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グロ魔術師は凄惨する  作者: 薫筒晋平
細田由紀は吐息のごとく嘘を吐く
19/22

第6舌

「すっごい大きな家ぇ~。弥生ちゃんってお金持ちだったんだねぇ!」

 弥生邸の広いリビングで、由紀がクルクルと回りながら瞳を輝かせた。

「ベランダもすごいゴージャス。こんなのテレビでしか見たことないよ!」

 ベランダのガラス戸に鼻をつけんばかりに近づいて賞賛する。

 家の真裏に位置するベランダは、小高く切り立った崖に面していて、床板や柵など、すべてが味わいのある木材で形作られていた。

「ベランダはお父さんが色々と好き勝手に改造したの。ベランダじゃなくてテラスって呼ぶみたい。あたしはどっちでもいいと思うんだけど」

 弥生が興味なさげに返す。しかし由紀は。

「テラスってなにぃ~? すごぉ~い。なんかセレブっぽい」

 飢えた鳩のごとき貪欲さで個人情報に食らいつく。 

「セレブじゃないよ。うちの親、共働きで二人とも見栄っ張りだから、大きければ大きいほどいいってこの家を買ったんだ。今じゃあ掃除するだけで大変だって後悔してるみたい」

「へぇ~。共働きなんだ。お母さんは今日も仕事なの?」

「うん。なんか会議で遅くなるみたい。お父さんが帰ってくるのもだいたい九時過ぎだから、遠慮しないでくつろいで。なに飲む? 紅茶? コーヒー?」

「なんでもいいの? じゃあ、お砂糖をたっぷり入れたミルクティーがいい!」

「了解。適当に座って待ってて」


 ――気にくわない。なんでドブスのくせにこんなに恵まれてのよっ! 間違ってる。神さまはいろいろと間違ってる!

 キッチンに向かう弥生の後ろ姿を見送った由紀は、オープンシェリフに飾られているガラス細工をブレザーのポケットに入れた。

 ――まだまだ、こんなものじゃ済まさないんだからね。

 めぼしいものがないか、部屋の中をぐるりと見回す。目立つものは窓際に並んだ洋風の人形とお皿、あとはずらっと並んだトロフィーぐらいか。

 まさか全部弥生が獲ったのかと不安になって確認すると、九割がリボンや台座に小山内芳雄と印字されていた。

「お待たせ」

 お盆にティーカップと小さなバスケットをのせて弥生が戻ってきた。バスケットの中にはバタークッキーが入っている。

「うわあ、おいしそう!」

 バスケットをテーブル置いたそばからクッキーを頬張る由紀。

「んんんぅ~。おいし~い。こんな美味しいものを毎日食べられるなんて、弥生は幸せ者だね!」

「これはお客さん用だから、毎日なんて食べられないよ」

 弥生の反応を無視して口いっぱいにクッキーを詰め込んでゆく由紀。あっと言う間にクッキーを完食し、

「こんな美味しいクッキー初めて……う、ううう……」

 手で顔を覆って嗚咽をもらした。

「いきなりどうしたの?」

「私だけこんな美味しいの食べて、お母さんに悪いなと思って……。私のお母さん、韓国ドラマの次にクッキーが好きなのぉ……」

「そうなんだ……。まだあるから、よかったら持ってく?」

「え~、いいのぉ!? ありがとう!」

 手を広げて弥生に抱きつく。弥生は由紀の肩を軽く押し返して。

「いいよいいよ……。気にしないで。それより、そろそろ練習を始めようか」

 ――なにちょっと引いてんだよ! ブスくせえの我慢してやったんだから感謝しやがれ!

「そうだね。さっすが弥生ちゃん、しっかりしてるね!」

 内心の歪みを一切表に出さずに、由紀は笑顔を振りまいた。


 サックスを片手に持ち、弥生の先導で防音加工されているという地下室へと移動する。

「すご~~い! ゴージャスって感じ!」

 ホワイトカラーで統一された部屋の中央にグランドピアノがデンと居座り、壁際にギター、キーボードといった楽器やアンプなどの音楽機材が並んでいた。

「弥生ちゃんはピアノとギターも弾けるんだぁ~」

「ギターはお父さん。ピアノは子供のころに少しだけやってたの。今はほとんど触ってないから埃かぶってるでしょ」

 ――ピアノやってたんならサックスだって上手くて当然じゃない。ほんっとにずる賢いブスだわ。

「上手く吹けない箇所って、Bメロのフレーズだったよね?」

 楽譜を開きながら弥生が聞いてくる。

「えっ? そうそう。あそこが難しくて」

 生返事を返しながら腕時計を見る。もう少しだ……。

 弥生がサックスを取り出そうと、ケースの留め金に指をかけたところで由紀の携帯が鳴り響いた。

「ママからだ。ごめんね」

 断りを入れて携帯を開く。

「はい。うんうん。えっ!? 大事な書類を忘れたぁ! 持って来てって、いま友達の家で遊んでるんだよ」

 ――我ながら上手い演技だわ。剛力の数倍は上手いでしょ。

 自らの演技に惚れ惚れする。携帯が鳴ったのは着信のためではなく、事前にセットしたアラームだった。

「うん……。わかった。しょうがないね。ほんっとおっちょこちょいなんだから」

 ため息をついて電話を切るなり、手を合わせて弥生に謝罪する。

「なんかね、ママが会議で使う大事な書類を家に忘れてきちゃったみたいなのぉ。あれがなかったら首になるって騒ぐから、面倒だけどお母さんの会社まで行ってくるよ。今日は時間取ってくれて本当にありがとう」

「いいよ。まだ発表会まで日にちがあるから、また近いうちに二人で練習しよう!」

「うん。ありがとう!」

 再び手を広げて弥生にハグする。二度目で慣れたのか、弥生は由紀を拒否することなく、背中に手を回して力を入れてきた。

 ――ブスが調子に乗るんじゃないっ! おまえが私を抱くなんて一億光年早いんだよ!

「それじゃまた明日ね!」

 手を振って別れようとすると弥生が。

「クッキー忘れてるよ。お母さんに持って帰らないと」

「あっ、いっけな~い」と弥生に向き直って思い直す。よく考えれば、クッキーごときこの後いくらでもパクれるじゃない。

「今日はいいや。おっちょこちょいのママにお灸をすえないと」

 弥生にウインクを送り、今度こそ小山内邸をおいとまする。


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