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グロ魔術師は凄惨する  作者: 薫筒晋平
田上次郎は三度の飯より鏡が大好き
6/22

第5根

 四時間目のチャイムが鳴った。

 すぐさま史明は周囲を見回した。しかし、ついさっきまで一緒に授業を受けていたメリルの姿はすでに見当たらない。


 屋上に行くしかないのか……。

 長いため息をつく。

 屋上に行くのはあまり気乗りがしなかった。下手なことをしたら、メリルに蹴り落とされそうで恐ろしい。

 

「うぃーす。一緒に昼ご飯食べようぜ!」

 ジローが菓子パン片手にやってきた。

 わざわざ来てくれたのはとても嬉しい。感激と言ってもいいレベルだ。だけど今日は、今日だけは食事を共にすることができない。


「ご、ごめんなさい。いまちょっと、用事があっていかなくちゃいけないんです」

「はぁっ! それはないっしょ。用事ってなによ?」

「なんというか、うまく言えないんだけど、僕が行かなくちゃまずいんです。本当にごめんなさい!」

 謝り倒して、逃げるように教室を出る。お弁当を忘れたが、もう取りには戻れない。そのまま屋上へ向かう。


 ★★★★


 ぽかぽかした日差しに、ほどよいそよ風。屋上がこんなに快適な場所だとは知らなかった。

「メリルさん、どこにいるんですか?」

 史明が呼びかける。

「ここなのよ!」

 メリルの鼻に掛かった声が奥から聞こえてきた。二三歩足を踏み出して、給水タンクの上に立つメリルを発見する。

「そんなところで、なにやってるんですか?」

 メリルは太陽に向かって両手を広げていた。

「見りゃわかるでしょ。光合成なのよ。魔界には太陽が届かないからね」

「はあ、なるほど……」

「いま降りるからちょっと待ってね」

 体操選手のような綺麗な後方宙返りでメリルが舞った。史明の目の前にストンと着地する。なんて身体能力が高いんだ!!

「やっぱり人間界はいいわ。特にこの国はいいのよ。街は綺麗だし空気も美味しいし」

「はあ、ありがとうございます……」

 別段、街の美化計画や空気の清浄に貢献した記憶はないけど、ほめられたのだと解釈していちおうお礼を言う。

「けっこう素直なのね。昨夜はド変態だったけど」

「す、すすすすすいませんでしたっ! 僕、あれは全部夢の中で起こった出来事だと思って、本当にごめんなさい。あれは現実に起こった出来事だったんですね」

 ペコペコと頭を下げて謝る。

「もちろんなのよ。胸を触ってきたことは許してあげる。あたしも思いっきり殴っちゃったし」

「そういえばボコボコにされた記憶があります。でも僕はどこも怪我していない」

 痛烈な痛みを思い出して鼻がうずいた。

「あたしが治癒魔法で治してあげたのよ」

「治癒、魔法ですか!?」

「口で説明するのはめんどいから、これを観てほしいのよ」

 

 人差し指で空中に大きな四角形を描いたメリルが、そのちょうど真ん中をちょんっと押した。その途端、四角形の中に色が灯ってゆき、モニターのように映像がうつし出された。

 

「す、すごいです……」

 映っているのは、顔と両膝を床につけた、四つん這いならぬ三つん這いになっている史明だった。その傍らにはメリルが立っている。

「これが僕ですかっ! なんてひどい……」

 シャチホコのようにお尻をつき出して史明は痙攣していた。鼻からは血、口からは泡を出して、よく見るとお尻の部分が茶ばんでいる。

 腰をかがめたメリルが史明をひっくり返し、カメラに背を向けてゴソゴソと動く。

 再びカメラを向いたメリルの手には一本のスプレーが握られていた。


『ヒーリング・ミスト!』


 カメラ目線で声を上げたメリルが、スプレーを史明の全身に噴射する。すると淡い白熱灯のような色をした霞が史明を包み、負傷した箇所を元の通りに戻していった。

 首のみみず腫れがみるみる引いてゆき、ひしゃげて血に染まった顔が元のちょいブサに戻り、はだけていたパジャマまでもが整えられていく。

「すべてを元通りにするのが治癒魔法なのよ」

 モニターを見ながら、誇らしげにメリルが解説した。

 モニター内のメリルは、完全に回復した史明の脚と背中に手を回して抱え上げてベッドに乗せようとした。しかし重すぎたのか、途中で手を放し、史明は後頭部から床に落ちた。


「これひどくないですか?」

 抗議する史明をメリルは、

「まあまあ、最後まで見るのよ」

 鼻であしらった。


『意外に重いのよ。でもこれぐらいで魔法の力は借りないのよ』

 悔しげにつぶやいたメリルが、今度は腋から手を回して史明の上半身だけを持ち、ベッドに向かって放り投げ、ベッドに手を掛ける状態になった史明を少しづつ手と足で押し上げてゆく。

 史明の全身がベッドに乗ったところで突然シーンが変わり、夜空に浮かぶメリルが映し出された。

 寄ってきたカメラに向かってメリル微笑みかけ、チアガールを思わせる規則的な動きで両手に持ったピンク色のベルを振り出した。

 一分ほどベルを鳴らし続けて不意に動きを止める。

『ごきげんよう』

 なんの脈絡もなく、首を四十五度に傾けてメリルが告げる。

 その画を最後に映像が途絶え、モニターも一瞬で消えてしまった。


「どう? これでわかったでしょう」

 満足気にメリルが聞いてきた。

「い、いえ。ちょ、ちょっと、わからなかったんですけど……」

 メリルが特殊な能力を使って史明の怪我を治してくれたのはわかったが、それ以外はなんのことやらまったくわからない。

「なんでわからないのよ! どっからどう見ても催眠ベルじゃない!!」

「す、すいません……」

 怒鳴られたショックで謝ってしまう。

「ふ~ん。その顔から察すると、本当に知らなかったみたいね。いいわ。面倒だけど教えてあげるのよ」

 深く息を吐いてから、メリルが説明を始めた。

「あの催眠ベルは魔導器の一種で、ベルの音を聞かせた人間に意図した催眠をかけることが出来るのよ。あたしはここら辺一帯の住人にあたしがもともと存在していたように錯覚させる催眠をかけたの。あっ、ちなみに魔導器ってのは、施法者の魔力を何百倍にも高めて魔法を発動させる道具のことね。一つ一つに用途が決まってるから間違ったら絶対に駄目。まあ、史明は魔術師だから関係ないんだけどね。魔術師ってのはあたしらただの魔法使いと違って魔力が絶大だから、魔導器なんて使う必要がないの。魔術名を唱えるだけで簡単に発動できちゃう。魔術師になれるのは、最初に魔術を会得した魔術師の血を引く者だけだから、あたしはいくら努力してもなれないの。ほんっと嫉妬しちゃうのよ。どうここまで理解した?」

「は、はあ……」

 意味はわかったが理解は出来ない。


「それで、結局なんで、メリルさんは僕のクラスに入ってきたんですか?」

「はぁ~~~! 昨日の話し覚えてないの? あたしはあなたを一人前のグロ魔術者に育成するために魔界から派遣されてきたのよ。同級生になればそれだけ多くの時間を共有出来るでしょ」

「はぁ……」

 声を張り上げられても困る。そもそも魔法とか魔術とか、そんな非現実的なものをすんなりと受け入れられるほど頭は柔らかくない。

 

 はぁ~とため息をついたそのとき、

「あの女五回もいきやがってぇ、終いにはしょんべん漏らしてマジでくせえの!」

 屋上に生徒が入ってきた。メリルに袖を引っ張られて貯水タンクの裏に隠れる。

 三人の男子生徒だった。耳にピアスをしているのできっと三年生なのだろう。全員大柄で獰猛な顔つきをしている。

「金曜にまた呼ぶから、もう一度みんなでまわしてやろうぜ!」

「いいねえ。サタデイナイトフィーバーだな」

 男たちは缶コーヒーを片手にタバコを吹かし、輪になって下卑た会話を繰り広げた。


「チッ!」

 苛立った様子でメリルが舌打ちする。

「せっかく説明していたのにタイミングが悪いのよ……。あっ、そうだ!」

 表情を一変させてポンっと手を打ち、

「魔法を実演してあげる。よく見てるのよ」

 いきなりスカートの中に手を突っ込むメリル。

「ど、どこに手を入れてるんですか!?」

「んっ? 四次元ポシェットに決まってるでしょう。スカートの中に四次元ポシェットを貼りつけてあるのよ。たいがいの魔導器はこの中に入ってる」

 四次元ポシェットの中から金色の輪っかを取り出すメリル。ブレスレットに出来そうな直径十センチほどの大きさである。

「見てるのよ」

 輪の中心に人差し指を入れ、輪をクルクルとすごい速さで回し出した。

 

 まさか、この輪をあの三人にぶつけるつもりでは……。


 気円斬のようなものを想像して史明は焦ったが。


「バックエンフォースメント!」


 史明の心配は杞憂に終わった。

 メリルが魔法を唱えるやいなや、男子生徒たちの顔に恐怖が広がってゆく。


「やべえっ。マジやべえ……。早く帰らねえと!」

「俺もやばい! こんなことしてる場合じゃねえ!」

「待って! 二人とも待って。待ってよう!」


 タバコと缶コーヒーを放り捨てた三人が、競うようにして屋上から出ていった。


「人間には帰巣本能ってのがあって、そこをピンポイントで刺激してあげたの。彼らは鞄も持たずに家に帰ったはずだわ。どう? すごいでしょ?」

「すごい……」

 史明は素直に感動した。超常現象を目の当たりにした衝撃は凄まじい。

「ぼ、ぼくも、あんなのが使えるようになるんですか?」

「うん。あんなのよりもっとすごいのよ。なんせ史明はグロ魔術士の承継者なんだから」

「グロ魔術師……ですか?」

「そうなのよ。あの空き缶に意識を集中させてみて」

 メリルが捨てられた缶コーヒーを指差して言った。

「あれが動くように、心の全部を使って念じるの。魔術師にとってこんな術は、白飯にふりかけをかけるように容易なものなのよ」

「心の全部ですか……わかりました」

 下らない例えだと思ったがそこには触れず、貯水タンクの裏から出て、缶コーヒーとの距離を縮めた。

「近づきすぎない方がいいのよ。缶が破裂する可能性もあるから」

「は、はい」

 五メートルほどの距離を置いて缶コーヒーと対峙する。

 ――動け動け動け動け動け! 動け缶コーヒー。動けジョージア。動けジョージアエメラルドマウンテンブレンド!

 コーヒー缶を凝視する。しかし缶はピクリとも動かない。

「おっかしいのよ。なんで?」

 メリルがつぶやくのを聞いて力が抜けた。

「すいません。やり方が間違っているのかもしれないので、もう少し教えてください」

 横にいるメリルに視線を移す。

「っ……! なんですか、そのお洒落な眼鏡?」

 いつの間にやらメリルが、顔の半分も隠れるほどの、大きな黄色いサングラスをかけていた。

「これ? これはスーパー・カウンティング・ウイング・ターバー。略してスカウター。これを通すと、魔法使いや魔術師の魔力が数値化して見えるのよ」

「ぼ、僕はどれくらいなんですか?」

 期待半分不安半分でたずねる。

「それがおかしくて……。ゼロなのよ」

「ゼロっ?」

「そうなのよ。普通の人間でも、一割は多少の魔力を持ってるって言われてるのに、まさかグロ魔術師の承継者がゼロだなんて、信じられないのよ」

 落胆を隠さないメリル。

「あなた、本当に愚呂史明なの? あなたのお父さんは本当に愚呂博明?」

「は、はい。母親からはそう聞いてますけど……」

「う~ん。これはまずいのよ。確認しないと」

 弱々しい足取りで、メリルが屋上から出ていった。

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