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グロ魔術師は凄惨する  作者: 薫筒晋平
田上次郎は三度の飯より鏡が大好き
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第4根

『起きる時間だぞう! 起きないとおしりぺんぺんされちゃうぞぉ~』

 

 しんのすけ目覚まし時計が間延びした声で警告を発した。史明はうつぶせの姿勢のままでしんのすけの頭をぶっ叩く。

「ふわぁぁぁあ」

 寝たまま大きく伸びをした史明は、体の異変に気づいてハッとする。


 体がおかしい。なんだこの、有り得ない目覚めの良さは……!


 低血圧の史明は、たいがい目覚めてから五分はベッドから出られない。猫のようにゴロゴロと転がって、覚醒と惰眠の間を行き来しながら徐々に目覚めてゆくのが普通だった。

 なのに今日はおかしい。目覚めた直後から頭が冴え渡り、あふれ出すほどの活力が体にみなぎっている。

 なにが原因なんだろうかと、昨日の行動を洗いざらい思い返す。


 まっ先に思い浮かぶのはジローくんとの約束だ。というかそれ以外に特別なことはなにもなかった。

 んっ、待てよ……。

 昨夜見た夢がおぼろげに浮かんできた。

 引き出しから出てきた美少女、のそれなりに出た胸、を包むブラジャーの固い感触。中に隠れたおっぱいの柔らかさ。体温のぬくもり。そして強烈な肘打ちの衝撃! 

 思わず首をさする。それほどに生々しい痛みだった。


「でも全体的に見れば良い夢だった。あんなかわいい子の胸に触れたし」


 切れ長の綺麗な瞳を思い出しただけで頬がゆるんでしまう。あんなに鮮明で気持ちの良い夢は初めてだった。

 肉体の好調はあの夢が原因なんだろう。そうに違いない。

 納得してベッドを降り、いつも通り洗面所に行こうとしてなにかにけつまずいた。


「なんだこれ!?」


 つま先の先にあるのは黒焦げになった長方形の箱だった。

 まさかと思って机に目をやると、一番上の引き出し部分が空洞になっている。

 目をこすり頬をつねって鼻毛を抜く。しかし。


「ゆ、夢じゃない。あの出来事は夢じゃなかったんだ……」


 あれが夢じゃないのなら、あのメリルと名乗った美少女は本当に引き出しから現われたのか!? だとしたら彼女はどこへ消えた? わからない。意味がわからない。 

 パニックに陥った史明は、引き出しの屍に背を向けて部屋を出た。

 あれはなにかの間違いだ。見なかったことにしよう。

 お得意の現実逃避を駆使して洗面所へ向かう。


 顔を洗い、全身を濡れタオルで拭くと、気持ちが少しずつ落ち着いてきた。

「そうだ。さっきのも全部ひっくるめて夢なんだ。うん」

昨夜と同じように自分を納得させ、台所へ向かう。朝食&お弁当のおかずを自分で作るためだ。

 メニューは決まっているのでさほど苦労はない。

 冷凍庫から鮭の切り身を取り出し、グリルの網の上に乗せて強火で焼く。鮭の焼き具合を目の端に入れながら、冷蔵庫から卵を三つ出す。

 ボールの中に割り入れて溶きほぐし、砂糖と水、醤油を適当に入れたら卵焼き用のフライパンに投入。鮭と同時進行で火を通しながら、作り置きのお味噌汁をレンジでチンする。

 

 五分後。食卓には、絶妙な焼き加減の鮭ときれいに丸まった卵焼き、白飯、豆腐とワカメのお味噌汁の一汁二菜が並んでいた。

「いただきます」

 毎朝のつぶやきをもらして箸をつける。

 心理的余裕がないためか、まったく味がわからない。ひたすら口の中に放り込んでお味噌汁で押し流した。

 

 食事が終わった史明は、お弁当を持って自室に戻った。

 悪夢の残滓である引き出しを、天井を見つめることで視界から排除し、制服に着替えて鞄にお弁当を入れる。そして玄関に出てローファーに足を入れたところで、玄関の置き時計が目に入った。


 八時五分。いつもより五分も早い。これはまずい。


 居間に取って返し、テレビを見て時間を潰す。八時十分になったのを、テレビ画面で確認して、更に再度置き時計で確かめてから家を出る。


 史明が住むサンディハイツから県立鬼百合ヶ丘高等学校までは、歩いて十五分、全力疾走で五分ほどの近距離なので、五分十分の融通はいくらでも利く。

 しかし史明は必ず同じ時間にアパートを出ると決めていた。出来るだけ日常をルーティーン化したいという几帳面な性格もあったが、それ以上に通学路で小山内弥生おさないやよいと顔を合わせる喜びが大きかった。


 一方通行の坂道を下る史明の後ろから、パタパタとやかましい足音が聞こえてくる。


「おっす! おはようフムフム」


 弥生の手が史明の肩に軽く触れる。それだけで史明は麻酔を打たれたようにふにゃふにゃになってしまう。

 油断したら弛緩し切ってしまいそうな口元をなんとか結び、「おはよう」とぶっきらぼうに返した。


「相変わらず低血圧ボーイはテンション低いねえ」

 ショートヘアーを揺らしながら弥生が顔をのぞきこんできた。せっけん系の香りが鼻腔をくすぐって、史明はとても幸せな気持ちになった。

「しょうがないだろ。生まれつきなんだから」

「幼稚園のころからこうだったもんね。ジメッとしてさ」

 弥生とは幼稚園からの幼なじみだった。幼・小・中と同じ校舎で学び、高校までも一緒だなんて、もはや運命だとしか思えない。

「幼稚園のころのあだ名なんだっけ?」

 半笑いで弥生が聞いてくる。

「……知ってるだろ」

「忘れちゃった。お願い。教えて」

「……ナメクジだよ」

「ふひゃあ! ナメクジとか受けるんですけど」

 手を叩いて笑う弥生。

「全然面白くないよ!」

「小学校のときはなんだったっけ?」

「言わない。知ってるだろ」

「知らないから教えて」

「いやだ!」

「教えろ教えろ教えろ!」

「やだやだやだやだ!」

「なんだぁ。つまんないの。つまんない男」

 腕を組んだ弥生が口を尖らせてそっぽを向いてしまう。

 そんな顔をされたら耐えられない! 

「海で岩をひっくり返したらそこに張りついてるゲジゲジです」

 史明はあっさりと臨海学校でつけられたあだ名を白状する。

「キモっ! てか長すぎるし」

「うるさい! 知ってたくせに」

「黙れ、海で岩をひっくり返したらそこに張りついてるゲジゲジ!」

「言うなぁ!!」

 かなりいじめ寄りの絡みだが、これが弥生と史明の日常だった。

 

 楽しい時間は早く過ぎる。体感時間五分ほどで、史明は学校に着いてしまった。

「ほんじゃね!」

 教室の前で弥生と別れる。1ーBに入ってゆく弥生。史明のクラスは隣りの1ーCだった。

 楽しそうにクラスメートと会話する弥生を、史明は引き戸の小窓からジメッと見つめる。


 もっと弥生と話していたかった…………。


 しょぼくれた史明は、無言で1ーCに入り、顔を伏せて窓際にある自分の席に直行する。

 席につくと、両腕で囲いを作り、その中に顔をうずめた。


 昨夜遊びすぎて、今朝は眠くて仕方のない体である。朝の時間にはこれ以上ないほどのカモフラージュだ。

 外面を取り繕っている内に、本当に眠くなってくる。


「おはようふむふむ」

 微睡みの中、いきなり横から話しかけられた。しかも女子の声で、しかもふむふむなんて呼ぶのは弥生しかいないはず……。

 動揺しながらおそるおそる顔を上げる。

「ぬっ!!」

 死ぬほど驚いた。昨夜の美少女――メリルがそこに立っていたのだ。

 髪の毛は昨夜のままだが。服装が鬼百合高校のブレザーに替わっている。

「な、ななななな、なんで…………」

 驚き過ぎて言葉が続かない。

「言いたいことはわかるのよ。くわしくは昼休み、屋上で話してあげる」

 小悪魔的な瞳を、片方だけ瞬かせてメリルが言った。


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