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父の場合


「お嬢さんの誤解はとけました?」



 シャルロッテを客室のベッドに寝かせたあと、アマーリエのもとへ向かおうとした俺に後ろから投げかけられた軽い調子の声。



「クラウス」

「その顔を見る限り、うまくいったみたいですね」

「ああ・・・苦労を掛けたな」

「いえいえ。お役に立てたのなら何よりです。それより、早く行ってあげたらどうですか?アマーリエのところへ」

「早くも何も・・・お前が呼び止めたのだろう」

「あれ、そうでしたっけ」

「はぁ・・・少し出る。何かあったらすぐ呼べ」

「了解です」

「ああそれと、シャルロッテの部屋には入るなよ?」

「・・・ワカリマシタ」

「クラウス!」

「駄目って言われるほど人はやりたくなるものですよー?」

「お前は人ではなくダンピールだろう」

「もー揚げ足とっちゃってー」

「とにかく!入るなよ」

「これだから親バカはー。部屋には入りませんって。だから早く愛しの奥方のとこへでも行ってくださいよ」


 そう言ってひらひらと手を振りクラウスは広間へと歩き出した。その背中に向かって、ぽつりとこぼす。



「・・・ありがとう。助かった」


「どーいたしまして」

 



***




 吸血鬼は、ダンピールの血液を体内に取り込みでもしない限り、決してその身が亡ぶことはない。

 たとえ劇物を飲もうと心臓を剣で貫こうと、この身が朽ち果てることはなかった。燃え盛る炎の中にその身を投じた時も、火傷一つ負わなかった。そのうえどこか身体の一部が欠けようものなら、瞬く間に再生していく。

 

 当然その存在は、人間にとって受け入れがたい異形のものだ。

 吸血鬼の中には”人間は餌以外の何物でもない”と考える者も少なくはなかったが、俺はそうではなかった。元より血を飲みたいという欲求自体が希薄な、吸血鬼の中でも異端であった。しかしそれでは身体が保たないので、時折くる生理的欲求は獣の血で一応満たしてはいた。

 別に人間になりたかったというわけではない。だが人間に交じって生活し、彼らとそれなりの友人関係を築くことは嫌いではなかったし、どちらかといえば好んでそうしていた。しかしどれほど彼らと打ち解け信頼関係を築いても、俺は決して正体を明かすことはなかった。きっと彼らもそれを望まなかっただろう。何せ俺は、人間とは相容れない化け物なのだから。



 だが、その考えは最愛の伴侶(アマーリエ)と出会ったことで大きく変わった。



 初めてアマーリエを見たとき、俺は彼女から目を離すことができなかった。何故かはわからない。確かにアマーリエの容姿は美しかった。長く真っ直ぐな癖のない濡れ羽色の髪にエメラルドグリーンの瞳。透けるように白い肌は、俺たち吸血鬼の作り物のような印象を与えるそれとは違い、白いながらに健康的な色をしていた。だがそれだけではない何かが俺の目と心を惹きつけて止まなかった。まるで運命の赤い糸で繋がっているようだと、柄にもなくそんなことを考えてしまうほどに。

 そして何より、生まれて初めて心から血を欲したのだ。喉が、身体が、心までもが、彼女アマーリエの血を求めていた。それまで感じることのなかった強い衝動。血への渇望。

 俺は戸惑った。どうすればいいのかわからなかった。それまで永い間生きてきたなかで、初めて味わう焦燥感。欲しい、欲しい、血が欲しい。彼女の血が。そして俺の正体を知ってほしい。誰にも見せなかった”真実”を、彼女にだけ明かしたい。だがその前にもしほかの誰かに先に奪われようものなら―――



 俺はその晩彼女のもとを訪れた。

 窓からそっと彼女の部屋へと入る。彼女は俺に気付くことなく眠っていた。首筋にかかる長い髪をはらい、そっとそこに触れた。どくどくと脈打つそこへ、牙を立てようとして―――



「あなた・・・だれ・・・?」

「!」

「もしかして、吸血鬼・・・?」



 彼女が目を覚ましたうえ、正体まで悟られた俺は大いに焦った。

 


 騒がれれば不味い。だが俺は引けない―――



「俺は―――」

「あなた、とても綺麗ね・・・素敵だわ・・・。あなたみたいな人なら、吸血鬼でも悪魔でもいいもの・・・わたしのことを攫ってくれればいいのに―――」



 最初は寝惚けているのかと思った。俺を夢うつつに見た幻影か何かとでも思っているのだろうかと。だが最後の一言だけは、はっきりと彼女の意思を告げているものだと確信した。



「ならば、俺とともに来るか?」

「連れて行ってくれるの・・・?」

「お前が望むのなら、何処へでも」




 そうして俺は、最愛の伴侶(アマーリエ)を手に入れた。




 彼女は吸血鬼である俺を恐れる様子は全くなく、俺のことについて何を知ってもこちらが拍子抜けするほどにあっさりとそれらの事実を受け入れた。理由を訊いても彼女自身がわからないと言うし、「あの夜初めて俺と会ったときも別段怖いと思うこともなかった」とも言っていた。俺の友人だと紹介したクラウス―当時から気まぐれに俺の屋敷へ来ては好きなだけ滞在し、適当な時にまた屋敷を後にするといった習慣をしていた―のことも恐れず、彼女もまた俺と同じように友人としてクラウスに接していた。

 だから油断していたのだ。この時、俺がクラウスのことをきちんと”ダンピール”として紹介していれば、彼女が俺のもとから去ることはなかったのかもしれない。彼女が誤解したままお腹に宿した子共々、屋敷から姿を消すなどということにはならなかったかもしれない。




「アマーリエ・・・」



 強く拳を握りしめる。

 早く会いたい。会って、謝りたい。




異形の俺との間にできた子を、細く小柄なその身に宿し、たった独り頼れる者もいないまま、どれだけ心細かっただろう。もし俺以外の吸血鬼に悟られようものなら、なぶられいたぶられた挙げ句に殺されていただろう。それでも、見つかることなく静かに穏やかに母娘ふたりで生きていてくれた。だから、だからどうか。



もう一度、俺とともに生きたいと言ってはくれないか。そして今度は、愛する妻と娘、ふたりを傍で守らせてはくれないか。


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