わないだろう。エンドリア飛竜隊副隊長レナルズ・ガードナーに、ゼソアまで送らせる。レナルズは両名を降ろした後すぐに帰投。このたびの会談、エンドリアの出席者はそなたたち2名のみ。その後は自らの判断で行動して欲しい」

 竜で運ばれて、敵地に放り出されて。

 オレ達の今日は、いつも通り暗雲たちこめている。

「我らとて鬼ではない。欲しいものがあったらいうがよい」

「有能な政務官、優秀な護衛。帰路用の飛竜と騎手、命の保証に、極上の交渉材料、うまい朝食」

「わかった。かなえてやろう」

 皇太子は力強く断言した後、小声で付け加えた。

「最後の望みだけだがな」



「これより、城に帰投いたします」

 ゼソアの離宮の中庭までオレ達を届けたエンドリア飛竜隊副隊長レナルズ・ガードナーは、不安とあきれをない交ぜにした表情でオレ達に敬礼をした。

 仕事とはいえ、トラブルメーカーと名高いオレ達を送ってくれたのだから、せめて礼を言いたかったが、オレもムーもそれどころではなかった。

「おく…って、うぷっ…あ…ううっ…りが…と…」

「う、うっげ…」

 極限まで腹が減っていたオレ達は、エンドリア王宮厨房特製フレッシュジュースと豪華サンドイッチとむさぼるように食べた。時間の関係でゆっくり味わえなかったのは残念だが、久しぶりにうまい飯で腹がパンパンになった。

 すぐに飛竜に騎乗。

 乗り物酔いには強いと自負していたが、風にあおられながら飛ぶ飛竜を甘く見ていた。

「じゃ……ぁ」

 飛び去っていくレナルズ。

 オレは片手で口を押さえ、もう片手をあげて別れを告げた。

 ムーは片手で口を押さえ、もう片手で地面に何か書いていた。

「むうっ」

 止めようと伸ばしたオレの手が届く前に地面が光った。

 黒蜘蛛がいた。

 コインほどの小さな蜘蛛だが足が20本ほどあり、せわしなく動いている。丸く盛り上がった背中からは細い棒のようなものを生やしている。

「しぇ、しぇいこう…だ、しゅ」

 すがりつくように棒を握ったムーだったが、握った途端、口を押さえていた手を離した。

「はぅ…治ったしゅ」

 太さ1センチ、長さ1メートル弱の深紅の棒。

 オレは手を伸ばし、ためらうことなく握った。 

 木のような感触。

 吐き気が収まり、気分がすっと良くなっていく。

 成功と言ったのは本当らしい。

「ウィルしゃん」

「なんだ」

「このダジガは酔いの治療に特化したモンスターでしゅ」

「いるんだな、そんなのが」

「便利なんでしゅが、問題がありましゅ」

「どんな問題だ?」

「棒を握った手は1時間くらい離れないしゅ」

「召喚成功なら、すぐに帰ってもらえば解決だろ」

「ボクちゃんたちも一緒に、あっちにいっちゃいます」

「あっちには行きたくないな」

「1時間、棒さんギュでしゅ」

「1時間だろ、あっという間に過ぎるさ」

 のんきに会話するオレとムー。

 場所は、目的地であるゼソアの離宮中庭。

 時間も約束の10時まで10分近くもある。

 芝を敷き詰めた広々とした中庭。

 暖かい陽射しは燦々と降り注ぎ、吹きぬける風には青い緑の香りがする。

 柔らかな芝の上にのんびりと座るオレ達。

 数メートル先には何十という兵士が槍先を向けて囲んでいた。




 連れていかれたのは精緻な模様が彫られた巨大な扉の前だった。

「エンドリア王国代表、ムー・ペトリ及びウィル・バーカーをお連れしました」

 扉の外から声をかけたのは、オレ達を槍先でつっつくようにして、ここまで誘導し兵士達のリーダー格の男だった。

「そこにて待て」

 年老いた、だが張りと威厳のある声が答えた。

 重厚な扉が、内側から外側へとゆっくりと開かれる。

 広い部屋の中央には、大理石の円卓。

 卓の周りに置かれた椅子に座っていたのは、王侯貴族、高位の魔術師、偉そうな学者などなど。

 オレ達の正面に座った爺さんが、厳めしい表情で何かを言おうとして固まった。

「ダジガでしゅ」

 聞かれる前にムーが答えた。

「召喚モンスター、なのか?」

 かすれた声で爺さんが聞き返した時には、室内の視線はダジガに集中していた。

 魔術師の中には興味津々でダジガを観察するものもいたが、多くの出席者は嫌悪の表情を浮かべている。

 モンスターということもあるだろう、深紅の棒を背中に生やした黒い蜘蛛は見た目もグロテスクだ。

 丸眼鏡をかけた小柄な魔術師が、手を挙げた。

「ルブスク魔法協会のアルフォード・キトスと言うものです。発言をお許し願いたい」

「発言を許す」

 正面の爺さんが、この会議の議長らしい。長い白髭、白と茶色のローブ。首にかけられた高そうな飾りにはルブスク魔法協会の紋章。

 ルブスク魔法協会に所属する爺さんが議長ということは、協会もこの会議に関わっているらしい。

「皆さんが今ごらんになっているのは、ダジガと呼ばれている異次元モンスターです」

 異次元モンスターという言葉に、席から腰を浮かせ、逃げる体勢になっている者もいる。

「ご安心ください。ダジガは人に害は及ぼしません。約150年ほど前に召喚され研究されました。その時の記録がルブスク魔法協会に保管されております」

「彼の言うことは本当です。人に害は及ぼしません」

 魔術師モードに戻ったムー。

 公式の場であることを思い出したらしい。

 丸眼鏡の魔術師は、室内の注目を自分に戻そうするように声量を上げた。

「ダジガの背中に生えている深紅の棒に触れることにより、乗り物酔いを治すことが出来ます。触れるとしばらくの間、手が離れなくなりますが、触れたことで人体に悪影響を及ぼすことはありません」

「周囲の人間にも影響はないのだな?」

「ございません」

 きっぱりと断言する丸眼鏡。

「乗り物酔いの治療以外は何もしませんのでご安心ください」

 いい終えた丸眼鏡は満足げな笑みを浮かべた。

 このダジガは、本当になにもしない。せいぜい20本ほど生えている足をモニョモニョと動かすくらいだ。その足も動かすだけで、移動には使えないようだ。

「補足をさせていただきたい」

 いい気分でいた丸眼鏡の額に縦ジワを入れたのは、オレの隣のチビ魔術師。

「私の研究にてダジガには、非常に有益な能力があることが判明しています」

 聴衆の興味をあおるように、わずかな間をおいた。

「触れた者は一時的に年をとらなくなるのです」

 出席者がざわめいた。

 丸眼鏡が立ち上がった。

「そのような記録はない」

「私の研究だと言ったはずです。2年ほど前からダジガの召喚を繰り返し、今言った結論に至ったわけです」

 正面の爺さんが身を乗り出した。

「年を取らなくなるというのは本当か?」

「はい。止まる期間は約10年。耐性ができるため1回きりですが、使い方によっては有益と思われます」

 部屋のあちこちで話し声がしている。

 正面の爺さんも後ろの魔術師とお話中。会議は一時中断らしい。

 会議が遅れる。→帰りが遅くなる。

 留守番がシュデルだけ→店が危ない

「あの…」

 おずおずと手を挙げたオレは無視された。

 しかたなくオレは息をいっぱいに吸い込んだ後、大声で怒鳴った。

「嘘に決まっているだろ!!」

 視線が一斉に集まった。

「ムーの身長を先月計った。1年間で1センチ伸びた」

 正しくは8ミリだが、1センチになったのは測定したペトリ爺さんの愛だ。

「ダジガが本当に年をとめられるならば、1年1ヶ月より前にはダジガに触っていないことになる。 

 そして、今日ダジガに触った。1年1ヶ月前から後に触っていてもいなくても、ムーは約9年間年を取らなくなったわけだが、それもあり得ない」

 イヤな思い出が浮かび上がってくる。

「9年後のムーはオレと同じくらいの身長だった」

 丸眼鏡の魔術師が侮蔑の表情で聞いた。

「今の話だと、君は9年後ムーペトリの会ったことになる」

 オレはうなずいた。

 1ヶ月近くオレの部屋に居座っていた。

 外見は成長していたが、中身は退行していた。

「ウィル・バーカー」

 苦笑いを浮かべた正面の爺さんが、オレの名を呼んだ。

「君は魔術に詳しくないようだから、説明してあげよう。時を越える魔術は存在しないのだよ」

 丸眼鏡も当然といった表情でうなずいた。

「理論上では可能だが、現在の研究では手がかりすらつかめていない。また理論上でも未来への一方通行で過去には行くことは出来ない」

 子供に諭すように言われた。

 出席者の反応を見ると周知の事実らしい。

 オレは嘘を言っていない。だが、証明することはできない。

 オレが黙ったことにより、ダジガの話題は終わりになったらしい。

 ざわめきが静まっていく。

「これより、会議を始める」

 爺さんが重々しく宣言した。

 やった、とオレは喜んだ。

 オレが嘘つきと思われようが、爺さん達がムーの嘘にだまされようが、当初の目的”会議を進める”は達成できたのだ。




 会議は紛糾した。

 10時にはじまった会議は、オレ達の手がダジガから離れても、正午の鐘が鳴り響いても、漂ってくるうまそうな匂いが消えても、終わらなかった。

 終わらない理由は簡単だ、互いに同じことをひたすら主張しているからだ。

 シェフォビス共和国がエンドリア王国の土地を欲しい。その理由は魔法を使う人間が他国に比べ少ない。魔法を使えない人々が住みよい環境にしたい。そのための研究施設を魔法がかからない土地に建てたい。

 これに反対しているのがルブスク魔法協会。

 シェフォビス共和国の人に魔術師は少ないが、土地には他国と同じに魔法がかかる。また、シェフォビス共和国とエンドリア王国では気候も違いすぎる。環境研究所など作っても役に立つとは思えない。

 ラルレッツ王国は両者の折衷案だ。

 エンドリア王国は1年間に限り、シェフォビス共和国に貸与する。環境研究所の結果がどうであれ、1年後にはエンドリア王国に変換する。

 同じ話も長々と聞いていると、だいたいの構図が見えてくる。

 シェフォビス共和国は、なんらかの理由があって魔力無しの土地がどうしても欲しいが欲しい理由を話す気はない。

 ラルレッツ王国は、その事情を知っているが、シェフォビス共和国同様、公にしたくないらしい。一時貸与という形で丸くおさめようとしている。

 ルブスク魔法協会は、シェフォビス共和国が魔力無しの土地を欲しがる本当の理由は兵器の開発と考えている。魔力を必要とせずに使える強力な兵器。魔術師が少ないという不利を覆すため、魔力の影響のない土地での研究開発をしようとしているのではないかと疑っている。

 激論を交わしているのは、2つの国と1つの組織だけだ。周辺諸国からも出席者がいるが、どこも小国で発言の機会すら与えられない。

 問題の土地を所有するエンドリアの代表であるオレもムーも、開催場所を提供してくれダイメン国も、完全に無視だ。

 見下しきった態度。

 小国は大国の決定に、ただ従っていればいいらしい。

 今、皇太子が「シェフォビス共和国全土に魔力無効の魔法をかけてしまえ」と言ったら、オレは両手をあげて賛成する。

 怒号が飛び交ってはいたが、進展のない状態に会議はだれた雰囲気になってきていた。ついに正面の爺さんが片手をあげて制した。

「これより休憩とする。再開は2時間後の午後5時。それまでの間に話し合いが進むよう、各国間で調整を願いたい」

 正面の爺さんが言い終わると、室内は緊張が解け緩んだ空気に変わった。

 そこに大声で響いた。

「ダジガを戻してよろしいですか?」

 ムーに視線が集まる。

「ここにいるのは召喚成功のダジガです。私の意志でいつでも元の世界に返すことができます。先ほどまでついていた手は、このとおり、時間の経過で離れました」

 ここで間をおいた。

 そして、ゆっくりと言った。

「元の世界に返してよろしいですね?」

 室内が静まり返った。

 動きを止めた人々の視線がダジガに集まっている。

 微妙な空気の中、明るい声がした。

「触らせてもらってもよろしいかしら?」

 動かない人々の間を縫うように、年輩のご婦人が近づいてきた。

 年は50歳前後、髪を高く結い上げ、レースをふんだんに使ったドレスには、鳥や花の豪華な刺繍がされている。

 上級貴族か、王族だろう。

「おやめください。リュシカ様」

 駆け寄ってきたのは、女性の従者だ。

「もし、何かありましたら」

「ルブスク魔法協会の方も体に影響がないこと保証してくださったわ。年が止まるなんてすばらしいことよ」

 にっこりと笑うと

「この棒に触れればいいのよね?」

 ムーに確認を取った。

「触れるだけでもよろしいですが、手が離れるまで1時間ほどかかります。楽な体勢でしっかり握られるとよろしいかと」

「これでどうかしら」

 従者が素早く差し出した椅子に腰掛け、棒をしっかり握った。

「よろしいかと。では、手が離れたところでダジガを元の世界にもどさせていただきます」

 にんまりと笑うムー。

 オレは動かず、目で警備をチェックした。

 入口の扉には左右1人ずつ。

 廊下は見えるだけで10人強。

 室内にはそれらしき人物は見あたらない。参加者の紛れているか、従者に腕の立つ者がいるのか。

 おそらく、部屋全体にも防御系の魔法をかけているだろう。

「冷たくも熱くもないわ」

 女性は触れた棒の感想を、横に立つ老人に言った。

「よろしければ、一緒にいかがかしら」

 笑顔で誘う。

「では、お言葉に甘えて」

 ためらいながらも、老人は棒を握った。

「では、わたくしも」と、その隣の老人も棒を握った。

 そこからは早かった。「自分も」「私も」と棒に群がり、争って棒を握った。握る場所がなくなり、指先だけ触れているだけの者もかなりいる。

 30人近い出席者が棒を中心に塊になった。

「けけけっ!」

 ムーの笑い声と同時に、オレは床を蹴った。飛び乗った大理石のテーブルを走り、正面の爺さんの首に手をかけ、体を捻って後ろに回った。

「動くな!」

 首に指を食い込ませながら、怒鳴った。

 部屋が一挙に緊張状態になった。

 警備の兵が槍を構えた。

「人質を放せ!この状況で逃げられると思っているのか!」

 飛び込んできた隊長格の男が叫んだ。

「動くなといっているだろ!オレは学校で習っただけで、まともに戦ったことがないんだ。うっかり首を折ったらどうするんだ!!」

「貴様、やっていることの重大さがわかっているのか。逃げ切れなどしないぞ」

 オレだって本気で爺さんをいつまも人質にしようとは思っていない。

「こっちを見るっしゅ」

 ムーの幼児語が響いた。

「ダジガにいっぱいの人が触られているっしゅ」

「今はそれどころではない!」

 魔術師らしい男が怒鳴った。

「それどころなんでしゅ」

 ムーがニマリと笑う。

「ボクしゃんが今ダジガを戻しゅと、みんなあっちの世界に行くしゅ」

 聞き慣れない幼児語に、皆、ムーが何を言っているのかわからなかったらしい。だが、理解した後の行動は早かった。

「貴様ぁー!」

 兵の一人が飛びかかろう身構えた。

「爺の首が折れましゅ」

 動きが停止した。

 ムーが「よいしょ」とテーブルの上によじ登り、周りを見回した。

「ここからはウィルしゃんが会議をしきりましゅ」

「そのようなことは認めることはできない」

 議長の爺さんの隣に座っている魔術師が即答した。

「わかりましゅた。あっちの世界に行ってもらいましゅ」

 ムーの言葉に、ダジガに捕まっている人の「やめろ」「認めさせろ」「助けて」という懇願や怒りの声が途切れなく続く。

 兵士や魔術師達の顔に困惑が浮かんでいる。

 これだけいるのだ。ムーを殺す方法くらいあるだろう。

 殺すことはできても召喚者であるムーの死でおこるダジガの帰還は止められない。30人近い上級貴族や魔術師の命を守るためには、ムーを今は殺せない。

 あとはムーが死なずに拘束される事態にならなければ、この会議をオレたちが進められる。

「爺さん、悪かったな」

 オレは議長の爺さんの首から手を離した。軽くせき込んだ爺さんは、首をさすりながらオレをにらんだ。

 なかなかの迫力だ。

「ウィルしゃん、早く終わらせるしゅ」

「ムーがやればいいだろ」

「めんどいしゅ」

 ムーはやる気ゼロを表すため、テーブルの上に寝そべった。

 オレはため息をついて、空いていた椅子に腰を下ろした。

「エンドリア王国で古魔道具店を開いているウィル・バーカーといいます。そろそろ店に帰りたいんで、10分で会議を終わらせたいと思います。協力をお願いします」

 どこかで失笑がしたが、オレは話を続けた。

「最初にシェフォビス共和国の方になぜエンドリア王国の土地を欲しがっているか、その本当の理由を教えていただきたい」

 シェフォビス共和国の代表のひとりと目を合わせた。60歳くらいの男性で、斑点のある毛皮を縁どりした贅沢な服装だ。

「制限時間は2分、嘘を言ったり、時間をオーバーしたり場合は、ペナルティとしてシェフォビス共和国全土を魔法無効の土地とします」

 男性が息をのんだ。

「急がないと時間がなくなります」

「待ってくれ」

「待ちません」

 顔を赤くしたり青くしたりした男性は喉から絞り出すように叫んだ。

「ルギス、ルギスが悪いんだ」

 ルギス。ラルレッツ王国とシェフォビス共和国の北にある北方の国で、狩猟民族があつまって作っている国だ。

「ルギスが病気を持ち込んだ」

 それだけ言うとがっくりと前に倒れ込んだ。話をつづけるのは難しそうだ。

「わかりました。では、ラルレッツ王国の代表の方、持ち込まれた病気について説明してください。制限時間は1分、ペナルティは同じくラルレッツ王国全土の魔力無効化」

「なぜ、我が国が!」

「ラルレッツ王国は広いですがムーの力なら可能だと思います」

 迷った時間は短かった。

 落ち着いた表情で、静かに話し始めた。

「ここ数年に渡りルギスからの越境してくる者が増えていた。シェフォビス共和国と合同で調査団を作り調べたところ、彼らは共通の病にかかっていた」

 ルギスからの越境者の話は、深緑の塔でムーの実の祖父スウィンデルズ爺さんがしていたから本当だろう。

「魔力を著しく低下させる病気だ」

 反応したのはルブスク魔法協会の面々だ。

 全員、見事に青ざめている。

「ルギスでは魔法による主に狩猟が行われている。彼らは魔法が使えなくなり国境を越えたわけだが…」

 オレは片手をあげた。

「話がそれています。説明は病気についてだけでお願いします」

 ラルレッツ王国代表がうなずいた。

「我らはルギス病と呼んでいる。本来は熊が感染する菌で、人がかかることはまれだが飛沫感染で広がっていく」

「飛沫感染だと!ルブスク魔法協会にそのような報告はされていない!」

 魔法協会の一人が怒り狂って怒鳴ったが、ラルレッツ王国の代表は無視した。

「症状は魔力が著しく低下することだけだ。そして、この魔力の低下は病気が完治した後、魔力がかかりにくい土地にいることで徐々に回復する。元の魔力に戻るには約一年かかる」

 たぶん、シェフォビス共和国にもラルレッツ王国にも患者がいるのだろう。公にして協力をもとめるには、症状に問題がありすぎる。

 ラルレッツ王国のように魔力が売りにしている国や組織は、ひとつ間違えば国自体が崩壊しかねない。

「さて、こちらのカードはすべて出した。どうする、古魔道具屋のウィル・バーカー」

 男性の唇に、自虐の笑みが浮かんでいる。

 オレは刺激しないよう淡々と話した。

「そろそろ10分たちましたので、終わらせたいと思っています。

 まず、ルギスからシェフォビス共和国を抜けてラルレッツ王国にボネッメ河が流れています。この河はシェフォビス共和国とラルレッツ王国の国境付近に大きな中州があります。領有権でもめて無人だったはずです。間違いないですね?」

 ラルレッツ王国の代表がうなずく。

「ここをムーの力で魔力無しの地とします。両国で力を合わせてルギス病の治療と研究にに当たってください。以上です」

 終わった、終わったとオレとムーは出口に向かった。

「待ってくれ!」

 悲鳴があがった。

 ダジガに触って団子状態の人たちだ。

 ムーがヒョコヒョコと近づいた。

「大丈夫しゅ、1時間で手は離れるしゅ。そしたら、元の世界に帰るよう、ボクしゃんダジガにいったしゅ」

 その後、ムーはニターリと笑った。

 その笑いで「年をとらない」が嘘だったというのは十分伝わったのだろう。

 棒に触れている人たちは、ガッカリしていた。

 オレのささやかな嘘がばれるのは、しばらく先のことだろう。

 魔力が大きすぎて調節ができないムーが、中州だけを魔力がかからない土地にするなど不可能に決まっている。




 エンドリア王国に帰ったオレたちを待っていたのは、幸福半分、不幸半分だった。

 幸福の方。

 離宮で飼っているで馬を借りて、半日で無事に王宮に着いた。王様は侵攻をとめた褒美に金貨を10枚くれた。魔力がかけられなくなった土地についても、オレの提案が認められ無罪放免となった。

 桃海亭があるキケール商店街は無事だった。シュデルも元気だった。店の品物も無事だった。

 不幸の方。

 店が半壊していた。

 オレたちが留守のことを知って、オレたちに恨みをもつ組織や盗賊が押し寄せた。襲った方は知らなかっただろうが、シュデルだけの方が危険なのだ。最強クラスの電撃を誇るラッチの剣と最近やってきた絶対零度の風を吹かせるセラの槍にボコボコにやられたらしい。

 斜め前の花屋の奥さんがその時の情景を話してくれた。

「すごかったわよ、剣から雷が何本もバリバリでて。そうそう槍が風を吹き出す度に空気がキラキラするの。綺麗だったわよ」

 シュデルはいつも同じで必死に謝った。

「すみません、怒らないでください。ボクを守ろうとしただけなんです」

 剣や槍もシュデルの立場を考えたのか、殺しはしなかった。重傷者28名。現在、牢内にて治療中だ。

 久々に手にした金貨は店の修理代に消えた。

 店を修理している間に、ムーと中州を魔法がかからない土地にする魔法をかけにいった。ムーにしては魔力を押さえるよう頑張ったらしく、中州を中心に半径2キロほどですんだ。シェフォビス共和国、ラルレッツ王国の両岸が多少かかったがクレームはこなかった。スウィンデルズ爺さんの内緒の話では、独自の研究所を作るらしい。それがルギス病の研究所なのか、兵器の研究所なのかは聞かないことにした。

 ギシリと扉がきしみ、帽子を目深に被った男がはいってきた。

「あいからわず、貧乏そうだな」

 修理が終わり再開した店に、新しい常連客が増えた。商品はほとんど買わず、世間話をしにくる非常に迷惑な客だ。

「今日はどのような物をお探しで?」

「いや、買い物ではない。いいことを教えてやろうと思ってな」

 ククッと籠もった笑いをしたのはアレン皇太子。

 ありきたりな庶民の服を着て、3日とあけずに通ってくる。

「先月の売り上げが、ついに昨年の同時期の税収を上回ったぞ」

「おめでとうございます」

「うむ、これでエンドリアも安泰だ」

 オレたちが提案した土地の使用法は賭博だった。

 エンドリア王国はすぐに国営カジノを建てた。

 売りは”魔力によるイカサマはできません。魔法アイテムだけでなく、あらゆる魔法が使用不可の公明正大なる賭博場です”

 近隣諸国からギャンブル好きの人々が訪れ、にぎわいを見せている。

「…などと、私が言うと思うか。もっと、もっと、金を稼いで、国庫も金庫も宝物庫も金貨であふれさせてやる」

 ぐわぁははっと、大口を開けて笑っている。ひとしきり笑った後、身を乗り出してきた。

「そこで、相談だが」

「ここは古魔道具屋です。金儲けの相談は他に行ってください」

「だからこそだ。金儲けの種がひとつやふたつあるだろう?」

「言っている意味がわかりません」

「金鉱の場所を刻んだ石版とか、シェフォビス共和国やラルレッツ王国を脅迫できるほどのロストマジックとか、置いていないか?」

 ハァとオレはおおげさにため息をついた。

「そんなものがあったら、オレが使っています」

 皇太子は少し考え込んでから、にんまりと怪しげな笑みを浮かべた。

「チェリースライムがいるだろ?」

「ああ、チェリーですか。欲しければもっていってください」

「いいのか!」

 驚愕している。

 世界中の魔術師達が喉から手がでるほどにほしがっているモンスターを気軽に渡すとは思っていなかったのだろう。

「持っていくのはかまいませんが、捕まえるのは自分でしてください」

 皇太子は眉を寄せた情けない顔で、オレをみた。

 チェリーがいるとわかっているのに魔術師達が来ないのは捕獲不可能とわかっているからだ。それでも、あきらめきれず、虫編みを持って商店街をうろついている魔術師を時々見かける。

「オレに期待しても無理です。それより、時間はいいんですか?」

 放っておくと、いつまでも帰らない。

「今日の政務は終わらせてきた」

 よっこらしょと売り物の椅子に腰掛けると店の飾り窓から店内をのぞきこむ女の子達に手を振ってご機嫌だ。

 目的はシュデルだろうから、オレとおっさんだけでガッカリだろう。

 女の子が消えると、オレに向きなおって「下の娘のことなんだが」と、家族の話を始めた。

 まだ、帰らない気らしい。

「娘がこう膝によじ登って…」

 爆発音がした。

 さほど大きくないが店の奥からだった。

「シュデル!」

 奥への扉を開くと、ムーがころがりできてきた。

 その後ろから現れたのは、身長2メートルほどの半透明のネズミ。

 シャァーーと口をあけ、長い尻尾を振り回している。

「ムー!」

「だ、大丈夫しゅ、成功しゅ」

 成功召喚ならば、ムーのいうことをきく。

 近寄って、よく見た。

 形はねずみを巨大化させたといっていいほど似ている。違いは、大きさと体が半透明なこと。半透明のグレーの体は、角度によって光を反射するらしく、そこだけを見れば神秘的だ。

「これが召喚モンスターか」

 皇太子がペタペタと触っている。

「はいしゅ、これは帰還用のモンスターしゅ」

「帰還用モンスター?」

「はいしゅ、このモンスター、元の世界に戻るとき、近くの人を本来いるべき場所に戻すしゅ」

「本来いるべき場所に、瞬間転送するでいいのか?」

「そうしゅ、そろそろお帰りしゅ」

 ムーの召喚目的は皇太子を城に強制送還することらしい。

 ようやく帰ってくれると、ホッとしたところで、柔らかな光が店を包んだ。

 光はすぐに消えた。

 オレは前と同じで、店の右角に立っていた。隣にはムー。逆にはシュデルがびっくりした顔で立っていた。納戸から転送されたのだろう、手には磨いていたらしい壷ががある。

 そして、オレの目の前にはアレン皇太子。

「なんでいるんだ?」

 思わず、素で聞いてしまったオレ。

「なぜ、いるのだろう」

 首をひねっているのは皇太子も同じ。

 一生懸命考えていた皇太子は、ポンと手をうった。

「わかった、わかったぞ」

 そういうと、オレの両肩をがっしりとつかんだ。

「ここが私の本来の居場所なのだ。だから、居心地がよかったのだ」と、恐ろしいことを口にした。

「間違いは修正されなければ」

 そう叫ぶと店を飛び出していった。

 呆然としているオレたちを残して。



 皇太子は前と変わらず頻繁に店にくるが、”本来の居場所”について口にすることはなかった。

 宮殿からの裏情報によると、エンドリア国王にそれはそれは優しい口調で「夢は寝てから見るように」と諭されたそうだ。


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