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後編

 仮面が立ち止まった場所は、オレが予想していた場所だった。

 ニダウ霊園。

 ニダウで死んだ者は王族と貴族以外は、皆ここに埋葬される。

 ムーを地面におろした。

 霊園と呼ばれているが、整地された場所じゃない。

 だだっ広い草原に、名前を刻んだ四角い墓石が整然と並んでいる。

「シュデル!いるなら返事をしろ!」

 どこまでも続いている石の群。

「ウィルしゃん!あそこ、しゅ!」

 南側に生えた潅木の側に2つの影が見える。

「行くぞ!」

 走り出したオレの前に立ちふさがったのは、地面からつきだした骨の腕。

 骨の腕は、指で地面をつかむと、はいだしてきた

 頭、体、最後に足。

 泥にまみれたスケルトンは、やけに生々しい。

 ムーの指が印を結んだ。

「ホーリー・シールド」

 オレとムーの体が、白い光に包まれる。

「しばらくは、骨さんは近づけましぇん」

 試しに一歩前に出る。スケルトンは一歩下がった。

「ムー、先に行く!」

 スケルトンの横を抜けた。

 駆けていくオレの周りで、地面から次々とスケルトンが生み出されていく。

 スケルトン生成。

 この魔法の術者がレナルズならば、半殺しプラス弁償で許してやる。

 だが、シュデルに強要させてやらせたのなら、最凶魔術師ムー・ペトリの魔法をたっぷり味わわせてやる。

「やめろ!」 

 たどり着いたオレが見たのは、勝ち誇った顔をしているレナルズと、涙をこぼしながら術を唱えているシュデル。

「シュデル、スケルトン生成術を解呪しろ」

 オレの声が聞こえているはずなのに、シュデルは術を広げていく。

 次々に生み出されていくスケルトンが、草原の緑を白に変えていく。

「シュデル!」

 肩を揺さぶって、気がついた。

 様子がおかしい。

 薬を使われたのか、それとも何かの術なのか。

 方法はわからないが、自分の意志ではなく別の力に術をかけることを強制されている。

 オレは隣に立っていたレナルズの首に、素早く腕を回した。

 背の高いレナルズの首を、引き寄せるようにして、締めあげる。

「術を解け!!」

 今は道具屋だが、格闘術は兵士訓練学校で習っている。

 その気になれば、魔術師の首を折ることくらいたやすい。

 首にかかる圧力で感じているはずなのに、レナルズは笑顔の崩さなかった。

「シュデル様にかけた術はすぐ解けますから、ご安心ください」

 術を唱えているシュデル。

 笑顔のレナルズ。

 レナルズは、勘違いしたのだ。

 オレが、ムーが、そして、シュデルが、

 レナルズを躍起になって追い返そうとした理由を。

 次々とスケルトンを生み出す大地。

 レナルズは笑顔で、スケルトン達を指した。

「ごらんください、この膨大な魔力を。この魔力があれば…」

「死にたくなければ、黙れ」

 レナルズが黙った。

 オレの本気が伝わったらしい。

 半殺しになるまで殴りたかったが、いまはシュデルが先だ。

 オレはレナルズを離し、シュデルに駆け寄った。

「シュデル!」

 泣きながら術を唱えるシュデル。

 頼みたくないが、神様よりは解決が早い。

「ムー!」

「はいしゅ」

 近寄ってきたムー。

 シュデルをチラリと見ると、首を横に振った。

「精神を操る魔法しゅ、スリーピーワームの粉を使ったみたいしゅ」

「打つ手はないのか」

 ムーは手を伸ばすと、シュデルの顔に手のひらをかざした。

「効力は切れてましゅ。 あと、チビっとの時間で解けましゅ」

 シュデルが自由になれば、今かけている魔法を解呪してスケルトンを元の骨に戻せる。

「よかった」

「よく、ありましぇん」

 ムーが顔をしかめた。

「これはスケルトン生成じゃないしゅ。だから、シュデル自身では解呪することも、スケルトンを戻すこともできましぇん」

 ムーは手を広げると、地面につけた。

「シュデルは、キキグジ族の魔力を土壌に流し込んでいるだけしゅ」

「魔力を流し込んだだけで、スケルトンができるのか?」

「ただの魔力ではできましぇん。

 キキグジ族は体内にある純粋な魔力が、魔力として使用できる状態の魔力に変換したとき自動的にネクロマンサーの魔法が入ってしまうしゅ。

 骨はみんな、スケルトンになるしゅ」

 シュデルが詠唱をやめた。

 力を失ったように、膝を地面についた。

「ぼくは、なんてことを…」

 頬に流れる涙は、止まらない。

「ウィルしゃん」

 ムーにしては、真剣な声だった。

「これは広範囲な土壌汚染しゅ」

「なんとかできるか?」

「できましゅ」

 力強く断言するムー。

 ムーがいてくれてよかったと思った。

 いや、いままでに何度か、そう思ったことはある。だが、大抵、その数分後には青ざめていたような気がするが。

「召喚はするなよ」

「まかしておくしゅ」

 ムーが指で空中に文様を書き始めた。

 大きな魔力を使う魔法のようだが、オレに避難しろと言わないのだから、危険はないのだろう。

 オレは膝まずいて泣いているシュデルの側に腰を下ろした。

「いま、ムーがなんとかしてくれるみたいだ」

 説得力はないが、言わないよりはいいだろう。

「ぼくは…」

「反省会はムーの魔法の後がよくないか?」

 どうせ、まともな魔法じゃないだろうからな、と笑顔で続けると、シュデルが血の気のない顔でうなずいた。

 ムーは楽しそうに、空中に字をつづっている。円の外側から内側に書いている字は、光を帯び始め、まもなく発動しそうだ。

「ムーの魔法だ。心の準備はできているな」

「大丈夫です」

 軽快に書き続けていたムーのムーの手が止まった。

 邪魔をしたのは、レナルズ。

 ムーの手首を握っている。

「離すしゅ」

「土壌の魔力は、このままにしておけ」

「放っておけば、ニダウの町は骨人間だらけになるっしゅ」

「わかっている」

「そんなことになれば、エンドリアとロラムの関係が悪化するだけでなく、ロラム王国が世界中から非難されるしゅ」

「それこそ、願ったりかなったりではないか」

 レナルズはムーの手を握ったまま、シュデルの方の顔を向けた。

「我らキキグジ族は百数十年前に、ロラム王国に属国として組み入れられ、それより、監視下におかれ、自由という名を失った日々を過ごして参りました。

 現族長も愛娘のアデレード様を心ならずも国王に差しだし、孫であるシュデル様も長きにわたって幽閉されました。幽閉が解かれても、辺境の地で道具屋の店員という卑賤な職業に就かされました」

 逆の手をシュデルにさしのべた。

「さあ、私と共に帰りましょう。キキグジ族が住む、あの……」

 パコーン、という、軽い音がした。

 レナルズが、ゆっくりと倒れていく。

「うあぁーーーーー!」

 オレの悲鳴が、墓地に響きわたる。

 レナルズを倒したもの。

「シルベスター雲母の天体球がぁーーー!」

 自らぶつかった天体球は、シュデルを守って満足したとでもいうように、粉々になって散っていく。

 オレの店で1、2を争う高価な品だった。

 どこに隠れていたのか、なくなった品物たちがワラワラと現れて、意識のないレナルズの上に登り、飛び跳ねる。

「やめてくれぇ!」

 銅の盾は構わない。だが、陶器の皿は欠けてしまう。

「だめだよ、ほら、もう、僕はだいじょうぶだから」

 必死に止めるシュデル。

「おまえら、いい加減にしろ!」

 止めようと手を伸ばしたオレにまで、体当たりをかます。

「ほら、だめだって。そんなことしちゃ。君たちといられなくなるよ」

 道具たちがピタリと動きを止めた。

 停止した状態で、息を詰めるようにオレとシュデルの様子をうかがっている。

 ようやく、道具の望みがわかった。

 オレにも、シュデルにもだ。

「安心して。僕は、ずっと君たちといるよ。どこにもいったりしない」

 シュデルの言葉に、今度は大喜びの道具たち。

 オレは息を吸い込むと、喜んでいる道具たちに怒鳴った。

「跳ねるな!踊るな!ぶつかるな!」

 とどめの一撃。

「動いた奴は、納戸にしまう」

 ゴロリ。

 最初の1個が転がると、あとの道具もゴロリと転がった。

 散らばっている店の商品の数々。

 破損している物も少なくない。

 皿や杖なら持ち運べるが、青銅の大壷はきつそうだ。自分で店まで歩かせたい気もする。

 だが、そうすると、ニダウの警備隊や魔法協会から呼び出しを食らいそうな気がする。

「行きまっしゅ~!」

 ムーの指が印を結んでいる。

 魔法陣を発動させるらしい。

「右にルクッツアの花、左にキテラの血。

 芳香は銀となせ、涙は光となせ。

 霧の慟哭、碧の眠りを落とせ」

 何も見えなかった。

 何も感じなかった。

 だが、魔法は効いていた。

 蠢いていたスケルトンが、バラバラと崩れていく。元の骨に戻っていく。

 緑の草原に散る、白い骨々。

「どうしましゅ?」

 オレは疲れている。

 答えは1つしかない。

「店の品物を持てるだけ持って、帰るぞ」

「ノッポと骨はどうしましゅ?」

 経験は人を育てる。

 オレは即答できた。

「レナルズは放置。骨は明日」



 翌朝からオレとシュデルは、力仕事に没頭した。

 借りた荷馬車で墓地に残った品物を回収。

 そのあと、散らばった骨を元の場所に埋め戻す作業。

 シュデルは頭蓋骨と話して、残りのパーツを集める。集まったところでオレは骨が指定した墓に穴を掘り、そこに埋める。

 始めたときは、何百という骨で何日かかるかなあと思いながら、シャベルを動かしていた。

 草と泥にまみれて掘っていたオレ。だが、予想もしなかったことが起きた。

 墓参りに1人の婆さんがきた。

 名前は知らない。

 この婆さん、霊園が骨だらけで、自分の家の墓も荒らされているのに驚いた。

 普通なら町に駆け戻って、霊園の異常を流布しそうなものだが、この婆さん、オレとシュデルを知っていた。

 オレたちのところ駆け寄って「何をやらかしたじゃ」と怒鳴った

 オレは墓掘りに忙しかったので、シュデルが相手をした。

 シュデルは懇切丁寧に説明した。丁寧すぎて、蛇足をつけてしまった。

 自分が骨についた記憶と話せることまで話してしまった。

 婆さんはシュデルの言葉を疑い、自分の家の骨と話をさせろと言った。婆さんはシュデルに仲介としてもらい、18年前に他界した自分の夫と話した。満足して帰宅。そして、家族に話した。

 家族は近所の人に、近所の人は店舗や警備隊に、どんどん広がって、昼前には霊園は自分の先祖の骨と話したい人でいっぱいになってしまった。

 オレは集まった人々に、骨と話をする条件を提示した。

 話したい相手の骨を全部集め、質問をしたら、骨を元通りに埋め戻すこと。

 質問は1つだけ。

 貴重なチャンスを逃すまいと、町の人々は頑張ってくれて、2日間で霊園は元通りになった。

 ただ、骨についている記憶の欠片と話すのだから、色々と問題もおきた。

 ほとんどの骨には本人の記憶や骨になった人の家族や友人の記憶がついていた。ごくまれに、記憶がまったくついていなかったり、本人が高齢で話が通じなかったり、本人の記憶だけがなかったりした。

 それらはシュデルが機転を効かせて、ごまかした。

 死者に感謝を述べる家族もいたが「隠し財産はないか?」や「○○の置き場所がわからない」というの多かった。

 もっとも、それに対する返事も「財産はないが借用書が台所の床下にある」とか「お前が話を聞いとらんからだ」と、説教されたりもしていた。

 自分の秘密をうっかり話してしまったシュデルは、しょんぼりとうなだでれてオレに謝った。

「気にすんな」

「でも…」

「どうせ、いつかはバレるんだ。秘密なんか持たなくてすむなら、それの方がいい」

 シュデルの能力が露見したことで問題が起こるかもしれない。でも、オレたちに限れば、そんなことを気にする必要はない。

 トラブルは毎日、売るほど起こっている。



 レナルズは姿を消した。

 3日目の朝、店のポストに手紙が入っていた。

 宛名は、シュデルではなく、オレだった。

 レナルズは、すぐにロラムに戻ったのではなく、オレたちを影から見ていたらしい。

 そして、気がついた。

 なぜ、シュデルがネクロマンサーの魔法を使いたがらないか。

 ネクロマンサーの魔法は、死者を道具とする。

 死者の多くには記憶の破片がついており、シュデルにはそれが見えてしまう。

 そうなると、蘇らせた死者を道具と割り切って使うことは難しい。理性では人ではないとわかっていても感情の部分で抵抗を生む。

 手紙には、シュデル様はネクロマンサとして生きることができないことがわかった、と書かれていた。

 ロラム国王には優れたネクロマンサーで技術の習得はすんでいることを伝えておくと、気遣いも見せてくれていた。

 あの親父が、すんなり引き下がるかは別だろうが。 

 シュデルには「レナルズは帰った」と伝えた。

「よかった」と安心したシュデル。

 すぐに商品がいくつかバタバタと動き、喜びの声を上げた。

 オレは速攻、納戸に放り込んだ。シュデルに泣きつかれたが、他の商品への見せしめと、反省のためにしばらくは入っていてもらう予定だ。

 店の品物は、モジャの好意により、全部元通りになっていた。シュデルを思う道具達の真摯な気持ちに打たれたらしい。

 一度だけという約束で、元通りに姿に戻してくれた。

「シス、元気になれてよかったね」

 シベスター雲母の天体球が、シュデルの言葉に嬉しそうにキラキラと光を振りまく。

 商品とシュデルの結びつきは、いっそう強くなったようだ。

 素直に買われてくれないと、オレ達が食えない。など、色々と不安要素はあるが、


 霊園は元通り、

 商品も元通り、

 シュデルも桃海亭で暮らせる。


 ようやく、決着がついた、そう思った。

 3日目の夜、オレは本気でそう思っていた。


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