娘の場合(1)
わたしには秘密がある。
わたしと、お母さんだけの秘密。
それは―――
わたしがダンピールであること。
***
「じゃ、お母さん。いってきます」
「いってらっしゃい。気を付けるのよ」
「はーい。夕方には帰ってくるから、お母さんも無理しないでね」
「ええ、わかってるわ」
「じゃあね、行ってくる」
わたしは今、王都からは少し離れた小さな村で母娘ふたりだけの生活をしている。ここでの暮らしに不満はない。寧ろ大好きだ。村の人たちは優しいし、村自体も活気があって明るいから。
しかし、最近そんなわたしに悩みができた。厳密にいうと、16歳の誕生日を迎えたその瞬間からであるのだが。
それは、身体が少し、変なのだ。うまくは言えないけれど、身軽になったような気がするのだ。自分でも驚くほど速く走れるようになり、人や馬車の動きが遅く見えたり、身体能力が格段に上がったとでも言うべきか、何せ身体がおかしいのである。
「暗い夜道でも、視界がはっきりしてるし・・・」
そもそもわたしは吸血鬼の父と人間の母をもつダンピールだ。だからそんな人並み外れた力が備わっていてもなんら不思議ではないのかもしれない。しかし、ダンピールとしての生まれつきのわたしの体質は、怪我の治りが早いということと流行り病や風邪にはかからないというこの二点だけだ。つまり、身体がめちゃくちゃ丈夫であること以外はただの人間と変わらなかったのだ(まあ他人より白いきめ細やかな肌や、細く滑らかな金髪は昔からよく人間離れした美しさだと称されていたけれど)。16歳の誕生日を迎えたついこの前までは。
そしてわたしはこの自分の身に起こった不可解な現象を、まだ母に話せないでいる。当然早く話すべきなのはわかっている。けれどここ2、3年母の体調が思わしくない。原因はよくわからないけれど―――いや、きっとわたしが知らないだけで、母はその原因をわかっているんだと思う。でも絶対にわたしには教えようとしない。本人は「命に関わるわけではないから、安心して」と笑って言うだけ。医者にも掛からないし安心なんてできるわけないのに。
まあそういうわけで、ただでさえ弱っている母に対して妙な心配をかけたくないのが娘としての本音なのである。
「でも、だからっていつまでもこのままっていうわけにもいかないよね」
そこでわたしは決心した。
吸血鬼と、ダンピールのことについて自分の手で調べよう、と。
しかしわたしの住む村には図書館がない。だから今日は王都にある王立図書館へ行って、あらゆる目ぼしい書物や文献を読み漁ってやろうと思ったのだ。勿論母にはいつも通りパン屋の仕事へ行くと言ったけれど。すべては、母とわたしの平和で穏やかな生活のために。