退屈な世界と冒険の序章
その少女は、こちらに手を振っていた。
中学生くらいだろうか。一度見たら忘れないんじゃないか、と思うほどかわいらしい笑顔でこちらに手を振っている。
だが、僕はその少女の顔に全くと言っていいほど見覚えがない。
それなのに、その少女はこちらに手を振っている。
あたりを見ても、僕と、その少女以外、誰もいない。
とりあえず、近づいてみようと足を一歩前に出す。
すると、少女は一歩後ろに下がる。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」なぜ?
近づいてはならないのなら、なぜこちらに手を振ってくるのか。
「君は、誰だい?なんで、僕に手を振っているの?」
理由が知りたかった。かわいらしい中学生くらいの少女が、僕に手を振ってくる理由が。
なぜか、知らなきゃいけないような、そんな気がした。
「⋯⋯⋯。」
しかし、少女は僕の問いを聞くと、今まで以上にかわいらしい笑顔を浮かべ。
そして、僕に背を向け歩き出す。
早い。ただ歩いているだけのはずなのに、どんどん僕との距離が広がる。
「待って!!」
僕はそう叫び、少女の後を追いかけようとしたところで―――――――――
―――――――目を覚ます。
太陽の光が目に刺さる。朝七時。下から母親の声が聞こえる。
ベットから落ちて目を覚ましたようだ。
つまり、夢。
あの、少女がこちらに向けて笑いながら手を振ってくるという光景。あれも、もちろん夢。
「⋯⋯⋯やっぱり、夢だよね⋯⋯。」
僕は頭を抱える。
夢で見た場所が家の近くだったり、時間が学校帰りの時間だったりしたから望みをかけていたのだが、やはり夢だった。
木村亮。17歳。男。高3。
成績は、国語が5、英語は2。そのほかは可もなく不可もなく、といった感じ。
高校に入ってからというもの、特にやりたいことも進路も見つからず、アニメや本などの二次元に多少あこがれてしまった。
あのワクワクする世界の何か一部でも現実にあれば、と。
結果が今朝見た夢である。
さすがにもう大人なのでそういう事がないのは分かっているのだが、どうしても期待してしまう。
あんな、マンガみたいなことが、本当にあれば⋯⋯⋯。
僕がまた妄想の世界に飛ぼうとしたそのとき、下から母親の怒声が聞こえた。
色んなことを想像したかったのだが、今はそれをやめて学校に行く準備をすることにした。
母親って、怖いよね。
あの後、母親にとても怒られた。
ただ、寝てただけなんだけどなぁ。そんなことを思いながら学校に行き、授業をうける。
いつもと変わらない授業。
いつもと変わらない友達。
いつもと変わらない昼休み。
何も変化なんておこらない。いつもと変わらないこの光景に、僕は失望していた。
そして、何も起こらず下校時間。
図書室でしばらく本を読んで時間をつぶすことにした。
家に帰っても、やることないしね。
そのままそこで一時間ほど時間をつぶし、帰宅する。
帰り道。
僕の足は自然と今朝見た夢の光景と同じ場所へ向いていた。
別に何かを期待しているわけじゃない。
そう心の中で言い訳をしつつ、夢の場所へ向かう。
そして、夢に出てきた場所――――
―――しかし、そこはただの道路だった。
何の変哲もない、ただの道路。
まあ、現実なんてこんなもんだよね。
そのままそこでボーっと道行く人を見ていた。
その人たちにも、特に何も変なところはなかった。
しばらくすると、母親からまだ帰ってこないのかというメールが携帯に届いた。
もう、いいかな⋯⋯。
軽く落ち込みつつも、わかりきっていた結末だった。
夢が現実に起こるなんて、ありえない。
僕が帰ろうとしたとき、その道の先にその少女がいた。
その少女はこちらに背を向けていた。
だが、なぜか僕にはあの女の子が夢に出てきた少女だという確信があった。
そして少女は大きな通りのあるほうへ歩き出す。
僕は後を追った。
そして見てしまった。
少女に向かって一台の車が突っ込んでくるのを。
僕の体は反射的に動いていた。
「危ない!!」
そこでようやく少女も車に気付いたようだが、間に合わない。
僕は少女を突き飛ばした。僕に車が迫り、体に衝撃が走る。
跳ね飛ばされ、地面にたたきつけられる。
体から血が流れているのが見える。
意識を失いそうな僕は、それでも少女のほうを見る。
そして、そこで固まってしまった。
少女は笑顔で手を振っていた。
そして⋯⋯
「バイバイ。いってらっしゃい。また――――――――」
そこで僕の意識は途切れた。
僕は目を覚ました。
そこはいつものような自分の部屋ではなく、暗く静かなところだった。
だけど、自然と不安な気はしなかった。
「あーあ、死んじゃったのかなー。」
僕は、最後の光景を思い出す。
でも、いってらっしゃいって――――
そこまで考えたところで、いきなり暗闇の中に光が生じる。
その光は渦になって―――
「うわぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は飲み込まれた。
僕が次に見たのは、真っ白な部屋と、赤ん坊のようになってしまった僕の手だ。
いや、ように、ではない。
僕は、赤ん坊になっていた。
「!?」
頭がそれを理解してから驚きがやってきた。
え?どうして?
そんなことを考えていると、僕のいる部屋の扉が開く。
泣きそうな顔をした女性と、白衣を着た男性が入ってきた。
「私が見えているかい?声は聞こえているかい?」
男性は、そう聞いてきた。
僕が、コクリ、とうなずくと女の人のほうが泣き出してしまった。
ちょっとついていけない。
「ここは、どこですか?」
僕は、男性にそう聞いた。
「あなたは誰ですか?」
「私は研究者だよ。ここは、私の研究所で、君は一週間前に彼女が生んだんだ。」
そう言って、男性は泣いている女性を示す。
「君はスキルを持って生まれてきたんだ。だから、生まれて間もないのに私と話すことができる。」
「スキル?」
僕はその現実離れした単語に耳を奪われていた。
「うん。この世界は能力者と、無能力者に分けられる。」
男は続ける。
「能力者は10歳から能力者のための学校に入れられ、そこで学園順位トップ10に入る。そうすると卒業試験が受けられて、それに合格してようやく学校の外に出ることができる。」
彼女が泣いているのはそのせいだね、と。
子供に会えないのがつらいから泣いているのか、と納得すると同時に罪悪感が起こる。
僕のせいで泣いてんじゃん!!
「能力者と違い、無能力者は町の中でロボットを扱いながら暮らす。」
「ロボット?」
また現実離れした単語が出てきた。
「そう。この世界では人とロボットが共存している。」
一度街に出てみようか、という男の誘いに乗り、ベビーカーのようなものに乗せられ街に出る。
街の大通りには色んな人間とロボットがいた。
犬や猫のしっぽのついている者。
マンガなどでよく見る耳の長いエルフのような者。
2メートルを超える身長を持つ者。
そして、二足歩行のロボットや、宙に浮いている車など様々だった。
通りの先にある門が開く。
「どうやら冒険者たちが来たようだぞ。」
「冒険者?」
「ああ。学校を卒業した能力者たちには色んな道が開ける。その一つが、冒険者だ。
彼らは初めて能力者が生まれた時から出現し始めたモンスターを狩りながら旅をし、街であのようにモンスターが落としていくモンスターの体の一部だったりを、売ったり、武器にしたりして、旅を続ける。」
あんな風に、と男が示すほうを見ると冒険者がモンスターから出るアイテムを売っているところだった。
もうそろそろ戻ろうか、と言われ研究所へ戻る。
「さて、街を見てもらってこの世界がどんなものなのかはわかってくれたかな?貧富の差はあれ街は基本的にはこんな感じだよ。街の外は、自分で確かめるしかないけどね。」
男は、ニヤリ、と笑いながらそう言った。
女性のほうを見る。
彼女はもう全部僕の判断に任せるようで、何も言ってこない。
僕は、街で見た冒険者たちの姿を思い出す。
彼らはきっと、僕には想像がつかないほどのたくさんの経験をしてきたのだろう。
僕もそんな、前の世界では経験できないような経験をしたい。だから、―――――
「冒険者に、なりたい。」
僕は、そう言った。
「僕になれる可能性があるなら、なってみたい。」
「危険だよ?」
男は最後の確認のようにそう言ってくる。
もう、決心はついていた。
あの、退屈な日常とは真逆のこの世界で、刺激的な人生を送れるなら。
たとえ、それで死んだとしても、
「望むところだ。」
男は満足そうにうなずき、女性に確認をとる。
それが終わると、
「なら、私が君を育ててあげよう。これでも私は元冒険家なのでね。」
そう言い、僕に手を差し出す。
「改めて、私はプロフェッサー・レン。君がどこまでいけるか、見届けさせてもらうよ。」
そして僕の異世界での人生が始まった。