第8舌
「本当にやってないんです。信じてください……」
留置所に一晩放り込まれ、翌朝から刑事の執拗な取り調べが始まった。
「ふ~ん。じゃあ、誰があのガラス戸を割ったんだ? あの女の子か? 違うだろ。おまえしかいねえだろうが!!」
角刈りの刑事が声を張り上げた。取り調べというよりも恫喝に近く、心臓の縮み上がった史明は「ひぃ!」と怯えたっきり、なにも言い返せなくなってしまう。
「駄文太さん。そんなにきつく当たったら、怖がってなにも話せなくなっちゃいますよ。彼はまだ少年なんだ。きっとなにか、止むに止まれぬ事情があったんでしょう」
ふわふわの茶色いカーリーヘアをなびかせた、まだ二十代前半に見える若い刑事が言った。その包容力たっぷりの声音に、張り詰めた緊張が少し和らぐ。
「まだ十五歳だろ。わかるよ。僕にも経験があるから」
「えっ!?」
「パンツだろ。好きな子のパンツが欲しくなるのは、健全な少年なら当たり前のことなんだ。ただ盗もうとしたのはやり過ぎだったな。素直に謝罪してガラスを弁償して、それで終わりにしよう。パンツ一枚で人生を棒に振るのは馬鹿くさいよ」
どうやらカーリー刑事の中では、史明はパンツ目的で小山内邸に侵入したと確定しているらしい。
史明は抵抗する。パンツ泥棒なんて冗談じゃない。
「ちがいます! 僕はそんなもの興味ない。本当に僕は――」
「うるせえっ! ごちゃごちゃ言い訳するんじゃねえこの野郎!」
駄文太と呼ばれた刑事が吠える。
「怒鳴ったら駄目ですって。今の子は繊細なんだから。ねっ。お兄さんもまだギリギリ若い部類に入るから、史明くんぐらいの年齢の子の気持ちも分かるんだよ。史明くんはどんなパンツが好きだい?」
「ええっ!?」
「僕はイチゴ柄が一番好きだったなあ。ジャージの上からパンツの線が浮かんだだけで興奮したもんさ。史明くんもその口なんだろ」
「い、いいえ……」
「いちご柄は嫌い? じゃあ、あれだ。アニメでよく見るボーダー柄だ。あれもかわいいと思うけど三次元で履いてる女性をあまり見ないんだよな」
「いいいい、いいえ。ち、ちがいます」
「まさかTバック好きとか? 嘘だろ。はっきり言って僕は、Tバックなんて消滅してしまえばいいと思っているアンチTバックなんだ。あんなの履いてるのはただの露出狂だよ。まったく可愛くもないし美しくもない。史明くんもそう思うだろ?」
「……は、はい」
カーリー刑事の尋常ではない勢いに飲まれて、思わず同意してしまう。
「ついに認めたな!」
駄文太が史明の肩を押さえつけて言った。
「若いころは誰でも過ちを犯すものさ。気に病むことはないよ。大事なのはいかに立ち上がって、それからどう歩いていくかだ。人と較べて焦ることはない。無理に走る必要はないんだよ。はいっ」
耳障りの良い教訓を垂れながら、カーリー刑事がボールペンを手渡してきた。
「ここにサインして。あと隣りに拇印ね」
供述書の端を指して言う。
「で、でででも、僕はほんとに――」
「大丈夫大丈夫。お兄さんを信じて。なにも心配することない。ここにサインすれば家に帰って暖かい布団で眠れるんだ。ねっ」
笑顔をたたえたまま、カーリー刑事が顔を寄せてくる。
「なあ兄ちゃん。俺たちも暇じゃないんだ。パンツ泥棒にいつまでも付きっきりでいるわけにはいかねえんだよ。わかるだろ? 俺たちの次に来る刑事はこんなもんじゃねえぞ」
駄文太が肩に乗せた手に力を込めてきた。肩が軋んで痛みが走る。
「史明くんがやるべきことは一つ。僕を信じることだ!」
さらに顔を近づけてくるカーリー刑事。
「切りのいいところで終わらせたいんだよ。わかるだろ? 兄ちゃんよう」 さらに手の力を強め、鎖骨にまでダメージを与えてくる駄文太。
上と前から襲ってくるもの凄いプレッシャーに、史明は正気を失いかける。
――もう限界だ。耐えられない……。
供述書にサインしようと震える手を伸ばす。その刹那、取り調べ室のドアが開き、制服を着た警官が中に入ってきた。駄文太に耳打ちする。
「ほ~う、そうか。ホシは落ちたが、そういう事情なら仕方ねえ。坊主、家に帰ってママのおっぱいが吸えるぞ。よかったな。釈放だ」
「えええっ!? なんでですか?」
「ガイシャが被害届を出さないって決めたらしい。運が良かったな」
がっかりしたような表情で駄文太が言った。
「おめでとう史明くん。もう二度とパンツを盗もうなんて思ったら駄目だぞ。どうしても欲しくなったらお金を払って購入するんだ。いまはそういう販売サイトもたくさんあるしね。可愛らしい子もたくさんいるし、着用日数まで指定出来るんだ。僕はいつも三日間で頼んでいるよ」
カーリー刑事が目尻を下げて、女子が聞いたら悲鳴を上げそうなことを爽やかに言い放った。




