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苦労性騎士の楽園2

作者: BALSEN

前作の後編です。

後編なのでもし興味があってこの作品を読まれている方は前作のほうも合わせてお読みください。

ちなみに打ち切り臭がプンプンしますが、元々短編なので打ち切りも何もなかったりします。

そこそこ裕福ながらも一般家庭で生まれ育ったルドルフにとって寝るという行為は当然ながら寝室で行うものだ。

騎士団に入団した当初は基礎的なサバイバル知識と実習を受けて数度のみ野宿をしたことがあるが、出来ればベッドで寝たいというのは当然の欲求だ。

野営で寝ずの番をしたからこそ分かるが睡眠というのは本当に重要である。

仮に固い地面の上で睡眠を続けていたら慣れないうちはストレスが溜まる。

柔らかい寝床、自分が安心できる環境、そして時間の三つが睡眠をとる上で重要なことなのだ。


「…………」


なのだが……そんな睡眠時間であるべき深夜にルドルフは眠れず途方にくれていた。


右を向く。


「ひひぃん」


「…………」


左を向く。


「キシャーッ!」


「…………」


馬と蛇に囲まれ、何も言えずに座り込む。

ふんわりとした感触が広がり、まるで大自然を感じさせるかのような広大な匂いが広がる。

使い魔は召喚主と共にあり、寝食の時も離れない固く結ばれた存在。


…………のはずなのだが、今現在彼はミルの部屋にいなかった。

本当なら嬉し恥ずかしの同居生活のはずなのだが……様々な条件が重なってこうなるにいたる。







ミルとルドルフがお互いの自己紹介を終え、これからのことを話している時にそれは起こった。


「ところで俺はどこで寝ればいいんだ? 俺がミルちゃんの手伝いをすればいいってのは分かるんだけど」


具体的には衣食住。

ルドルフは人間の使い魔というレアケースであるものの、当然ながら召喚主は使い魔に対して衣食住を提供する義務がある。

使い魔というのをよく知らないルドルフだったが、さすがに最低限の知識は有している。


「えっと……私の部屋…………だね」


自己紹介の途中で敬語をやめてもらったミルがもじもじしながら頬を赤く染めて答える。

その姿に思わず撫で回したくなるルドルフだが、理性がストップをかける。


(さすがにこれはまずいよな)


ルドルフは英雄である。

毎日のように縁談が申し込まれる彼であるのだが、全てを断っているのには当然理由がある。

英雄は潔白でなければならない。

王からの直々の命令によりルドルフは結婚はおろか、女性との同衾すら許されていない。

彼が仕えている王からの御言葉を思い出す。


『発覚したら面倒だから隠れても駄目じゃぞ。 万が一子供が出来たら言い逃れができんからのぅ。 …………あ、男と隠れて同衾なら許可するぞい』


…………とにかく、同衾は許されていないのだ。

何を勘違いしたのかその命令を王の間の端で聞いていた騎馬兵長(男)が何か期待するような視線をこちらに送ってきたのは気のせいだろう。

その数日後、早朝にまるで不法侵入しようとしたかのように自室入り口のトラップにひっかかって焦げてた騎馬兵長もきっと夜中に何か指令があったに違いない。


(今は大丈夫かもしれないけど、王都まで情報が伝わってしまうとこの子と責任をとって結婚ということに……あれ、そういえばここどこだ?)


「そういえばここはどこなんだミルちゃん?」


「普通それって初めに聞くことだよね……まぁいいや。 えっとここはね…………」


どれだけ王都と離れているかを聞こうとした時にそれを遮る渋い声。


「ジョン君」


「…………」


ん?どうしたのだろう。

急にミルちゃんが口を閉じて年配の男性のほうを見ているが……あ、こっち見た。

ミルちゃんが不思議そうに首を傾げている……やばいかわいい。


身近な女といえば毎日のように訓練場を破壊する魔法使いくらいしかいなかったので癒し系であるミルはルドルフにとってまるで女神である。


「ジョン君?」


「あ、俺か」


そういえば今はジョンって名乗ってたんだった。


「…………」


凄い渋い顔をされたが気にしないことにする。

この人はどうやらこの召喚魔法の監督をしている人物らしい。

ルドルフとミルが自己紹介をしている間、彼は魔法陣の中心に立つ若者の傍に常にいたことからルドルフはそう予測している。

召喚魔法を行使しようとしていた人物は多かったらしくその後もしばらく監督していた彼だがその役目を終えたようだ。


「申し訳ないのだが今日の君の寝床は魔物小屋だ」


「…………何だって?」


「魔物小屋。 明らかに部屋に入らなかったり召喚主と出会ったばかりの気性が荒い使い魔が寝起きする施設のことだよ」


確かに召喚主の部屋に入らないのに無理に入れても仕方ないし、気性の荒い魔物は仲良くするまで無防備な姿を見せるのは危険だ。

だが


「俺はどっちでもないんだが」


「ジョン君、君は知らないだろうがミル君は貴族だ」


「はぁ」


「ようするに嫁入り前に使い魔とはいえ人間の男と同じ部屋で寝るのは不味いのだよ」


なるほどとルドルフは頷く。

立場は違うが英雄であるルドルフも似たような理由で同衾を禁止されている。


「なら空いてる部屋で構わん。 客室とか空いてるだろう?」


少々横暴な物言いだが、そもそも召喚された身だ。

ミルの自己紹介を聞いて分かったが彼女達はどこかの学園の生徒らしく、それを引率している彼は教師なのだろう。

ならば学園としてはずっとならともかく数日程度はこちらの便宜を払うだろう。

というか事故のようなものだから学園側は風聞を気にするならば初日くらいは客室を提供するのが普通だ。


「ジョン君は知らないのかね」


「何が?」


「この時期、使い魔召喚という大事な儀式があるから学園生の親御さん達が大勢つめかけるのだよ。 客室は既に満杯だ」


「…………じゃあ俺はどこで寝ればいいんだ?」


まさかミルの部屋で……いや、それはさっき自分で不味いと否定したばかりだ。


「だから魔物小屋と言ってるだろう」


「じゃ、じゃあ誰か男の人の部屋に泊めてもらえば!」


「悪いがねジョン君。 来たばかりで怪しい君を生徒達と二人きりにするわけにはいかないし、部外者を教師の私室に招くわけにはいかん」







結果、ルドルフは右だけ見れば馬小屋に、左を見れば大蛇を閉じ込める檻に印象を変える素敵な魔物小屋に泊まることとなった。

そして発生した問題といえば…………寝れない。


「危険生物が一緒にいて寝れるか!」


だいたい気性の荒い生き物も同じ部屋で寝ているのだ。

安眠なんてできるはずがない。


「キシャーッ!!!」


しかも何か大蛇はこっちを威嚇してるし!

馬は…………うん、何か下半身の所々に鱗が生えてるけど、まるでこちらに興味を持っていないのでどうでもいい。


大蛇の名はフォレストスネーク。

防御力は低いものの力は強く、また毒も持っているので魔物としても上位に位置するだろう。

というか何でこんな危険な魔物が隣なのだろうか。

明らかに配置ミスじゃないだろうか。


とりあえずどうしようか。

まさかこんな危険な魔物を無視して寝るわけにはいかないし……とりあえず仲良くしてみよう。


「おい」


「キシャーッ!」


「いいか? 俺は敵じゃない。 俺もお前も召喚された使い魔だ。 使い魔同士仲良くしよう」


「キシャーッ!」


「そうかそうか。 お前もそう思ってくれたか。 じゃあ仲良しの証として握手をしよう!」


ルドルフが笑顔で手を差し出すと『これ以上近づくな』と言わんばかりに威嚇の声を高くする蛇。

それを見てルドルフはしばし差し出した手を顎に触れながら考え、そうかと手をポンと叩いた。


「お前手がないもんな!」


「キシャーッ!」


そりゃあ握手できないわけだ。


そう一人で勝手に納得するルドルフはそれならばどうしたものかと考える。

人間で言えば握手が友好の証なのだが、蛇の場合はどうしたらいいのだろうか。

蛇の尾と人の手で握手をする……?

否、蛇同士がお互いの尾で握手をする場面を想像してみると非常にシュールだ。


「…………はぁ」


現実逃避をやめて、じっとフォレストスネークを見る。

このままルドルフが眠れば蛇が彼を食らうのは当然の流れだろう。

もしかしたらそうならないかもしれないが、そんな曖昧なことに命を賭けたくはない。


「ん? そういえば聖騎士も言ってたな……『どんな相手とも筋肉で分かり合うことが出来る』って」


当時は……というか今も馬鹿にしているが、現実に聖騎士は部下から非常に慕われている。

そのことから考えるに実は案外悪くない手じゃないのだろうか。

筋肉で分かり合うというのはよく分からんが、あの脳筋のことだからたぶん殴りあいのことだろう。


「…………」


今も威嚇する蛇を見る。

こころなしか警戒しながらもこちらにジリジリと詰め寄ってきている。

捕食することを決めたのか、その視線はルドルフを一撃で仕留める為に首へ向いている。


そっちがその気ならこっちも『筋肉』だ。


確か聖騎士はこう言っていた。

愛を篭めて『筋肉』で理解しろと!


「おらぁっ!」


『魔法剣士』ルドルフは叫び声と共に瞬歩で蛇の懐に潜り込み、同時に右手を大きく振り回し横っ面を殴り飛ばす。


「キシャーッ!?」


殴り飛ばされた蛇は魔物小屋の壁にぶつかると、一気に尻尾を固め頭を高く上げる。

先程までの獲物を前にした威嚇行動ではなく敵を前にした威嚇行動だ。

だがそんなのは関係ないと言わんばかりに今度は右足を頭に向かって放つルドルフ。


「これが!」


「キ!?」


「俺の!」


「シュッ!?」


「愛だ!」


「シャーッ!?」


もしここで王都の人間が『魔法剣士』である彼を見たら「おい剣はどうした」と問われるであろう光景だが、幸いにもここには誰もいない。

しばらく魔物小屋にルドルフの愛を篭めた殴打音が鳴り響き、やがてその音が止むと辺りは静寂に包まれた。







ミルにとって自分の使い魔、ジョン(ルドルフ)は憧れだ。

弱小ながらも貴族であるミルにとってジョンの立ち振る舞いはかつて王城で見た騎士のそれ。

おそらくだがジョンはどこかの騎士の家系の生まれで、誰にも仕えていなかったので自分の召喚に応じてくれたのだろうと考えている。

もっともジョンことルドルフは平民の生まれで仕える王がいて、現在進行形で職務放棄中なのだがミルがそれを知ることはない。


「ジョンさん喜んでくれるかな?」


朝早くに起きたミルは寮の共同キッチンを使い朝食をジョンの為に作った。

そして完成したそれを包み早足で魔物小屋に向かう。

昨日は夜遅かったのであまり話せなかったが、今日はゆっくりとお互いのことを話し合うのがいいだろう。

それに第二召喚魔法の次の日である今日はもともと学園は休み。

使い魔とお互いゆっくり過ごし絆を育むべく用意された休日なのだ。


「ジョンさん!」


魔物小屋に入り、彼の名前を呼ぶ。

昨日は召喚主として魔物小屋まではついていったものの、中までは入らなかったので眠っている場所を知らないのだが……ふと中を見渡して顔を顰める。


「…………小屋?」


魔物『小屋』。

それは文字通り人が住むに適した場所ではなく小屋であった。

ふと入り口近くにいる魔物……確かリンクウルフを見ると馬小屋の如くしきつめられた藁の上にそれは寝ている。


自然ミルの表情が険しくなる。

まさか自分の使い魔をこんなところで寝させたのか。

こうと知っていれば無理にでも自分の部屋に呼んでいたというのに。

昨晩は既に辺りが暗くパッと見ただけでは中の様子は伺えなかったのだが、これはあんまりだ。


これではジョンさんが可哀想だ!


そんな想いを胸に魔物小屋の中に入り一つ一つ部屋を確認するミル。

幸いにもジョン(ルドルフ)の部屋は入り口から近く、四つ目の部屋を確認した辺りで彼を発見することができた。


「ジョンさん……」


彼の名前を呼び、自責の念に囚われる。

彼は藁を地面に敷き詰めて寝転がっていた。

瞳も閉じられており、胸が上下しているので眠っていることが分かり少しだけ安堵する。

ミルならばこんな環境で寝られる自信がないので最悪彼が徹夜したのではないかと思ったのだがちゃんと寝られたらしい。


「ん? …………ミルちゃん?」


「ジョンさん朝ご飯だよ」


「俺を差し置いて他の使い魔にご飯だと!?」


誰だ俺の天使をたぶらかしたのは!?

そう心中で叫ぶ彼にミルは首を傾げる。


「え? ジョンさんのご飯だけど」


「え、誰のこと?」


「え?」


「え?」


沈黙が場を包み込み、やがてジョン(ルドルフ)が何かを思い出したように口を開いた。


「あ、ああ俺のことだよな! やだなぁ、寝起きで名前すら忘れちゃってたよ!」


寝起きで名前を忘れるなんてありえないだろ、と普通ならつっこむところだがミルは特に疑問に思うことなく納得する。

世界は広いしそんなこともあるだろうと意味の分からない解釈をして。


「ほう、カーテルか」


手渡した包みを開けてルドルフは驚きの声をあげる。

ソースで炒めた様々な野菜をパンで包んだルドルフのいた王都の伝統料理だ。

パンに何かを挟むという発想はかつてこの国に仕えた謎の来訪者によるもので、以来この国でよく食べられるものだったりする。


「知ってるんだ! あ、こっちは知ってるかな? カーテルはね、この王都(・・)で発明されたんだよ!」


「…………なんだと?」


なぜか愕然とした様子のルドルフに首を傾げる。

何をそんなに驚く要素があるのだろうか。


「待て待て待て。 まさかこの国の名は……いや、この町の名は!?」







慌てて詰め寄るようにして聞かれたミルはアワアワ言いながらも何とか途切れ途切れ答えた。

ここは王都……のハズレにある魔法学園だ。

ルドルフは思った。

昨晩の召喚魔法は王都の人気のない広場で行われたのだが、なぜその時に気付かなかったのか。

いやそもそもルドルフの普段の巡回範囲は英雄の顔見世による活気付けという役割により人目の多い場所である。

だからこそ第二召喚魔法を行っていた場所はルドルフが行ったことはなく、気付けなかったのだ。


つまりだ、ルドルフは第二召喚魔法によって逃げれたと思ったが、実はまったく王都から出れていなかったのだ。


「…………」


身体が白黒になって口から白い塊が抜け出ているように見えるのは何かの幻覚だろうか。


「ジョンさん?」


「これは本格的にフードを脱げないか? 他国ならともかく王都とか行事の殆どで顔出してるから騒がれる可能性が高い……変装するか?」


「え? 何ていったの?」


なんでもない、とルドルフは言いかけた時にミルはそれを見て「あ」と呟いた。

何だとルドルフはミルを注視するが、それがいけなかった。


「ヒヒーン」


フードで寝ていたからか……ルドルフの頭には牧草が付着していた。

そしてそれを食べようと思ったのか親切にもどけようとしたのかは分からないが、とにかくフードは馬の鳴き声と共に噛み付かれ、すぐに下ろされる。


「!?」


「なっ!?」


突然下ろされたフードに驚愕し振り向いてさらに驚愕するルドルフ。

昨夜は何もしてこなかったから完全にノーマークだった馬がここで牙をむいたのだ!

やはりあの時ノシておくべきだった!


ルドルフが恐る恐るミルの表情を確認すると、そこには驚きに固まった顔があった。


不味い……ルドルフは思った。

……が


「格好いい!」


「へ?」


「もう、ジョンさん何でフードなんてしてるの? 格好いいんだから、わざわざ怪しい格好する必要ないよ」


「…………つかぬ事を聞くが」


何?

と急に真剣な顔で前置きをするルドルフに首を傾げるミルに彼は問いかけた。


「この国の英雄は知ってるか?」


「え? えっと魔法騎士の『神速の双剣』と聖騎士の『絶対城壁』、魔法使いの『焔撃の術師』、治療師の『完全治療』、弓使いの『鷹の目』でし


ょ」


合ってる。

ちなみに魔法騎士というのがルドルフの異名である。

補足するならルドルフという名前は基本的にトップシークレットだ。

これは近頃の風習だが、真名を知られるとかけられる呪いが最近異国で多発したのでそれの対策なのだ。

だから英雄であるルドルフ達の名前は基本的に城内の者しか知らず、また彼らの名前を呼ぶことは禁止されている。

だからこそ普段は異名で呼び合うのだ。


とはいうものの最近ではそういった呪いを防ぐ術式をアクセサリーや衣服に練りこむ方法が開発されたので、風習というには短すぎ、また名残になるのも早かったが。

王は時期がくればちゃんと名前を発表すると言っていたが、本名より異名が世間に浸透しているのでそのままにしているのだ。


ならばルドルフはわざわざ偽名を名乗る必要はなかったのではないか、と言うと半分正解で半分不正解だ。

確かにルドルフ達の名前はトップシークレットだ……しかしよく考えて欲しい。

ルドルフは元々平民の出だ。

当然ながら真名を隠す風習はないし、彼の名前を知る者は城外にも山のようにいる。

つまり知る者は知っているのだ……彼の名前を。


「……見たことあるのか?」


「え、ないけど」


「ここ最近の行事では全て出ていたと思うが」


「だってそんなことより勉強のほうが大事だし」


ミルは魔力が魔法使いの平均に比べてだいぶ低い。

だからこそ勉学では遅れはとるまいと遊ぶ時間を犠牲にして勉強している彼女がそのような遊ぶためのイベントに出かけるわけがなかった。

もしも彼女に普段から行動を共にする友達がいたならば話は違ったのだろうが、そこまで親しい友達がいないので結果的に彼女は英雄の顔を知らないのだ。


「そんなことを聞くなんてもしかしてジョンさんって……?」


「違う!」


「!?」


王城に報告されてたまるか。

そんな切実な願いが叫びとなって表れた。


「そ、そうだ。 似ているだけだ!」


「え?」


「よく顔で英雄と間違われてな……たぶん迷惑してるんだ」


その明らかな言い訳にミルは疑いなく信じる。

勿論それはジョンことルドルフのことを妄信しているわけではない。

理由はいたって簡単……邪神を打ち倒した英雄様がミルの召喚に応じてくれるわけがないと思ったからだ。

というか普通に考えてありえない。

いくら英雄に興味のないミルだって彼らの一人一人が王城で重大な役職を承っているということを知っている。

だからこそそんな英雄達が自らの職務を放り出してこんなところでノンビリと睡眠をとっているわけないと思ったのだ。


もしもこの考えを一つ一つ丁寧にルドルフに説明したら彼は罪悪感のあまり全てを打ち明けるだろうが、ミルはルドルフの悲痛そうな顔を信じて何も言う事はなかった。


「うん、信じる!(大変だったんだね)」


「し、信じてくれるのか?(こんな馬鹿な嘘を)」


ルドルフは騙しておきながら(この子大丈夫か?)と失礼なことを考えているとカランと何かが落ちる音がした。

ん?と二人そろって聞こえてきた入り口のほうを見るとそこには口をあんぐりと開けて固まった男子生徒が一人。

煌びやかなマントを羽織った顔の整った彼はまるでどこかの王子様のようだ。


「め、メリティーニア!?」


「「誰?」」


突然誰かの名前を叫んだかと思うとその小さな部屋の片隅にいたこんもりとした山に向かって駆け寄る男子。

彼がその山を抱き上げるようにするとその顔が露になる……そう、昨日ルドルフに喧嘩をうっていた蛇ことフォレストスネークだった。


「だ、誰がこんなことを!?」


フォレストスネークは明らかに弱った鳴き声をあげ、身体を起こそうとするもののすぐに失敗し地面に伏せる。

男子は憤怒の顔で辺りを見渡し……ルドルフと目が合った。


「フードのお前か!? 僕のメリティーニアをこんな風にしたのはっ!」


ぶち殺してやる、そんな擬音語が聞こえそうなほどに激怒した男子は腰につけていた杖を抜き放ちいつのまにかフードをつけていたルドルフに向ける。

それに対して慌てたのはミルだ。

使い魔になったばかりの彼の実力は分からないが、彼……キールには勝てるとは思えない。

キールは学園で最も有名な男子生徒で、実力は学園でも五指に入るほどだ。

加えて端麗な顔により女性徒は彼に魅了され、勉学は常に上位。

さらに公爵の長男で将来も有望ときたものだ。

少々……いや、かなり傲慢で平民は奴隷だと言わんばかりの対応をする彼でそれら全てが合わさって学園での有名人という位置を得ている。

その知名度は他人に興味のないミルですら知っているほどだ。


「だいたいいくらジョンさんが強くても素手でフォレストスネークを倒せるわけないじゃないですか!」


「……確かにそうだな。 平民、何か知らないか? ここで寝ていたんだろう」


謝りもせずに情報を求めるキールにミルは思うところがないでもないが、今はとにかく彼に去ってもらいたい。

しかしルドルフはまるで当たり前のようにミルの心遣いを無駄にした。


「あんまりにも鬱陶しかったから俺が殴って黙らせたが」


「「は?」」


「いやだから、殴って黙らせた。 こう、ボディーに打つべし!打つべし!って」


シュッシュッ、と何かを掴む動作をして右手で殴る動作を繰り返しレクチャーするルドルフ。

こいつ空気読めてない。


「へ……平民があああああぁぁぁぁぁっ!!!」


「ミルちゃん。 何かこの坊主、いきなり叫びだしたぞ。 不安定なのか?」


「え? いやジョンさんが挑発するからじゃ……」


普段からこれ以上のことを仲間からされていたルドルフはミルの言葉が心底理解できなかった。

あまりにも仲間に迷惑をかけられた彼の中で誰かに対する容赦という余裕がなくなっているのだ。

それは昨夜、明らかに誰かの使い魔であるにも関わらずすぐに肉体言語で黙らせたことからも分かる。

容赦をしていれば仲間達は調子に乗る毎日なので、すぐに殴り飛ばして黙らせるのが日常と化した……英雄達涙目と言いたいところだが、ストレスによって胃痛をともなっているルドルフ涙目である。


「けけけけ、決闘だっ!!!」


「え、まじ?」


負ける要素ないんだけど……ルドルフはそう内心で呟き、ミルは心の底からルドルフの安否を心配した。







これからの学園生活、彼らはこのような騒動に度々巻き込まれることとなる。

だがその間、不思議とルドルフが胃痛によって悩まされることはなかった。

それは隣にいる主のおかげか、はたまた別の要因か……だがそこは間違いなくルドルフにとって楽園だったのだ。

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