第9根
午後七時五十五分。開場五分前の『エッヂ』前には、熱気むんむんのバンドギャルたちがたむろしていた。
――どうか朝のギャルたちに会いませんように……。
店前に据え付けられた自販機の横に隠れて史明は願った。
ギャルたちの様子をちらちらと横目でうかがう。また絡まれてトラブルに巻き込まれたら、ライブを楽しみにしてるジローに申しわけない。
そわそわしながらジローを待ちわびる。もう開場間近だというのに、ジローくんはいったいどこでなにをしているんだ?
時折亀のように首を伸ばし、史明はジローの姿を探し求めた。
路地を埋めるバンドギャルの群れ。男もちらほらいるが、大体がカップルの片割れで、妙に中性的な格好をしている。
ジローらしき人物は見当たらない。
焦りと緊張で喉が渇いてきた。照明を当てられたコーラを見ただけで生唾があふれてくる。
『ジュースの一本ぐらい買っちゃえよ』
悪魔が鼓膜の内側でささやく。だけど負けない。
チケットにはワンドリンク付きと書かれていたから、入場してからそれを飲めばいい。チケットを二枚買って、残金は三千円七百二十四円。ジローのチケット代が返ってくると見越しても、あの光る棒がいくらするのかわからない以上無駄なお金を使う余裕はない。
喉を鳴らして生唾を飲み込む。
そのとき史明の網膜が、五十メートルほど前方に、髪の毛をおっ立てたジローの姿を捉えた。
「ジローく~ん! こっちだよ」
ジローに向かって手を振る。するとジローが頭上に手をかかげて手招きした。どうやらこっちに来いと呼んでいるらしい。
――僕の方がライブハウスに近いし、チケットを用意したのも僕なのに……。
かすかな不満が芽生えたが、向こうもなにか事情があるのかもしれないと思い直す。
大回りしてギャルの群れをかわし、ジローの元へと急いだ。
「おつかれえ! チケットは買えたんだよね」
ブルーのアイシャドウを施したジローが、勢いよく史明の肩を抱いて聞いてくる。
「うん。ちゃんと二枚買えたよ」
ポケットからチケットを出して見せる。
「おう、ナイス!」
ジローがチケットを受け取る。何故か二枚とも。
「マジでサンキューな。エリカもお礼言えよ」
「あんがとぉ!」
ジローの後ろからティアラをつけた派手な女の子が現われた。
「紹介するわ。こいつ俺の元カノ……じゃねえか。今日また付き合うことになったから、ただのカノジョだ」
「エリカ。よろしく」
ぶっきらぼうにエリカが言った。
「ベジスのチケット取れたって言ったらさ、『あたしも行きたい』とか言い出して。んでいろいろと話し込んでたらまた付き合うことになったんだ。そうだよな?」
「うん……」
照れた様子で顔を伏せるエリカの顎を、ジローそろっと撫でた。
「こいつ顎が弱いんだよ。ね――?」
「にゃ~ん!」
猫のように手を丸めてジローの頬を引っ掻くエリカ。
「あっ…………」
史明は驚きを通り越して唖然としてしまい、なに一つ言葉が出てこない。
エッヂの入り口に向かってギャルの群れが移動を始めた。どうやら開場したらしい。
「んじゃ、そういうことで」
エリカと肩を組みながらジローが歩き出した。
「ちょ……お、お金!」
懸命に声を絞り出す。しかしジローの返答は手のひらひらのみ。
二人は人の流れに乗り、ライブハウスの中に吸い込まれていった。
――なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなのぉ!?
あまりの精神的ショックで、その場にへなへなとへたり込む。
『な』と『ん』と『で』、そしてクエンションマークが史明の頭の中で回転灯のように回り続けた。




