終わりが終わる
牧田紗矢乃様主催の【第二回・文章×絵企画】参加作品です。
i-mixs様の企画用挿絵3に文章をつけさせていただきました。
URL : http://10275.mitemin.net/
こちらだけ読んでも大丈夫ですが、別の絵で文章をつけさせていただいたものが一応前作ということになりますので、そちらから読んでいただければ幸いです。
薄雲に覆われた満月を背景に、その女は立っていた。
銀糸がしゃらしゃらと擦れるように月明かりを受けて舞うのが美しい。さらに彼女がまとっているのは面積の少ない薄布。そのおかげで体の線がわかりすぎるほどである。僕は彼女の存在をいぶかしむより先に見とれてしまった。
なんて、すこし表現が詩的すぎたかな。
まあ、今思えば見てすぐに分かっただろうよ。
彼女の異様さ。
自身の立ち位置の不安定さ。
彼女が立っている場所は、少なくとも30階建の屋上の隅。転落防止のフェンスなんて意に介さず、ふらりと現れて、そして。
まず自己紹介をしよう。
僕は、あれ? ごめん、名前は言えないみたいだね。だからあの子も名乗らなかったのかな。
でも少なくとも、日本に生まれて、普通に生活していたことは確かだよ。日本ってわかるかな。まあ、分かってもわからなくても聞いてもらうんだし、いいか。
うーん。名前が言えないと何から自己紹介していいか悩むな。
まずはね、年齢は21、男。大学生だよ。学部は文学部、天文サークルに入っていて……ああ、サークルっていうのは同じ趣味の人の集まりってところかな。僕、課題の息抜きにコーヒーを飲みながら星を見るのが好きなんだ。
彼女に出会った日に居たビルはね、うちのサークルの顧問の教授が懇意にしている企業の持ち物で、サークルで行う天体観測会のときに、屋上だけだけど使わせてもらえるんだ。
あの日も、本当は観測会のためにあそこに行ったんだよ。
でもあの日は、薄曇り。月は満月。天体観測には向いてない。
そんな状況だったから人の集まりが良くなくて、来たのは結局僕と、あと2人。鍵を預かってる教授とサークルの会長だけ。
その2人も、結局星が見えないんで近くのカフェに涼みに行くっていなくなってしまった。
僕はね、その場に残ったよ。
多くの星の中でも、僕は月が一番好きなんだ。地球に一番近い天体で、未だ人類が解明していない謎が多い。綺麗な女の人のイメージだね。知ってる? 月って地球には常に同じ面しか見せていないんだ。自分の自信のある面しか見せてくれない美人さんっぽくない? 月って地球に見せている側は月の海なんかがあって綺麗にみえるんだけど、実は裏側は山がたくさんあるようにでこぼこで険しい。クレーターもいっぱいあるしね。そう考えると男の宇宙飛行士ってデリカシーないって思われてるのかも。だって、女の人の必死で隠してる裏の面にずかずか入り込んでいくんだから。
美しいバラにはトゲがあるっていうけど、月だってそうだと思うと面白いでしょ。
僕は美しく輝く月も好きなんだけど、朧月が一番好きでね。なんかすごくエロいと思うんだよ。こう、御簾ごしの女の人って感じで。
今のところ分かってくれる人には会えないんだけど君はどう?
って、あー、ごめん。興味ないか。悪い癖なんだ、許してね。
どこまで話したっけ。
そうだ、僕一人がその場に残ったってところか。
僕は残って、8月の夜中に一人で月を見上げてた。
暑いは暑いけど、夜で風が時々拭いてくれてたから、耐えられないほどではなかったよ。じっとり汗をかきながら、僕は飽きることなく月明かりを眺めてたんだ。
体感では30分くらいかな。時計は携帯しか持ってなくて、確認する暇もなかったからちょっと定かじゃない。
そのくらいに、彼女は現れたんだ。
僕らが来る前から屋上にいて、死角になっていただけなのかもしれないけどね。扉から入ってきてはないはずだよ。だって僕は、扉を背もたれに座ってたんだ。
でね。気がつくと彼女は、フェンスの向こう側、屋上のギリギリに立っていた。
さすがに僕も、その時はすぐに危ないって叫んだよ。フェンスに駆け寄って、どうしたのか聞いた。
そうしたら、彼女はゆっくり振り返って。
すごくね、綺麗な人だった。すこしウェーブがかかった銀色に見える長い髪を風に遊ばせててね。その隙間から覗く金色っぽい目が印象的だった。月明かりでもはっきりと瞳が見えたんだ。
そして体つきもすごく良かった。
着ていた服がきわどいものだったから、よくわかったんだよ。触ってはない、触ってないからね?
彼女が着ていたのは、胸元がヘソくらいまで開いている服。背中も前を支えるための紐ってくらいで、あとはお尻のサイドが開いていて、官能的な服だった。
しかも風に煽られて体に張り付くような感じになっていたから、よくわかったんだよ。
わかるでしょ、君も男なら!
あれ、女の子だった? そうだったらごめんね。君に僕の姿は見えているだろうけど、僕からは、君のことが、その、見えていないんだ。
顔だけ振り返った彼女は、僕の存在を目に留めてふわりと微笑んだ。くるりと体も反転させて、彼女はこちらに歩いてきたよ。ゆっくり近づいてくる彼女に安心すると同時に、だんだんはっきり見えてくる彼女の容貌に見とれていた。
僕のすぐそばに立った彼女にはね、どうにも作り物に思えないツノがあった。だけど、日本ってそういうの得意なんだ。見た目には食べ物にしか見えないサンプルがあったりね。だから、そういうものだと思ってた。
とりあえず、そっちは危ないからこっちに、と提案した。
だって、夜中にビルの屋上、フェンスの向こうに立つってただの自殺志願者にしか見えないでしょう?
彼女はなにも答えなかったけど、ずっと僕に微笑んでいたよ。
彼女がフェンスを乗り越えるのに手を貸して、さすがに目に毒だったから僕の着ていたやつで申し訳なかったけどシャツを着せかけて。
そうして、どうしてここにいたのか聞こうとした瞬間だった。
目に入った彼女の手は鋭利な刃物に変化していて。
なぜかそれが顔の横まで振り上げられていて。
え。
そう思った時には、僕の体が倒れるのが遠くに見えた。
首のない、僕の体が。
ふふ、ふふふふ。
ふふふふふふふふふふふ
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
そんな笑い声がして、最後に、彼女の微笑んだ顔が間近に見えた。
これで、僕の話は終わり。
これが、僕の死んだ日の話。
あれがなんなのか、ここでしばらく考えていたんだけどわからないんだ。もしかしたら君の世界にはそんな人がいっぱいいるのかもね。
ごめんね、さっき、僕は君のことが見えないと言ったけれど、正確に言うとそれは違うんだ。
僕には、君が巨大な木に囚われた男の人の絵に見える。
前に僕が話を聞いたのは、鍵盤を背景に笑う女の子だったよ。
君に、僕はどう見えているのかな。
彼女は僕を女だと言っていたから、君にもそう見えている?
わからない、世の中はわからないことだらけだよ。
でも、やっと解放される。
僕はここで何人かの終わりの話を聞いた。
君も、終わりたいのならその方法を試してみるといい。
この暗い場所から、きっと出られる。
じゃあね。
企画を主催してくださった牧田紗矢乃様。特設サイトの設営などありがとうございます。お疲れさまでした。
美麗な絵に文章をつけさせてくださったi-mix様。想像の余地がたくさんあって、楽しかったです。ありがとうございました。