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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

超ビビりだけど悪役令嬢に転生しました。

今更感がりますが悪役令嬢ものを書いてみたくなったので書いてみました。

ざまぁ成分は少なめ。

ジャンル詐欺ではない……と思いたい。

途中鬱展開がりますので苦手な方はご注意ください。


10/21追記

まさかの日刊ランク入り!

ブクマ、評価、本当にありがとうございます!!

誤字、脱字、改行修正しました。

 クロエフォルン王国。

 肥沃な大地を持ち、三方を海に囲まれた精霊に愛されし国。

 豊かさは世界でも随一を誇り、国力も三本の指に数えられる。

 その素晴らしき国を支えるは優秀なる者達。

 優秀なる者達はその肥沃な大地を奪わんとする他国からの侵攻を決して許さず、やがては属国とするまでに至るほど。

 優秀なる者を育成するべく、王は教育に心血を注ぐ。


 王立エイレイン魔法学園。


 国中に学び舎は数あれど、その中でも随一の、いや世界でも最高峰とされる学園。

 そこで学ぶに必要なものは学力は当然、身分も要される。

 高貴なる者達はその責を全うする為、日々精進を重ねる。

 実力、精神、身分。

 その全てが必要とされる学び舎である。


 今その学園には、創立以来の天才が在学している。

 それも二人同時にである。

 得意分野の異なるその二人は次代を支える二柱と呼ばれ、学園でもとりわけ特別な存在として君臨している。


 一柱はエレアノーラ・サースヴェール公爵令嬢。

 全属性の魔法を操る至高の才女。

 家柄・魔法・座学、全てが完璧。

 それに加えてその素晴らしい容姿が、彼女を完全無欠として存在させていた。


 腰まで伸びた煌めく黒髪は、まるで夜の闇を彷彿とさせつつも抗えない魅力を放ち。

 鋭利さを感じる目。そこに金色に輝く瞳は、まるで全てを見通すかのようで。

 細く整った輪郭。唇は艶めき、そこから発せられる言葉には否応ない力を感じさせる。

 人形のように精緻で、冷たく、しかし時に苛烈。


 『冷徹人形』


 彼女は、そう呼ばれていた。





「お許しください! エレアノーラ様!」


 場を乱す大きな声。

 発するは地べたに這いつくばった女子生徒。

 その前には、地に落ちた教科書が散らばっていた。


「何と無礼なことを! エレアノーラ様を突き飛ばすなど!」

「エレアノーラ様にもしものことがあったらどうするのです!」

「貴方の首などで済まされることではありません! 一家をして償いなさい!」

「エレアノーラ様はこの国に無くてはならないお方。貴方などとは比べていい存在ではないんです!」


 (わたくし)を囲う方々から、つぎつぎと非難の言葉が浴びせられる。

 言葉を挟む間など無い。

 事が始まってしまえば、主役は糾弾者(取り巻き達)になるのだから。

 私はといえば、ただその状況を眺めるだけ。

 何も考えず、何も感じす。

 ただ行く末を見ているだけ。

 ふと、這いつくばっていた女子生徒がこちらを見上げるように顔を上げた。

 誰かが顔を上げるように言ったらしい。

 そうして上げられた顔は恐怖に満ちており、そして私の顔を見た瞬間、


「ひっ!」


 零れるように出た小さな悲鳴と、恐怖を通り越し、絶望に染まった表情。

 見えたのは一瞬。

 顔は、力が抜けたように地面へと吸いついていった。


 氷結の仮面。


 その目の鋭さと輝く瞳、一言もしゃべらずとも相手を屈服させる力。

 私の表情は、そう呼ばれているそうですよ?


 初めて聞いた時フツーに笑った私、悪くない。

 何よその中二な称号は。

 いくら何でもないない。

 それがこの世界の流行最先端だとしてもない。

 どーせ次は 零度の女王(アブソリュート)みたいな言い方に変わるって分かっててもない。

 氷結の仮面(笑)って。

 面倒だから早く終わんないかなーって、無表情にしてるだけですが、何か?

 ほんとないわー。


 貴方も怖がり過ぎだって。

 私はただの無表情。

 ただちょっと目が切れ長で冷たく見えて。

 瞳は金色でそれをマイナスに強調して。

 でもって黒い髪がそれらを増幅して。

 確かにちょーーーーーっとだけ、冷たく見える顔かもしれないけど。

 これは無表情、デフォ、標準装備なんです。

 怖がる必要はないんですよー。

 地面しか見てない人には分からないわな。


 にしても早く終わんないかなー。

 いや私だってかわいそうだなーって思うよ。

 ちょっとぶつかって教科書落としただけじゃん。

 なーに下らないことでグダグダ言ってんのさ。

 私の時間を無駄にする方がよっぽど罪だっつーの。

 でもここで口を開くと碌なことにならないって分かってからは、成り行きに任せることにしている。




 あれは入学してすぐのころだ。

 同じように糾弾され始めたので取り巻き達を止めようと口を挟んだことがある。


「私は気にしていません」


 そう言った言葉は、『“私は”気にしていないが“家”としては容赦しないので覚悟するように』と意訳された。

 何故だ。




 しばらく後にもう一度あった。

 その時は自分や家のことは出さないように気を付けた結果、次の言葉を選んだ。


「こんなことをするのは時間の無駄です」


 『お前のようなものが居ること自体が損害なので学園から消え失せろ』と誤訳された。

 意味が分からない。




 さすがに私の悪評は広まり始め、取り巻きと取り入ろうとする生徒を除いた全ての人間は私に近寄らなくなった。

 だが数か月後にもう一度起こってしまった。

 その相手は上級生。

 さすがに今回は大丈夫だろうと思いつつも、慎重に言葉を選んだ。


「私の不勉強によりご不快な思いをさせてしまいました。つきましては、私に指導を頂くことはできないしょうか」


 あわよくば先輩に取り入って、私より上の人の力を使ってこの現状を抑え込もうという作戦。

 これなら誰のメンツもつぶさず、そして今度も安泰になるに違いない。

 そう思っていた時期が、私にもありました。

 私の言葉は、『ここでは私がルールです。知らなかったで済む問題ではありません。生きたければ死ぬ気で学びなさい』と変換された。

 どうしてこうなった。




 それ以来、私は学園で最も恐ろしい生徒と認識されるようになった。

 だが不運な生徒は居るもので、そんな危険物()に対してやらかしてしまう生徒がまた現れた。

 その時はどうしようかと考え続け、考えに考え続けた結果――。


 いつの間にか取り巻きが追い払っていた。


 よく考えれば取り巻きはただのコバンザメ。本人たちには何の権力も無い。

 いや私も公爵家とはいえ正式にはただの令嬢だから権力も無いんだけども、とりあえず取り巻きには何の力も無い。

 という事は何も言わず取り巻きに任せておけば、被害者は罵られるだけで済むと言うわけだ!

 初めて取り巻きが役に立ったよ!

 お前ら勝手にお茶会だとか騒いで私の好きなお茶をがぶがぶ飲んだり(月一の贅沢。超高い)、お供が必要ですとか言ってパーティの時くっついてきてかと思えば、イケメン捕まえて消えていく(その後私はボッチになる)ことしかできない連中だと思ってたが違うんだな!

 でもそもそもお前らが原因でこんなことになってるんだよな。やっぱり邪魔だ。

 お前らのせいで私の評価は、『座学も魔法も完璧なのに権力を笠に着る傍若無人な冷徹人形』なんて言われてるんだよ!

 あーやってらんない。

 早く終わらないかな……げっ。もっと面倒なのが来たよ……。


「やめて下さい! どおしてこんなに酷いことができるんですかぁ!」


 そろそろ終わろうとしていた罵詈雑言のなかに、一人の女子生徒の声が聞こえた。

 小柄な体から発せられたその声は、どことなく甘ったるいトーンの高い声だった。

 アイナ・ハリマー男爵令嬢。

 使い手の希少な光属性の魔法を使える生徒。

 ストロベリーブロンドの髪はお菓子のような甘さを感じさせる柔らかさ。

 大きめの瞳に小柄で可愛らしい顔。

 全身から保護欲をそそるオーラでも出しているかのようですらある。


「一体この方が何をしたっていうんですか! 何があったか知りませんが、何も悪いことをしてない人をいじめるなんてサイテーです!」


 何も知らないのに突っ込んできたんかーい。

 今あったことといえば、私にぶつかって、私の教科書が落ちて、運悪くそれを相手が踏んでしまった。たったそれだけ。

 別に泥のついた靴で踏んづけた訳でもないし、拭き取ればすぐにきれいになる程度の汚れだ。

 そんなことで怒る気もない。

 なのに勝手に取り巻き共が騒ぎ始めて、本人は私の顔見て人生を諦めて、そろそろ終わるところだった、今ここ。

 うん、私悪い事してないね。

 何も悪いことをしてない人をサイテーって言うなんてサイテーです!

 真似してみたけど可愛くないわ。きもっ。


「同じ人として可哀そうだと思わないんですかぁ……」


 なんか涙ぐみ始めたけど。

 勝手に喋りだして勝手に泣き出した。

 うちの取り巻きよりレベル高いな。

 ちなみにこの間、アイナ様は色々言ってたけど取り巻きは言い返してない。

 何故取り巻きが言い返さないかといえば、向こうにも取り巻きが居るからだ。


「彼女の言う通りです。貴方には貴族としての誇りは無いのですか?」

「貴様はいつも弱者しか狙わんな。その貧弱な肉体には、高潔な魂は宿らないという事か」

「いくら魔法が使えると言ってもこれでは……。精霊に見放されるのも時間の問題でしょうね」


 順に、侯爵家の宰相子息、伯爵家の騎士団長子息、伯爵子息の宮廷魔法士長子息。

 もちろん全員イケメン。

 正面から見たら目がつぶれるくらいに光ってる。眩しいからこっち見んな。

 いや見てなかった。

 全員一言ずつ文句言ったら泣き始めたアイナ様を慰め始めた。

 うわーここまで甘ったるい囁きが聞こえてくるし。サ、サブイボがっ。


 アイナ様は今年度の新入生。

 私の一つ下の学年になる。

 初めは身分が低いくせに光属性を使えるとあって、性別に関わらずやっかまれていた。

 が、何故かすぐに身分の高いイケメンどもを中心に多数の男を侍らせるようになり、いつの間にやら学園のアイドル的ポジションに落ち着いてしまった。

 幸い私には彼氏も婚約者も居なかったから何の被害も無かったが、令嬢の中には婚約者から見向きもされなくなった者も多数居た。

 どっちかってゆーとアイドルよりビッチだな。


 そして(アイドル)があれば(比較対象)があるのは当たり前。

 はーい私が学園の闇担当! 誰もが恐れる冷徹人形でーっす☆

 うわぁ、自分で言ってて死にたくなってきた。

 とにかくアイナ様が来てからただでさえ悪かった評判が毎日ストップ安。

 日々最安値を更新し続けているわけだ。

 廊下ですれ違えば騒ぎ出し、何かあったらいつもその場に現れて泣き出し。

 何があろうと私とアイナ様がセットになると私の悪評が増えていく。

 あれ、私風評被害受けてね?

 まぁこんなくだらないことで騒ぐほどでもないか。

 でも今のこの構図って、


 アイナ様→ヒロイン

 私→悪役令嬢


 なんだよねー。

 もしかして風評被害どころか、破滅の危機だったりする?

 うーん。

 まぁいっか。何とかなるって。多分。


 で、あんたら何しに来たの?

 寸劇とイチャコラしに来ただけならもういいよね。私帰っていい?

 ダメですかそうですか。

 ですよねー。だってまだ一人残ってるし。


「私の声は届かないんでしょうか……アークレイル様ぁ……」


 取り巻きからの慰めを受けつつ、その潤んだ瞳を向けたのは彼女の背後。

 学園に君臨する次代の一柱。

 アークレイル・クロエフォルン。

 その名の表す通り、この国の王族にして第一王子である。


 さらりと流れる銀髪はいかなる時でも輝き続けその高貴さを体現し。

 翡翠色の瞳を湛えた涼やかな目元は、決して冷たそうには見えず、どこか慈しむようで。

 端整な顔立ち、引き締まった体つき。

 正に王子という理想像を体現したかのような存在。

 『銀翠の剣』

 そう呼ばれる存在だ。


「エレアノーラ嬢」


 王子から低くすぎない、耳障りのいい声が届いた。

 表情は硬く、その宝石のような瞳は私を貫くように見据えている。

 私は微動だにせず、その視線を受け止める。


「なんでしょう、殿下」


 やや間を置いて返す答。

 私から出た言葉は、王子とは正反対の堅さを含んだ声だった。


「これ以上続けるか?」


 かけられた声はたった一言。

 意味は十分に込められている。


「必要ありません」


 ならば真っ向から返すが最善。

 言い訳などする必要は無いのだから。

 その言葉を受け、しばし私を見据える殿下。

 張り詰める空気。

 高まる緊張。


 しかし、それを破ったのは私と殿下。


 別れの言葉も無ければ会釈すらない。

 ただ突然に。

 しかしまるで必然のように。

 二人同時に、正反対へ向けて歩き出した。


 残されたお互いの取り巻き立ちは慌ててその背に追いつき、口々に言葉を並べ立てた。

 だが今の私はそんな言葉を聞いている場合ではない。

 そもそも今は自室に戻るところだったのだ。

 私は、取り巻きに適当な言葉を並べ、自室の扉を閉じた。





 こっ、こっ………………。




 怖かったーーーーーーーーーーっ!!




 何あの目! 奇麗すぎて刺される心境だったっていうか刺されたよ!

 全く目が逸らせなかった……いやあの場合逸らしたらまずいから助かったんだけど!

 まっすぐ見返してた? 違う! ビビって逸らせなかっただけ!

 微動だにしなかった? ちがーう! 体が震えてるのをバレないように抑えてたから!

 一言で黙らせた? そんな訳ないわーーー! 声が震えるから一言しか言えなかっただけ! それだけ!

 しかも最後ビビってテンパり過ぎて挨拶もせず背を向けちゃったし!

 学園内だからよかったけど外なら不敬罪もんだ……あっ、考えたらもっと震えてきた……。


「お茶のご用意が出来ました」


 ベッドに突っ伏して震える私にかけられた声。

 顔を向けなくても相手は分かる。


「リーエ……今はいらない……」


 専属メイドのリーエ。

 この学園は全寮制で、全ての生徒は例外なく入寮している。

 だがもちろん貴族の利用する寮なのだから、ただ部屋があって寝られればいいと言うものでもない。

 当然それなりの設備と、世話をする者が必要だ。

 申請すれば学園が用意するメイドを雇うこともできるが、それをするのは子爵以下の下級貴族ばかり。

 それ以上は屋敷から専属の者を複数人連れてくるのが当たり前だ。

 私でさえ二人連れてきたが、公爵家の者がこの人数は過去最低だと言われた。

 大して広くない部屋にそんなに何人も入れる方が息が詰まると思うんだけど、どうやら生粋の貴族様たちは違うらしい。

 私なんて未だにこんなお世話されることに慣れてないってのに……。


「レア様の好きなミルクティーを淹れましたから。一杯だけでもいかがですか?」


 な、なんですと?

 いやいやそんな物に釣られるこの冷徹人形様ではありませんとも。


「ルーエがクルミのクッキーを焼きましたから、そちらもご用意してありますよ?」


 ちょっ、卑怯だぞそんな!

 私の弱点を容赦なく狙ってくる貴様らは何者だ!

 あ、私のメイドだった。弱点なんてバレバレですね。

 あーいやしかし一度口にしたことをこうもあっさりと覆すのは貴族としてダメなのではないか?

 いやそうに違いない。なので私は毅然とした対応をすべきなのだ!


「……飲む」


 口から出た言葉は中身も声も正反対だった。

 欲望には勝てませんて……。





 今までの言葉から察した人も居ると思うが私は転生者というやつだ。

 前世はとある理由で死んでしまって、次に目を開いた時には知らない天井だった。

 起き上がってみればやっぱり知らない部屋。

 鏡をのぞいてみれば残念ながら見たこともない顔。

 そう、残念だった。

 起きて、見まわして、自分がどうなってるかまで確認したら、転生だという事までは理解したんだよね。

 前世はどこからどう見てもオタクだったし、転生モノなんてそれこそ漁るように読みまくったしね。

 知ってる人も居るだろうけど転生モノっていくつかパターンがある。

 死んだら神に依頼されるとか、何の前触れも無いとか。

 私は後者だった。

 それで転生後の世界は全く未知の世界か、ゲームや小説そのままの世界に行くか。

 これは前者だった。

 私は後者が良かったんだよ……。

 そういうのは逆ハー狙ってざまぁエンドが最近の主流? それは知ってる。超大好き。

 私は逆ハーはバッドエンドと同等! って人間だからそれはどうでもいい。

 そういうの抜きにしても、未来のことを知ってるっていうのはやっぱり大きな武器になると思ったんだよね。

 それこそ両親が危ない目に合うとか、国が滅びそうになるとか、大儲けのチャンスとか。

 お金は大事だよ?

 でもまぁ転生先は幸いにも裕福な公爵家だったからその辺は問題なかった。

 しかし公爵家そのものが、私にとっては問題だった。

 転生当時五歳だった私は、当然多数の大人から面倒を見られた。

 着替えは立ってるだけ、お風呂も浸かってるだけ。

 骨一つ無い魚料理を食べつつ、何も言わなくても注がれるグラス。

 それが問題なのかって?

 大・問・題・だ!

 はっきり言おう。


 私は、極度のっ、コミュ障なんだーーーーーーーーーーっ!!


 人が怖い。

 知ってる人でもまともに話せない。

 知らない人とか同じ部屋に居るのも無理。

 会話とかマジ拷問。

 体に触られるとか自殺を考える。

 そんな私が、メイドさんたちに甲斐甲斐しくお世話される。

 いやホント、何度死のうと考えたか……。


 そんなのでまともな前世が送れてたのかって?

 無理だったに決まってんじゃん。

 中学入る前に引きこもって以下略。

 うわっ……私の人生、短すぎ……?

 三行どころか一行で終わっちゃったよ人生。

 略の部分に多少アレコレあったけどそこは忘れたいのでやっぱり略。


 とにかくそれほど他人と接したくなかったわけだ。

 なのに今世はそれが許されない立場。

 もうね、毎日が地獄。

 朝メイドさんに起こされる。テンション下がる。

 そのまま着替えさせられる。鬱になる。

 食事、付きっ切りで給仕される。死にたくなる。

 私の一日は朝の時点でいつもライフはゼロだった。


 当然引きこもろうとした。

 転生して三日目。

 自分としては頑張った方だ。これ以上我慢したら何やってたか本気で分からない。

 なので家は金持ちだし、一人くらい自宅警備員が居た方がいいよねっ、と自分を納得させて作戦を実行した。

 ドアの前にバリケードを張り、何人も立ち入れないよう封鎖し、要求が受け入れられるまで立てこもると五歳児らしく宣言した。

 が、今世の母は強かった。

 ドアをバリケードごと魔法で吹き飛ばし、容赦なく部屋の中へ。

 私は強制的に連れ出され、母の自室(拷問部屋)へ連れてこられ、容赦なく尻を叩かれた。

 とんでもなく痛かったけど、泣いたのは最初だけ。

 あとは恐怖で震えるだけだったよ。

 だってほとんど知らない人に抱えられてお尻出されて叩かれてるんだよ?

 私よくあの時精神崩壊しなかったな……。


 しかし今世の母がすごいのはここからだった。

 私が恐怖で震えていることを察した母は、優しく事情を聴いてくれた。

 今世の母とはいえ、顔を合わせたのは食事時のみ。

 会話らしい会話も無くまだ見知らぬ人同然だったので、もちろん話なんてできなかった。

 いつまでも顔色を伺うだけで何も話そうとしない私を、しかし母は根気強く待った。

 具体的には二十日ほど。

 会話は無くても一緒に居るだけで多少は慣れてきた私は、一言ずつ、事情を話していった。

 やっぱり二十日かけて。

 転生とか頭おかしくなったと思われるんじゃないかと思ったけどそれも話した。

 けれど母は受け入れてくれた。

 真実かどうかは置いといて、自分の娘がそういうものだと受け入れてくれた。

 そしてそのうえで――。




 地獄の日々(超スパルタ教育)が始まった。




 顔を合わせて挨拶が無ければ平手。

 目を合わせなければ平手。

 顔が引きつれば平手。

 言葉がどもれば平手。

 ひたすら平手が飛んできた。

 その後すぐに母の魔法で治療してくたからすぐに痛みはすぐに消えたけど、打たれた瞬間はめちゃくちゃ痛かった。

 しかもすぐに自分の魔法で治すようにと言ってきたのでそれも無くなった。

 はっきり言って虐待の日々と言って差し支えないほど平手が飛んできた。


 だけど、母は私を見捨てなかった。

 諦めなかった。

 転生して約十年。

 年は十五になり、学園に入学する頃。

 私は、見知らぬ人とでも目を合わせれるほどに成長していた。

 他人が居るのも嫌なコミュ障から、他人は怖いけどなんとかなりそうなコミュ障へとレベルアップしていた。

 あんまり変わってなくねって?

 これでも自分ではものすごい進歩なんだよ!




「はーお茶が美味しい……」


 普通紅茶には何も入れないのがいいらいいけど、飲むのは私なんだから知ったこっちゃない。

 ミルクどぱどぱ。砂糖どっさり。

 激甘ミルクティーをふーふーして飲むのがマイジャスティス。

 落ち着くわぁ……。


「さっき聞きましたけど、また今日もやったんですか? レア様」

「私は何もやってないー」

「そこに居るだけで悪。そんなレア様を私は尊敬します」

「ルーエ、そんな尊敬はいらない」

「そうよルーエ。レア様は崇拝するものです」

「リーエ、私は何時から神になった?」

「「この世に生を受けた時からです」」

「……そうっすか……」


 この双子、本当に私のメイドなんだよね? 信者の間違いじゃないよね?

 ちなみにリーエとルーエは双子のメイドで私の事情も知っている数少ない人間。

 そのこともあって私専属になった。


「でもすごいですね、アークレイル殿下。レア様の視線を受けても平気でいられるなんて」

「まさにオリハルコンの精神力」


 ミスリルくらいなら視線で壊すとか言いそうだなお前ら。

 いくら私でも魔法無しでそんなことできるかっての。

 魔法有りならオリハルコンでも余裕だけどねー。


 でもアークレイル殿下か。

 確かに凄い人だと思う。

 生徒は例外なく、先生たちですらまともに目を合わせられる人は少ないのに、殿下だけはいつも平気そうにしている。

 それに視線を受けても平気、なんていうと冗談にしか聞こえないが、魔法が使える私にとってはシャレになってない。

 視線に魔力を込めればそれだけで影響を及ぼす。

 例えば、野外実習時に偶然現れた上級魔物のマンティコア。

 A級ハンター十人がかりで倒す魔物が、私の視線に十秒と持たず腹を見せやがった時にはどうしようかと思った。

 いやいくら私でも殿下を見る時に魔力なんて込めてない。

 そんなことすれば不敬罪どころじゃ済まないし、そもそも学園には魔法の使用を探知する魔法具が存在する。

 必要時以外の魔法の使用は固く禁じられているのだ。

 ただでさえ悪評まみれな私がそんなことすればどうなるか。

 きっと家に報告され、その報告は母の耳に届き…………ガクガクブルブル。


「レア様いけません! それ以上考えてはダメです!」

「大丈夫ですここは学園です。お母様は居ませんお母様は居ません」


 はっ。

 幻? 私の前で手の平にハーッと息を吹きかけてスタンバイしていた母の姿は幻?

 本当によかった……いつの間にか脂汗でぐっしょりしてるけどそれでもよかった……。


「レア様、入浴の準備をしてまいりますので少々お待ちください」

「レア様、今日はレア様の好きなクリームシチューですから期待しててください」


 私のことをよく理解している二人がすぐに動き出す。

 本当に優秀なメイドでよかった。

 二人が居なかったら私はどうなっていたことやら……。


「ありがとう、二人とも……」


「「レア様がデレてくれるのなら、どんなことでもして見せます!」」


 理解しすぎるのもどうなのだろうと、本気で考えてしまった。





 最近やっと気付いたけど、お前もしかしてストーカーなのか。

 誰のことだって?

 アイナ様のことだよ。あのアイドルビッチの。


 まずおかしいと思ったのは二週間前の昼休み。

 取り巻きを撒いた私は、図書室の一番奥で一人静かに『立体魔法陣による高度連鎖型複雑性反応魔法陣理論』を読んでいた。

 図書室最奥のこの自習机はめったに利用者が居ないため、誰も知らない私の休憩スペースとなっていた。

 なのにそんな所にアイナ様は現れた。

 しかも本棚を倒しながら。

 ていうかどうやったらこのバカでかい本棚を倒せるのさ。

 高さは身長の倍近く有るし幅だって相当だぞ?

 しかもアイナ様はいかにも、梯子が無いから上までよじ登ってましたーっていうところに引っかかってるし。

 えっ、まさか体重に耐え切れず……?

 なわけ無いか。

 そんな登場をしたアイナ様は、私を見るやいなや泣き出した。

 そして泣き出したと思えば宰相子息が迎えに来た。

 子守は大変っすね。

 ついでに勉強も見てあげなよ。その子こないだの座学で入試に出てきた問題を答えられなかったって聞いたよ。




 先週は廊下を歩いていたら階段から転がり下りてきた。

 その後当然のように泣き出し、どこからともなく現れた宮廷魔法士長子息により連れられていった。

 な、何を言ってるかわからねーと思うが(以下略)

 私はその時、炎魔法学の先生から先生から依頼された『炎魔法による極低温化魔法の実現』についてのレポートを提出した帰りだった。

 炎魔法の授業中だが炎魔法については座学も実技も卒業分までの単位を取得しているため、たまに先生からこういう依頼をされるのだ。

 あの先生は本当に魔法フェチで魔法に関することなら躊躇なく私に絡んでくる。それ以外は近寄らないが。

 とにかくその時は授業中だったはずだ。

 なのに何故かアイナ様は階段から転がってきた。

 全くもって意味が分からない。

 ていうか二人とも授業出なよ。特にアイナ様、光魔法専門だからって他の属性ぼろぼろらしいよ。




 そして昨日。

 早朝から私は学園の奥にある森へ来ていた。

 運動と鍛錬をするためにだ。

 嘘つけ貴様がそんなことするわけないだろ。何か企んでるだろって?

 そう言われるから誰にも見られないようにこんな所でやってんじゃないか!

 森は一応立ち入り自由。

 だけど奥の方には魔物が出る可能性があるので基本的に誰も近づかない。

 なのにそんな所にもアイナ様は現れたんだよ! こんな朝っぱらなのに!

 しかもモンスタートレインしてきやがったよあのビッチ!

 ていうか学園側から走ってきたのにどこに魔物居たんだよ。

 とりあえず数が多かったので即座に上級闇魔法のダークフィールドを展開、魔物を全て闇空間に閉じ込めてそのまま潰してやった。

 両腕で囲えるほどのサイズで展開できれば一級魔法士になれると言われるが、私は十人が輪になるほどのサイズを形成したから余裕だ。

 日頃からひたすら魔法式の高効率化と高威力化を追求していたのでこれくらいはできる。

 ていうか学園で教えるで標準の魔法式なんて面倒過ぎて使えたもんじゃない。

 三桁の掛け算を足し算だけでやるくらいに面倒くさい。

 そんなわけでビッチの後ろに居た魔物は全て消してやったけど、魔物にビビって転んだらしく当然泣き出しやがった。

 そこに颯爽と現れる騎士団長子息。

 ちーっす、お受け取りのサインはいらないんでさっさと持って帰ってくれやがりませー。

 あと普段から肉体肉体うるさいんだから、せめて多少は走れるように鍛えてあげればいいのに。




 とまぁそこまで色々あれば私でも気付く。

 いくらなんでもおかしくね?

 図書室でばったりはともかく、授業中とか早朝の森とか、いくら何でも偶然はあり得ないっしょ。

 でもなんでそんな事してんの?

 毎度毎度、嫌がらせしようとして失敗したの図にしか見えないんだけど、どうしてそこまで失敗すんの?

 うーん、コミュ障の私にはアイドルでビッチなリア充の考える事なんて理解できん。

 まーとりあえず、今日の授業も終わったし部屋に戻……。


 あれ? なんか静か?

 いつもなら授業が終わると取り巻き共に囲まれるのに、今日はそれが無い。

 まぁ静かなのはいいことなんだけど、ここまで何もないとなんか不気味だ。


 ……周りを見れば女子生徒が全然いないし。


 …………あー。

 ……いくらなんでもヤバそうだ。

 さっさと逃げよう。

 そうと決めた私は急いで廊下に――


「どこへ行くのですか。エレアノーラ嬢」


 廊下に出た直後、横から声をかけられた。

 声の方向に目をやれば、そこにはアイナ様の取り巻き三人と、その後ろに立つアイナ様。

 そしてさらにその後ろには、多数の男子生徒の姿。

 振り向く際に一瞬だけ見えたが、反対側も男子で塞がれていた。


「私の質問を無視するのですか?」


 状況把握のため沈黙していたところを無視していると捉えたらしい。

 宰相子爵が質問を重ねる。


「ごきげんよう。まさか上級貴族ともあろうお方から、挨拶もせずにものを尋ねられるとは思いませんでしたので」


 努めて冷静に返事を返す。

 さすがに状況を察した私は絶対に取り乱してはならないとすぐに理解する。


 これは、悪役令嬢糾弾の場だ。


 一手のミスが身の破滅に繋がるだろう。

 私は冷静に、確実に、正解の選択肢を選び続けなければならない。

 冷静に、冷静に、冷静に……。


 いや無理だってーの!


 怖いよ!

 前も後ろも教室もどこ見ても男子しかいないんだよ!

 女は私だけ! アイナ様はあっち側だから除外!

 コミュ障舐めんなよ!? 視線だけで死ねるんだからな!

 こーーーわーーーいーーーよーーー!!


「どの口がそんなことを言う! 貴様のような者が貴族に名を連ねるなど、貴族の高貴さを貶めることに他ならない!」


 貶めても何でもいいから早くどけー部屋に帰らせろ―!


「そうですか。では私のような者は部屋に戻らせていただきましょう」


「待て! 貴様は罪を償わなければならないのだ!」


 いちいち大声出すなよ怖いんだよ! 罪でも罰でもいいから帰らせろー引きこもらせろーーー!


「ふんっ、何のことか分からないと言った顔をして! 貴様の罪は全て分かっているんだからな!」


 怖くて表情が動かなくなってる上に顔面蒼白になってるだけですが何かーーー!

 あっ、肌白くて分かりませんかそうですか!

 すいませんねこんなやつで! だから帰らせてーーー!


「貴様は二週間前、アイナを図書室に呼び出し、ケガを負わせたな! しかも一歩間違えれば彼女は死ぬところだった! どう責任を取る!」


 帰らせろー! 図書室へ帰らせろー! ……図書室?


「先週は階段からアイナを突き落としましたね。まさか授業の途中にまで罪を重ねるとは思いませんでしたよ。お前は学園という場所へ一体何しに来ているんだ!」


 いや勉強しに来てますが。

 ていうか階段?

 えぇ……じゃあこの次はやっぱり……。


「昨日はついに森で魔物に襲わせようとまでしたな。貴様という人間は一体どこまで堕ちれば気が済むのだ! 騎士として貴様のような存在を見過ごすことはできん!」


 やっぱりか……。

 ってことはあの奇行は嫌がらせ失敗じゃなくて自作自演のつもりだったのね……。

 はぁ、なんか一気に気が抜けた。

 タネの分かる糾弾ってこんな感じなのかーって気分だね。

 いや怖いのは変わらないんだけど、そこに壮大なアホ臭さが漂い始めてどうにも……。

 私がビビりながらも呆れていると、次に言葉を発したのはヒロイン様だった。


「待ってください! エレアノーラ様は本当はそんな人じゃありません!」


 お前もなー。


「きっと何か、誰にも言えない秘密があるんです……だから私は許します!」


 そっすか。ありがとーございまーす。

 秘密持ってんのはアンタだけどなー。


「皆さんも……信じる気持ちを忘れないでください……争いからは何も生まないのです……」


 おお流石、涙を流すタイミングもばっちりっすね。

 そして当然のように感動にふける男共。

 これだけの男が一斉に……きもーい……。

 これ宗教だったのか……。

 まぁめでたしめでたしだよねこれで。

 断罪イベントというよりは好感度アップイベントだったのかな。

 いやネガティブキャンペーンか。

 どっちでもいいや、やっと部屋に帰れる……。


「アイナの言うことはいつも正しい。だが! 俺はどうしてもこいつを許せん!」


 そんな感動の空気を打ち壊したのは騎士団長子息。


「この者は悪だ! 必ず世に災いをもたらす!」


 そう言って手に持つ剣を、鞘から引き抜いた。

 現れた刀身は鈍くあやしい光を湛えた、真剣のそれ。

 騎士団長子息は抜いた鞘を私に向かって投げつけてきた。


「貴様が神の元で暮らし、二度と俗世に関わらぬと誓うなら俺も引き下がろう! しかしそうでないと言うのなら、我が騎士道が悪を切る!」


 感動の場面が一転、死というものを感じさせる世界へ。

 周囲の男達は、まだ突然の事に理解が追いついてないように呆け、動けずにいる。

 そして私も、投げつけられた鞘をつい手で受け止めてしまったが、それ以上は動こうとしなかった。


 だって全然死ぬ気しないし。


 気分はだからどーしたですよ。

 やれるもんならやってみろっての。

 さっきから偉そうな御託並べてるけど、そういうのは相手見て言おうな?

 掲げた剣に向けて言っても誰も聞いてくれないって。

 しかも敵が目の前にいるのに目を逸らすとか、アンタそれでも剣術学年二位なの?

 あ、だから二位なのか。

 騎士団長子息に勝つ殿下すげーって思ってたけど、二位がこれじゃねぇ……。


「何も言わぬはやましき心の証拠! やはり貴様は悪! 我が騎士道のため、我は悪を討つ!」


 やっと前振り終わった?

 変なポージングと独り言はいいから早く構えてーって、

 騎士団長子息が剣を両手で持ち、構えたその位置は――


 上段。


 しーちゃんが好きだった上段。

 よりによってそれを選ぶとか。

 ないわー。


 かっこいから上段が好きだといつも言っていた。

 本人はとても可愛い女の子なのに、その反動からなのか、かっこいいものが大好きだった彼女。

 そんなしーちゃんが、私は大好きだった。

 たった一人、一緒に居られる人だった。

 そんなしーちゃんの上段を見ていた私には。


 向かい合うその姿は、とてもかっこいいとは思えなかった。


 ならば適当にあしらえばいいだけ。

 手の中の鞘は、全く違う物のはずなのにどこか懐かしく。

 少しだけ意識をすれば、久しぶりのはずなのに自然と中段の構えへ。

 そして正面から向かってくる騎士団長子息。

 遅い。

 私は特に焦りもせず、上段から面へ向かって振り下ろされる刃の腹を叩き、逸らす。

 そして、


「こてぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 気勢を込めた一撃を、私は小手に打ち込んでいた。

 鞘とはいえ素材は木。

 衝撃に緩んだ手から、剣は廊下へと滑り落ちた。

 たったそれだけで騎士団長子息は呆然としたまま立ち尽くし。

 周囲はシンと静まり返り。

 私は一人、残心の中にあった。


 だからやれるもんならやってみろ(物理)って言ったんだよ。

 母の平手より遅い攻撃なんかに当たるはずないし。

 ごめんよ騎士団長子息、過大評価してたわ。

 つかぼーっとしてないで剣拾いなよ。

 本気で一撃入れたわけじゃないからまだ握れるっしょ。

 それともこのままだんまり? 一撃でビビって黙り込む程度なの?


 しかしいつまでも続くかのような沈黙は、一人の男によって破られた。


「これは一体何事だ」


 その存在に気付いた生徒は次々と道を譲り、海が割れるかのような様を見せた。

 現れたのはアークレイル殿下。

 そしてその横には学園長の姿もあった。


「エレアノーラ嬢」


 未だに鞘を構える殿下が、いつものように私を目を貫いてきた。

 そのいつもの貫くような視線に、私もいつもの立場へと戻る。

 構えを解き、いつものように淑女の礼を取った。


「ごきげんよう、アークレイル殿下。この場は私に贖罪を促すために取り持たれた場と聞いております」


 宰相子息はそう言ってたし間違いないはず。

 やましいことは何もないのでストレートに行きましょう。


「そうか。悪いがその用は後回しにしてほしい。こちらにも都合があるのでな」


 そう言って殿下は私から視線を外してくれた。

 やったー石化の視線が無くなったー!

 ってあれ、視線の先はアイナ様?

 なして……ってそういえば殿下も取り巻きだったよね……。

 まさか加勢に来たとか言うんじゃー!?


「アイナ・ハリマー男爵令嬢。貴方は二週間前に図書室で魔法を使用しましたね」


 私が戦々恐々としていると、次に声を発したのは学園長の方だった。


「え……私っ、そんなことしてません!」


 何かの間違いですっ、と主張するアイナ様だけど……あーそうか、知らなかったのか。


「この学園には、いつ誰が魔法を使用したのかを調べる魔法具があります。その魔法具にはっきりと記録が残っていましたよ」


 顔を驚愕に染めるアイナ様を見て、遅れて事情を理解した周囲の男共も驚きだした。

 魔法の使用を探知する魔法具の存在は一応伏せられている。

 私は自分で調べたから知っていたけどね。

 魔法を使用できないので魔法を使われたことを探知できず、図書室で魔法を使われたという事も気付かなかった。

 あれだけ大きい本棚が倒れてきたのはそういう事だったのか……。


「それから先週の授業中。貴方は光魔法の先生から大事な話があるからと、他の授業を欠席しましたね。光魔法の先生は貴方に会っていたと証言をしていますが、その時間、二階の階段付近で貴方の魔法の使用が確認されています」


 続けられた言葉にどんどん顔を青くしていくアイナ様。

 先生まで抱き込んでたから授業中あんなところに居たのか……。


「し、しかし! その時間はこのエレアノーラも廊下に居ました! 私は偶然先生に呼び出されたため現場に居合わせました!」

「その呼び出した先生はそんなことはしていないと証言しています。恐らく誰かが名を騙ったのでしょうね。それからエレアノーラ嬢は炎魔法のレポートを私に提出した帰りに通りがかっただけです。私の部屋で実験的に魔法を展開していただきましたから、これも魔法具の記録に残っています」


 宮廷魔法士長子息が弁護するも、論破されるどころか演出として利用されていたことまで告げられ、当の本人は驚愕に染まり黙り込んだ。

 炎魔法のレポートを炎魔法の授業時間中に作成したので、既に先生には見せていた。

 なのであの時の提出先は実は学園長だったのだ。

 作成した私の方が考案した魔法式を安定して展開できるので、実演も兼ねて私が持っていくことにしている。


「それに昨日、森の方で封牢石の使用を複数確認しました。中に封じられていたのは直後に魔物の反応が出たことからそれに間違いないでしょう。そしてその後、上級闇魔法のダークフィールドの展開を確認をしましたが、これはエレアノーラ嬢の反応で間違いありませんでした。エレアノーラ嬢が身を守るために使用したと考えるのが妥当でしょう」

「それは彼女が呼び出したものでは……あんな時間にそこに居ること自体が……」

「これはごく一部の人間しか知りませんが、彼女は毎日、あの時間あの場所へ行っていますよ。魔法を使用した記録は毎日ではありませんが、それでも相当数が記録されています。エレアノーラ嬢が居たとしても、何ら不思議はありません」


 騎士団長子息が呆然としたような表情をしつつも聞いてきたが、それもあっさりと覆された。

 あの魔法具そこまで範囲広かったのか……これは気付かなかった……。

 それに毎日ってとこまでバレてるし、さすがは世界トップレベルの学園だね。

 ていうか騎士団長子息、この世の終わりみたいな表情だな……。


「そういったわけで、それらに関してお話を伺いたいと思います。なお拒否権はありません」


 そう言って学園長はアイナ様を連れて行こうするが、当の本人といえば……。


「嘘ですっ……これは真実ではありません誰かの罠なのです……アークレイル様なら信じていただけますよね……」


 殿下に縋るような目を向け、そして実際に縋りつこうと身を寄せ――


パシッ


「私に触れるな」


 触れる寸前。その手は払われ、残るはただ呆然とするだけの少女が一人。

 そのまま引きずられるように学園長へ連れていかれ、それを期に他の男たちも一人、また一人と去っていき。

 最後に残ったのは、私と殿下の二人だけだった。





 いや私も帰りたいんですが。

 帰りたいんだけどさ、男たちと一緒に寮に向かうのは気まずいし教室で待ってよかなーって戻った訳ね。

 そしたら何故か殿下も入ってきたんだよ何故か!

 しかもそこ出入り口側! 私出れない!

 相変わらず目線は私にロックオンしてるし……かといってこのまま待ち続けるわけにもいかないし……。

 ええいこうなったら強行突破!

 悪役令嬢逆ざまぁイベントを突破した私に怖いものなどない! 私ほとんど何もしてないけど!

 いざ第一歩!


スッ

スッ


 意を決して殿下に向けて一歩を踏み出すと、逆に殿下は一歩退いた。


 ……あれ?

 ……もう一歩。


スッ

スッ


 ……もう二歩。


スッスッ

スッスッ


 ……えーっと?


スッ……スッスッ

スッ……スッスッ


 いやコントやってんじゃないから!

 なんで逃げんの! しかも出入り口の方に向かって!

 視線は私に向けたまま外そうとしないし、でも後ろも見ずに下がって……。

 ……なんか身に覚えがあるな、これ。

 どこだったっけ前世は部屋から出なかったし多分公爵家で……最近は帰ってないから結構前で……。

 思い出した!

 母が怖くてでも視線逸らすと平手だからって、視線を逸らさずにムーンウォークしたときだ!

 後ろに向かって歩くなってやっぱり平手だったけど!

 ということは、まさか。


「殿下。一つ提案があるのですが」

「聞こう」

「不敬を承知で申し上げます。お互いが後ろを向いて話すのは如何でしょうか」

「提案を受け入れよう」


 殿下が言葉を発した瞬間に二人して後ろを向いた。

 もうホント同時。ハタからみたら普通に笑えたと思う。

 けど今は笑ってる場合じゃなくて確認しなければならない事がある。

 ほぼ確定だけど、間違えるわけにもいかないしね……。


「殿下。不躾ながら質問があるのですが」

「答えるのは構わないが、私からの質問にも答えてほしい」

「もちろんです。ではお聞きします。殿下は女性が苦手ですね?」

「エレアノーラ嬢は男性、いや性別にかかわらず人が苦手だな?」

「「…………その通りです(だ)」」


 やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!


「刺すような視線はただ緊張から目を離せないだけで、そのいつも整った表情は強張っているだけで、言葉が少ないのは声が震えるからという事でよろしいでしょうか?」

「冷たい視線はひたすら相手を牽制し自分の位置を崩さないためで、人形のような表情は緊張して動かないだけで、いつも黙っているのは相手に理解させられるほど言葉が続かないからだな?」

「「…………そうです(だ)」」


 うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 この殿下私と、同・類・だ!

 道理でいつも視線を外さないわけだよ!

 私が殿下を怖がってたのと同じく、向こうも怖がってたんだから!

 怖いんだったら目を合わさないって?

 違うね、目を逸らした瞬間相手に主導権を握られるんだから、自分の弱点を晒さないために絶対に視線を外せないのですよ。

 そうなってしまえばその瞬間、一言も喋れないコミュ障のヒッキーに強制ジョブチェンジだからね。


 でもなんで殿下が?

 さっき私が指摘したように、殿下は男性は大丈夫だ。

 気付いた瞬間に殿下の行動を思い返してみたが、男性を苦手とするような行動には覚えがない。

 私は前世の影響があったからともかく、王城には侍女だって大勢居るのに。

 気になるけど聞いちゃまずいかなー。

 いやでもこんな時でもないと聞く機会なんて無いしなぁ。


「気を悪くしたなら答えなくてもいいが、何故エレアノーラ嬢がそうなったのか聞いてもいいか?」


 おっと殿下から先に攻められてしまった。

 転生のこと以外は隠す事ないんだけど、それって何も話せないのと一緒だし……どうしようかなー。


「すまない。そこまでのことを聞くなら、まず私から話すべきだな。私の場合は父上がきっかけで、母上が行ったことが原因だな」


 ちょっと待て勝手に進めんなー!

 聞きたいけど聞いたら私も話さないといけなくなるじゃーん!

 あーでもこんな状況だし、多分殿下もテンパってるんだろうなぁ……。

 分かるよー。お互いの姿が目に見えなくても、そこに居るってだけで十分アウトだからねぇ……私も……。


「父上の噂は耳にしたことがあるだろう。その事を懸念した母が、私に女性との接触を禁じたのだ。生まれてから学園に入学する一か月前まで、徹底的にな」


 殿下の父上。つまり現在の国王の、噂。

 それはアレだよね。


 歴史上最高の女たらしってやつだよね。


 賢王とか、軍神とか、稀代の英雄とかでなくて、女性の全てを愛でる者とか言われる方だよね。

 普通国王にそんな噂があれば女性問題で色々と揉めそうなもんなのに、何故か全て丸く収まってしまうという、あの。

 で、息子までそうなってほしくない王妃様により、女性との接触を禁じられたと。


「普通の貴族は性別がどうであろうと、身の回りの世話をするのは侍女の仕事だと聞いた。だが私の場合は男性がその役を担った。それだけではない。私が行く先々には必ず女性の姿が無かった。侍女も、騎士も、文官も、貴族との催物でさえ」


 そう言われれば、殿下の話題は非常に少なかった。

 この国での成人は十八歳、貴族の場合は学園卒業と同時に成人とされる。

 そしてそれまでは、例え王家主催の催物であっても参加するかどうかは基本的に自由。

 もちろんマナーも分からない子供を出席させれば家の評判に関わるが、きちんと教育し、その家の当主が許可を出せば出席できる。

 多くの貴族子女は学園入学前から親に付いて会に出席し、交友を深めるのが基本だ。

 そうでない者は私のように特殊な事例を除けば、遠方の辺境伯のように物理的な意味で難しい者だけだ。

 だが殿下に関する話題というものは非常に少なかった。

 出席していないわけではない。だが極端に露出が少なかった。

 父上から殿下の話を聞いたことはあっても母から聞いたことはなかった。

 それが全て、女性対策のため。


「そして入学の一か月前になり真実を聞いた。この世には性別があり、女性というものが存在すると」


 この世に生を受け、学園に入学するまで、徹底的に。

 十五年間。

 言葉では一言で表される短いもの。

 だが生きている本人からしてみれば、それが自分の全て。


「その話を聞いた時は驚いた。母上が他の人間と違うという事は知っていたが、それはそういう人間だからと教えられていた。だが世の中の半数の人間は母と同じだと言う」


 驚いた、なんて殿下は一言で表現する。

 さぞ驚いたろう。

 十五年生きてきて全く知らないことを知ったのだから。

 だがそれは……。


「それを聞いた時、私は世界が分からなくなってしまった。私の生きてきた今までは何だったのだろうと、な。そして同時に、そんな私の世界を作り上げた母上のことを恐ろしいとさえ考えてしまった。女性という存在は、全てこう(・・)なのだろうかと」


 十五年かけて形成された自分の世界(常識)が揺るがされる。

 いやむしろ崩壊と言えるレベルだろう。

 存在を知らされず、本人に気付かさせず、殿下だけの世界を完璧に作り上げていたのだから。

 それをある日突然に、創造主(女性)自らの手で壊される。


「事態に気付いた母上と父上がすぐさま手を打ってくれたおかげで入学は何とかなった。だが情けないことに、根本的な解決には至らないまま入学となってしまった。それから先は、エレアノーラ嬢も知る通りだ」


 言葉の調子は最初から最後まで普段と同じ冷静な口調ではあったが、最後は自嘲の念を感じさせる言葉をもって締められた。

 世界すら壊す存在が恐ろしくなったとして、一体誰に責められると言うのか

 恐怖の対象が蠢く学園に入学し、必死に取り繕う様を誰が笑えると言うのか。

 それに比べて、私は……。


「殿下は情けなくなどありません。情けないというのは私の方です」


「慰めはいい」


「そんな無駄なことを言うつもりはありません。お互い言葉を発したくないのはご存知でしょう」


「……それは、そうだが」


「少なくとも殿下は改善に向けて努力していらっしゃいました。困っている女子生徒には必ず手を差し向けていましたし、邪険に扱うこともありませんでした。それにアイナ様が近くに寄ってくることにも抵抗を示していませんでした」


 女生徒を気遣う殿下の姿は、少なくとも入学時から今までバレない程度には自然に見えた。

 ただ基本的に笑わず、冷静過ぎる対応から誰もが恐縮してしまい、折角の気遣いが実を結ぶことはほとんど無かったが。

 いつも殿下の動向に注意を払っていた私は、そのことをよく知っている。


「アイナ嬢については、一応抵抗をしたのだがな……」


「それでもです。本気で抵抗をしていたら、いくらアイナ様でも近寄らせないことはできたはずです。ですのでいずれの場合も、結果はどうあれ殿下の意思が無ければありえないことなのです。それに比べ私は、ただ放置していただけですので」


「……そうか。いつも誰かに囲まれているのでうまく対応していると思ったが、あれは何もしなかった(・・・・・・・)からそうなっていたという事か」


 来るもの拒まず、去るもの追わず。

 言葉にすると奇麗に聞こえるが、要は何もしなかっただけ。

 取り巻きは勝手に私の周りに現れて群れとなり、周囲に影響を及ぼすだけで私にはほとんど何もしてこない。

 だから私も取り巻きに何かすることも無く、ただ眺めているだけ。

 お互い干渉することなんて実は多くないのだ。


「その通りです。私は五歳の時より母から教育され、他者と交われるよう教育されてきました。ですが十年の教育をもってしても、私は未だ、自分の意思で他者と関わろうと思ったことはありません」


「五歳? そんなにも幼い時から他人が苦手だったのか」


「いえ。正確には覚えていませんが、少なくとも更に十年以上前からです。私は前世を十八歳で幕を閉じ今世に発現した、転生者ですので」




 前世の私は一般家庭に生まれた普通の子供だった。

 両親共働きのどこにでもある家族だが、何故か私は他人の存在が苦手な子供だった。

 そこにきっと大きな理由なんてない。

 ただ自然とそう育ち、そしてちょっとしたいじめにあい、引きこもった。

 そんな私を見た両親はどうしたかといえば、隠したのだ。

 私が引きこもっていることを、世間から隠した。

 近所には病気で入院していると言っていたらしく、私を外に出そうとするどころか家に閉じ込めようとする節さえあった。

 仕事の面白かった二人には、そんな私が無理矢理学校に行って問題を起こす方が面倒だと考えたのかもしれない。

 今考えれば、それは多分正しかったんだろうし。

 とにかく私は誰憚ることなく引きこもりライフに突入。

 小学生にして自宅警備員にジョブチェンジした。

 部屋で毎日ネット、ゲーム、アニメ、漫画、小説、その他二次元の世界に没頭する日々。

 通販で買い物しても高額なものでなければ特に咎められもせず、むしろ管理が面倒だったのか限度額の低い私用のカードまで与えられた。

 私は一歩も家から出ることなく、そのまま数年を過ごした。


 だがある日それは壊された。

 事態に気付いた母方の祖父が部屋に突入。

 強制的に部屋から連れ出した。

 そして何故かそのまま、知り合いの剣道教室へ入らせた。

 どうやら学校へ行きたくないのは人と接したくないからで、ならば人と向き合い、精神を鍛えるためと剣道を習わせようとしたらしい。

 幸運だったのか不運だったのか、その教室は先生も含め六人ほどと非常に少なく、道場の隅っこで小さくなっている分には何とかなってしまった。

 教室のある日は祖父が家と道場を送迎し、私は道場の隅っこで小さくなっている日々が始まった。


 その剣道教室で出会ったのがしーちゃんだった。

 本当の名前は知らない。皆がしーちゃんとだけ呼んでいた。

 しーちゃんは丸くなって震えるだけの私に毎日声をかけてきた。

 正直鬱陶しかったけど、そもそも引きこもりのきっかけはいじめと呼ぶのも憚られる程度のもの。

 ただ会話に参加しようとしない私を無視して、私だけ除けたグループ分けがされただけ。

 私は他人と居るのが嫌だし、皆も私が居ない方がやりやすいだろうとくらいに考えただけ。

 だから当時の私は、案外すんなりとしーちゃんに慣れてしまった。

 そのうち道場の隅っこで素振りするようになり、次はしーちゃんを前にして素振りをできるようになり、一年経つころには掛かり稽古もできるようになり、二年経つころには試合稽古もできるようになった。

 しーちゃん限定ではあったが。


 当時の私は剣道教室の日以外は相変わらず部屋に引きこもっていた。

 けれど剣道教室に行くことを嫌だとは思っていなかった。

 しーちゃん以外には相変わらずだけど、同じ道場内に居ても嫌だと思わない程度には平気になっていた。

 私の世界は、自分の部屋と剣道教室(しーちゃん)

 この二つで構成されていた。


 しかしその世界を壊したのは、他ならぬ私自身だった。


 ある日しーちゃんは、私にも上段を使ってみるよう勧めてきた。

 しーちゃんは上段の構えが好きだった。

 先生は基本を大事していたため中段をメインに指導していたが、楽しむことも重要だという事で特に禁止もしていなかったので、私としーちゃんの試合稽古でたまに使ってくることがあった。

 本人は見た目は可愛いの女の子なのに、その好みはかっこいいものが基準。

 上段も『かっこいいしこれで打ち込むとすっきりするんだよね!』なんてよく言っていた。

 前世でも他人の前ではいつも硬い表情をしていた私。

 自分がすっきりするように、私もすっきりして表情も緩むのではないかと考えたらしい。

 その時の私は、多分安心していたんだと思う。

 自分の部屋は当然として、剣道教室にはしーちゃんが居るし、他の人も平気になり始めていた。

 私は、私の居る世界が自分にとって害を成したりしないと、安心していた。

 時間はまだ指導が始まる前。

 生徒は揃い始めていたが先生はまだ来ていなかった。

 大人の目が無いという事もあったんだろう。

 いつもなら口をつく言葉は『私はいい』『無理』なんて否定的な言葉のはずが、その時は了承してしまった。

 そうして初めてとった上段の構え。

 しかし振り下ろした竹刀は、まだ防具を付けていない、しーちゃんの頭に当たってしまった。

 当てるつもりは無かった。

 打ち込む方も打ち込まれる方も慣れていなかったため、想像以上に竹刀が遠くまで届いてしまったのだ。

 そして指導が始まる前だったこともあり、まだ面を着けていなかった。

 しーちゃんは痛そうにしていたものの、すぐに先生が来てしまいその時は有耶無耶になった。

 そして教室が終わった後しーちゃんに謝ったが、本人はもう痛くないからと笑って帰っていった。


 それが、しーちゃんを見た最後だった。


 家に帰ったしーちゃんは夜中に頭痛を訴え、即座に病院へ。

 しかしギリギリまで我慢していたらしく、既に容態は最悪としか言いようが無い状況。

 特に手を打つ間もなく、帰らぬ人となった。

 原因はただ当たり所が悪かった。それだけだったそうだ。


 私がそれを知ったのは次の剣道教室の日。

 私を迎えに来た祖父が教えてくれた。

 しーちゃんのことと、それを知った先生が剣道教室を閉めることにしたこと。

 それだけ言うと祖父はすぐに帰ってしまい、二度と来なくなった。

 私は私を部屋から連れ出す人(祖父)も、連れ出される場所(剣道教室)も、連れ出される理由(しーちゃん)も、全て壊したのだ。

 その後のことはよく覚えていない。

 ひたすら泣きまくったのか、ただ呆然としていただけなのか、物に当たり散らして暴たのか、それとも二次元の世界に逃げ込んだのか。

 恐らく全てだと思う。

 気付けば、部屋は見覚えの無い有様となっていた。

 そして私を現実に引き戻した理由。


 それはしーちゃんの両親の怒りだった。


 家の外から聞こえてくる怒声、罵声により、私はしーちゃんが居なくなったことを思い知らされ、現実に引き戻された。

 毎日聞こえてくる罵詈雑言。

 家にゴミでも投げつけているのか、時折聞こえる鈍い衝撃音。

 何も聞こえない時間は二次元の世界へ。そうでない間は恐怖の世界へ。

 いくら逃げても一瞬で追いついてくる恐怖と、どんな恐怖でも消し去ってしまう幻。

 剣道教室に続き自分の部屋(安心できる場所)という世界も無くなった私は、新たにその二つの世界を行き来していた。

 そんな生活は約二年続いた。

 両親は私を置いて違う場所に住み、しーちゃんの両親は変わらず私を責めた。

 そしてとうとう我慢が出来なくなったのか、しーちゃんの両親は私の家に火をつけた。

 疲れ切っていた私は特に逃げようともせず、酷くあっさりと、前世での人生を終わらせた。




「そうした前世での経験により、私は他人というものが怖いのです。これでも転生当時からするとかなり改善されているのですが、今でも自発的に改善するには至っていません」


 これが私の理由ですと、言葉を終わらせた。

 結局洗いざらい喋っちゃったよ。

 でも殿下なら大丈夫でしょう。

 私の事情は陛下には伝わってるはずだし、殿下もこんな話を人に言いふらしたりはしないだろうし。

 殿下が妄想乙ってドン引きしなきゃいいくらいかなー。


 それにしても隠してる事全部言うのはすっきりするね!

 私……実は、筋肉フェチなんだ……って性癖暴露するような感じ? 違うか。

 暗いこと言った割に平気そうだなって?

 自分でも不思議なんだけどさ、なんかこう、自分のことなのに本の中の話みたいな感じなんだよね。

 一歩引いてるっていうか、今世の自分(現実)から第三者的に前世の自分(アニメ)を見るような。

 あれは間違いなく自分だったという感覚はあるのに、どこかずれてるような。

 もしかしたら本気で受け止めるとダメになるから本能的に拒否でもしてるのかもね。

 それか母の教育の賜物か。

 あの地獄を思い出すと前世が大したことないととさえ思えてくるね……。

 いや前世の経験が無ければ地獄にもならなかったか。やっぱ前世怖い。


「……エレアノーラ嬢の過去を信じがたいというのは簡単だが、疑う理由も無いな」


 しばらく黙っていた殿下がようやく声をかけてきた。

 内心はどうあれとりあえず私がそういう人間だと認めてくれるってことかな。

 母といい殿下といい、懐の広い人が多いねこっちの世界は。


「だが一つだけ訂正させてほしい」


 お? なんだ?


「エレアノーラ嬢は自発的に他者と関わろうとはしないと言うが、それは間違いだ」


 えぇ、気のせいじゃね?


「何故なら今こうして話していている事こそが“それ”ではないか」


 ……そーなの?

 自分じゃそんな気ないんだけど。

 ただ殿下が話したから私も話しただけだし……。


「確かに今までのエレアノーラ嬢は他者と関わろうとはしなかった。何かあっても最低限のことしかせず、利を得ようともしなければ害を成そうともしなかった。それは今回もそうできたはずだ」


 取り巻きが被害者相手に暴れてる時に加勢してれば、相手から利益を毟り取ることもできたけどそうはしなかった。

 だって人と関わりたくないし。

 私を目の敵にする人達が結託して面倒ごとを押し付けられたこともあるけど、特にやり返しもせず放っておいた。

 やっぱり人と関わりたくないし。

 今回殿下に話したのだって、強制はされてないんだから適当に誤魔化して逃げることもできた。

 でも、関わってしまった。


「他者と関わろうとしないエレアノーラ嬢はもういない。今ここに居るのは他者と少しづつ関わろうとするエレアノーラ嬢だ」


 ……私、少しはマシになってきてるのかな?


「私には断言できる。学園に入ってからのエレアノーラ嬢を最も見ていたのは、外ならぬ私だからな」


 殿下が、私を見ていた。

 それはそうだよね、同級生に公爵家は私一人だったし入学して早々に冷徹人形なんて呼ばれ始めたし、一番警戒すべき相手が私なのは間違いない。

 私が権力の象徴である王族を警戒したのと一緒なわけで。

 ということは私と殿下はお互い同じような立場から同じような視線で相手を見ていたわけで……。


 ……何故だ、そんなこと考えたらとんでもなく恥ずかしくなってきたんだが。


 私らがやってることって片思い同士の男女と変わんなくね!? 意味は全く違うけど!

 しかも私が殿下のこと即座に理解できたように、多分殿下も私のことを理解できるわけで……。

 うわーーーー!! なんかこっぱずかしぃぞーーーーー!!

 私と殿下もう相思相愛じゃね!? 愛はまだ無いから哀でいいっすかね!!

 って私なんで『まだ』なんて付けてんのさーーー!!

 よく分からんがこれはまずい!

 一刻も早く撤退せねば羞恥で身もだえるかもしれん!

 よく考えたら暴露大会も終わったしもう部屋に帰っていいよね!


「で、殿下のお言葉は嬉しく思います。ではお話も終わりましたので……」


「あ、ああそうだな。私も戻らねばならんな……」


 そう言うだけで、二人とも動こうとしなかった。

 動け私の体ーーー!!

 お互いが今まで聞いたことないような上擦った声だったなんて関係ないだろーーー!!

 もう挨拶も何も知るか!

 いいか私、まず目指すは廊下だ。そこに出てしまえばどうとでもなる。

 そこにたどり着ければ後は自室までダッシュだ。

 淑女がどうとか言ってる場合じゃねぇ! とにかく殿下から逃げることが最優先だ!

 よし動けよ体! いくぞおらぁ!


「「っ!!!!」」


 何で丁度殿下も振り返るのさぁぁぁぁぁぁ!!

 しかも殿下の顔おもいっきり赤いし!!

 形はいつもの冷静な表情なのに顔は赤くなってるし視線はなんか情熱的にこっち見て……。

 じゃなあぁぁぁぁぁい!!!!

 鏡見なくても分かる!

 これ絶対に! 私も同じ顔してるよぉぉぉぉぉ!!!!

 しかもいつも見てる殿下の顔が何故か今に限ってめちゃくちゃカッコいいのに可愛い感じもするからずっと見てたいな……とかそんなこと思っちゃだめ!!!!

 今は逃げる時! じゃないと爆発する! 何か知らないけど爆発する!


「……で、でんか……わ、わた……や……へや……」


「……そっ…………だな……もど……もどら……ば……」


 もうまともに動かない口から出た訳の分からない言葉を聞いた私たちは、お互い完全にフリーズ。

 その後何とか無理矢理動き出して寮へと戻った。

 もうどこをどう歩いたなんて全然覚えてない。

 それぞれの部屋に分かれる直前まで何故か隣に殿下が居たような気がするけどきっと気のせいだ。

 そうに違いないんだ……。




 気が付けば朝。

 昨日の夕食に何食べたかなんて覚えてないけど朝だ。

 昨日の放課後の先から何も覚えてないけど朝だ。


「おはようございますレア様。殿下と二人でお戻りになられてから様子がおかしかったですが、特に問題ないようですね」

「リーエ、そんな事実は存在しない」

「おはようございますレア様。殿下と二人でお戻りになられた記念という事で、今日の朝食はチョココロネにしました」

「そんな事実は存在しないけど、ありがとうルーエ」


 私は何も覚えていない。という事は何も無かったのだ。それが全て。いいね?


 さて何も無かったのだから、当然私と殿下の関係も変わらなかった。

 いつものように顔を合わせれば冷静に挨拶をし、要件があれば簡潔に終わらせる。

 うん。素晴らしくいつも通りだ。

 変わったことを挙げるとすれば、アイナ様が学園から居なくなったことと、それによって私に突っかかられることが無くなったことくらいだろう。

 居なくなった理由や行先は正式には公表されなかったけど、実際は修道院に放り込まれたそうだ。

 どうやら私にやったような自作自演は初めてではなかったらしく、結構な数の女子生徒が被害にあっていたらしい。

 そのこともあって厳罰を受ける可能性もあったそうだが、いろいろ調べられた結果、日本で言うところの精神疾患に近い状態だったため温情が与えられたそうだ。

 自分は全ての人を愛し、愛されなければならない(ただしイケメンに限る)存在だとか、そんな感じだったらしい。

 ただイケじゃなければまだ救いも……あったのかな?


 それから取り巻き三人組は全員が自宅療養という名目の監禁状態なんだそうだ。

 彼らは特に罰せられるようなことはしていなかったが、女一人に騙された挙句罪の無い者を陥れようとしたため、家の面汚しを曝したくないという事で強制的に連れ戻された。

 騎士団長子息に至っては当主自らが迎えに来たうえその場で切り捨てようとする場面もあったが、学園長の説得によりひとまず保留となった。

 剣を抜いた上に切りかかるまでしたんだから当たり前だね。

 騎士の名を汚したどころの話じゃ済まないんだから、命があるだけでもマシってところでしょう。

 その他、あの場に居た男子生徒の結構な数が家に連れ戻された。

 おかげで結構男子が少なくなって肩身の狭い思いをしているらしい。

 まぁあんなことがあった後じゃね。男共の株が大暴落するのは当然のことでしょ。


 しかしその一方で殿下の株は大暴騰。

 アイナ様に騙されもせず、しかもたった一人で真実を突き止め、私を救い出した本物の騎士だとか。

 事件のあと怯える私に一人付き添い、部屋まで完璧に守り通した、男性として最高の存在だとか……。

 怯えはしたけど守られてないしそんな事実はなーい!

 だから取り巻きーズ! わざとらしく空気読んだ振りして殿下と二人にするな! 私を置いていくなー!

 あの件があってから周囲には殿下と私をくっつけようとする空気が漂っていて、私が殿下と顔を合わせると誰もがそそくさと去っていくのだ!

 いやさっきも言ったけど私と殿下は何も変わらなかった。

 二人の関係は何も変わってないように見えるのに、どうやらそれがずっと前から相思相愛だったという事にされてしまってるんだよ!

 顔を合わせれば挨拶はするが必要以上は喋ろうとせず、目も合わせるがそれはお互い牽制のため。

 ほんっとーに何も変わってない。

 もうそんなことする必要ないと思うだろう。

 あるんだよ!

 少しでも気を抜いてしまうと……こう……あの時の表情が思い返されて……。

 違う違うちがーう私は何も思い出してなあぁぁぁぁぁぁい!!!!

 とにかく油断すると爆発しそうになるから気が抜けないんだよ!!

 相手が油断して一瞬でも顔を緩めると思い出してしまうからお互い気が抜けないんだよ!!

 本当にどうしてこうなった……。

 やっぱり殿下怖い。もう見たくない。

 饅頭怖いじゃないからな! マジで見たくないからな!

 やっぱり帰りたいよ! 引きこもりたいよ!




 家の外なんて怖いよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!




読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 殿下が転生前の友人かと思いましたW
[良い点] なんと言う「ハイスペックあんぽんたん物語」、いやむしろ「廃スペックあんぽんたん物語」か?(笑) ただ、前世が過ぎるくらいに重いので、頑張って幸せになってほしいものです [一言] 長編(続…
[一言] 主人公の心のツッコミと絶叫が最高でした!
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