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娘の場合(3)


 わたしは屋敷の中へ通され、今は豪華な一室で例のわたしを待ち構えていた美貌の男を目の前にして座っている。


 見た目だけで言えば、男の年は30歳くらいだろうか。白い肌に輝く金の髪、そしてサファイアを思わせるような青の瞳。さっきのダンピールの青年も美しい顔だちをしていたけれど、この男の前ではそれも霞んでしまう。それほどに、この男はひどく美しい。長い睫が目の下に影をつくり、どこか憂いたような表情をつくりだしている。そしておそらくこの男は―――


「あなたが、わたしの父なのですね」

「わかるのか」

「はい・・・否定するには、顔が似すぎていますから」

「ああ。そうだな、お前は俺にそっくりだ」


男は口角を釣り上げて笑った。


 この男の顔を見た瞬間、恐ろしいほどに美しいと思った。それと同時に、自分似ているとも思った。わたしはダンピール特有の白い肌と、輝くような金の髪に母親譲りのエメラルドグリーンの瞳というたいへん整った容姿をしている。自慢ではないが物心ついたときからそのことは自覚していた。決してそれを鼻にかけるようなことはしていないけれど。


「名前を訊いてもいいか」

「シャルロッテ・ベルンシュタインと言います」

「シャルロッテ、か・・・お前は、本当に俺によく似ている。瞳の色以外はな」

「目の色は、母親譲りです」

「そうだな。お前の目を見ているとアマーリエを思い出すよ」


男はまたさっきと同じように―――否、さっきよりも幾分優しい目をして笑う。


「・・・あの、」

「訊きたいことがあるのだろう。その全てに答えよう」

「!」

「そして俺も・・・お前と、アマーリエに話したいことがある」

「話したい、こと・・・」

「ああ」







 ひとつ、わかったことがある。この男が”アマーリエ”と母の名を口にするとき、その声には蕩けるほどに甘い響きが含まれている。だから、悟ってしまった。この男―――わたしの父は、母を憎んでなどいないのだと。母は、わたしを身ごもり生んで育ててきた今日まで、そして今この瞬間もずっと、思い違いをしているのだと。



―――ああ、なんて、哀しいのだろう。



「・・・幼い頃に、一度だけ母に訊いたことがあります」


わたしが人間でないと知った日。そして、母に悲しそうな顔をさせてしまった日。


「『どうしてうちにはお父さんがいないの?』と。その時、母は言いました。あなたのことを愛していると。それと同時にわたしのことも大事なのだと。そしてあなたは母を憎んでいる。だから離れて暮らさなければならないのだと」


その言葉に、父が息をのむ。


「わたしはずっとその意味がわからなかった。だけど今日、ダンピールのことを調べてわかりました。そしてあなたに会って―――母の名を口にするあなたを見て、悟った。あなたは、母のことを、憎んでなどいないのだと」

「・・・シャルロッテ」

「ダンピールという存在は、吸血鬼にとって唯一の脅威です。あなたにとって、わたしは愛した(ヒト)との間に生まれた娘ではあるけれど、忌むべき存在です。だから―――」

「シャルロッテ!」


父はわたしの両腕を掴んでわたしの言葉を遮った。


「お前は・・・アマーリエに似て聡明だ。だがその聡明さが・・・俺を苦しめていることをお前たちは知らない」

「え・・・?」


切なく苦しそうに紡ぎだされた声は、どこか人間じみていてとても吸血鬼のものであるとは思えない。


「アマーリエは、吸血鬼である俺にダンピールを身ごもったと知られることを恐れて、俺の前から姿を消したのだろう。お前を守るため・・・そして、俺にお前を殺させないために。その聡明さを受け継いだお前は今―――いや、聡明とは言わないか、そんなものは自己犠牲だ。お前は自分を犠牲にして”殺せ”と言おうとしたのだろう・・・っ」

「わたしはっ、母とあなたが今でも変わらずにお互いを想い合っているというのに・・・わたしは、ふたりを阻む壁でしかない!だったら・・・!」

「シャルロッテ」

「!」


 青い青いサファイアのような瞳が、わたしの目をまっすぐ見て言った。


「思い違いをしているのは、お前も一緒だ」

「わ、たしも・・・?」

「ああ」


 父の冷たい手が、慈しむようにわたしの頬に触れる。


「シャルロッテ。俺は、アマーリエが身ごもったことを知っていた」

「え・・・?」

「吸血鬼は、たったひとりの相手を生涯の伴侶と決めた時から、その相手の血しか口にしない。そしてその伴侶がどこにいようともその居場所が分かる。気配を追うことができるのだ。だがもしその相手が人間で、なおかつ吸血鬼と人間の血を引くダンピールを身ごもっていたとしたら―――」

「!」

「吸血鬼は、ダンピールの居場所を感知することができない。だから、相手の女がダンピールを身ごもっている間は、その伴侶の居場所さえも感知できない。だからアマーリエの気配が追えなくなり、姿を消した時は、身ごもったのだろうと悟った。そして二度と俺のもとへ戻ることはないだろうと」


 そう話す父の顔には、絶望と喪失とがないまぜになった表情が浮かんでいる。


「アマーリエが無事にお前を生んだことは、突然またアマーリエの気配を感じ取れるようになったことで知った。わからないか?」

「・・・・・」

「もし俺がアマーリエを憎み、そしてダンピールのお前を殺そうと思ったならば、その時すぐに行けば事足りた。人間ひとりと生まれたばかりのダンピールひとりを殺すことなど容易い」

「っ」

「だが俺は、お前たちふたりを憎み、ましてや殺そうなど微塵も思ったことはない。寧ろその逆だ―――俺は、お前たちを愛している。赤ん坊のお前を抱くアマーリエを見て、何度ふたりに触れたいと思ったか。何度そのままふたりを屋敷まで連れ帰りたいと思ったか」

「―――!!」

「シャルロッテ・・・生まれたときから愛らしい子どもではあったが―――綺麗になったな」


 吸血鬼には不釣り合いな、優しく慈愛に満ちた父の姿に、わたしは自分の頬から涙が伝うのを感じた。そっと抱きしめられて、頭をなでられる。なんとなく照れくさくて気恥ずかしい。


「お、とうさん・・・っ、わたし、もう16歳になったのよ・・・」

「ああ、知っている。だがようやくこうして愛する娘と触れ合えたんだ。少し我慢してくれ」

「ふふっ・・・それもそうね・・・」


 吸血鬼だから冷たいはずの父の抱擁は、なぜだかとてもあたたかくて、わたしはそのままゆっくりと眠りに落ちた。


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