第12根
喧噪の翌朝。史明は朝のワイドショーを見て憂鬱な気持ちになっていた。
『昨夜十時頃、神奈川県河崎市玉区にある飲食店『エッヂ』で行われていたイベントに暴漢が乱入。演奏者を含む二名が軽傷を負いました』
『エッヂ』前の映像がテレビに映り、アナウンサーが事件の詳細を話し出したところでチャンネルを変える。
――思い出すだけでも苦しいのに、アナウンサーの明瞭な発音で伝えられたらおかしくなってしまう……。
昨夜の出来事を、史明はしっかりと覚えていた。自分の身に起こった劇的な変化を。そして正気とは思えない蛮行を。
「はあぁぁぁ……はあああああぁ、ふぅぅぅぅぅぅ」
ため息が止まらない。あれはなんだったんだろう。メリルに相談したいけど、こういうときにかぎって姿が見えない。もう嫌だ。胸が苦しい。ベッドにしばらく寝ていたい。
床に背をつけて大の字になる。
だけど学校を休むわけにはいかない。母親を心配させるのは御法度だ。
自分を奮い立たせ、重い体を引きずって登校する。
ジローくんはお休みだろうな――と罪悪感に胸を痛めながら教室のドアを引く。予想外にジローは学校に来ていた。
「マジですげえ化け物だったよ。もう少しで捕まえられたんだけど、途中で逃げ出しやがってさ」
ジローの回りに生徒が集まっている。
「その戦いで髪の毛を毟られたんだ」
違うクラスの女子が目を輝かせて問いかける。
「そうなんだよ。マジでまいっちまうぜ。まあ、もうビジュアル系って時代じゃないからいいんだけどね。時代はヒップホップだよ。YOYOって」
チョキのような手を作ってジローが肩を揺らす。史明は呆気に取られて眺めていたが、リズミカルなジローと目が合って。
「あれっ、史明ちゃんじゃん。昨日だいじょうぶだった? 来なくてよかったよ。史明ちゃんが来てたらまっ先に死んでたぜ。トロいからさ」
ジローとその取り巻きがゲスい笑い声を上げた。
「ははは。そうかもね」
曖昧な笑いを返した史明は、ジローが元気でホッとすると同時に、胸焼けするような苛立ちを覚えた。
「俺、バスケ部入ろっかな。スキンヘッドでバスケとかやばいっしょ。マジでもてそう!」
顔を上気させたジローが「リバウンド!」と声を張り、横目で女子をチラ見した。
その言動を目にした史明は、滞留していた罪悪感が一挙に薄まってゆくのを感じて嬉しいような悲しいような。
「リバウンド!! リバウンドを制す者が試合を制するんだ!!」
もう一度、ジローが大声を張り上げた。




