The die is cast
首筋にナイフを叩き込まれた俺は、慣れていたこともあり悲鳴などは挙げなかった。いや、まぁ当然痛いのだが、事前にこういった痛みが来るものだと知っていてそれに対する覚悟を決めればある程度は我慢できるものなのだ。人間って不思議!
気絶するような痛みに顔をしかめる。ちょうど頚動脈を断ち切ったのだろう噴水のように血があふれ出る。普通なら即死するような一撃だが、そこで死なないのが俺がイモータルである所以だ。
ファウゼーがたまらないといった風に俺の首筋にしゃぶりつく。ファウゼーが使ったのは単なるナイフではない、体内に溜めている魔力を傷つけた箇所から強制的に流れ出るようにする特殊な魔道具だ。魔力と血液が大量に失われていく感覚に俺はたまらずファウゼーの体によりかかるように倒れこんだ。
豊満な胸に顔がうずまるが感触を楽しむような余裕は微塵もなかった。平時ならもっと吸ったり揉んだり匂いを嗅いだりと楽しめたのにチクショウがッ。
そんな俺の様子にニヤニヤと顔をゆがめるファウゼー。
「いつもこんな風だったら可愛いのになァ」
クソッタレ。と言ってやりたいところだが、生憎と口からはヒューヒューという掠れた音しか出てこなかった。
口もとを血だらけにしたファウゼーは満足したのか、魔力補給をやめた。
既に首の傷は塞がっている。
「ごちそうさまー」
またお願いね。そう言ってファウゼーは俺の前から姿を消した。
朝から最悪の気分だ。魔力補給は体の接触なしでも十分可能だ。しかしファウゼーは必ず俺の体を傷つけて血と共に魔力を吸う。ファウぜー曰く俺の血は格別においしいとか。もちろん奴は吸血鬼ではない。
高位魔術師にまともなのはいないとよく言われるが俺の経験上8割は正解だと言える。
どいつもこいつもロクな思考回路を持っていない。ぶっ飛んだ奴が多い。
死に体で俺は俺が通う悪栄魔術学院にたどり着いた。
悪が栄えると書いて悪栄。何でもこの学院が建てるために使われた金は、相当汚い金だったとか。
この名前はそういった意味でなかなかのブラックユーモアに溢れるじゃないかと思う。
汚い部分を隠さずさらけ出す様な態度には好感がもてる。学院としては失格だがな。
既に昼を越えている。悪栄のグラウンドではちょうど授業が行われていた。
実戦形式の訓練のようだ。色取り取りの魔方陣が空中や地面に浮かび、どでかい破壊音が響いている。
「どいてどいてどいてぇええええええええええええ」
女が吹っ飛んでくると思った時は遅かった。
強烈な衝撃と共に後方に派手に飛ばされる。二人で絡まってグラウンドの乾いた地面に線を引いた。
なんか柔らかい物に俺の顔は埋もれていた。なんかすっぱい臭いがするなおい。
それがパンツだと気づくのに時間はかからなかった。
すーはーすーはー。うむ。
「ちょっちょちょちょどこに顔突っ込んでんのよっ」
馬乗りになっていた女が飛び上がるように退き、俺の顔に顔面キックわかました。
「いてえええええええええええええええ」俺は顔を抑えて地面をのたうちまわる。予想外の攻撃には弱いのだ俺は。
「なに人のパンツに顔埋めんてんのよっしかも匂いまで嗅いでるしッ馬鹿なの?死にたいの?ってかもう殺すわ死に晒せ死ねっ」追撃として繰り出された攻撃魔術を俺は必死に体を回転させて避ける。
やっと痛みが引いたので、相手の顔を確認する。
まず日の光を反射して目が痛くなるような金髪を確認。少しウェーブがかかっていてふわふわしている。次に顔、美人だ。切れ長の瞳、鼻が高く唇は少し湿っていて艶やかである。
胸はなかなかでかい。正直いってコイツの存在価値の半分は胸じゃないのかとすら思う。いや、そう言っても過言ではない。むしろ全てだ。
ここで俺はこいつが誰だか思い出した。同じクラスメイトの女だ。
名前は・・・・・・。
名前は確か九十九里浜紫式部だったか。
「殺すわよアンタ」
「人の心を読むなよ」
「アンタまた私の名前忘れてたでしょ」
どうして俺の心の内が分かったんだ!?まさかこれも魔術なのか。だとしたら九十九里浜紫式部は│魔法使い《ウィザード》クラスの魔術師といっても過言ではない。
過言ではないって言い過ぎかもな俺・・・・・・結構好きなんだよね。
「アンタの浅はかな思考なんて顔を見ただけで理解るのよ、自分がどれだけちっぽけで瑣末な生き物なのかどうやら自覚がないみたいね」
酷い言われ様だが、俺は学院では至って真面目な一般生徒、悪く言えば地味で目立たない生徒として通っている。
そうしているのには色々理由があるが一言にまとめるとめんどくさい。いや待て一言にまとめるのがめんどくさいんじゃない、俺の素性というか本性というか過去がばれると色々めんどくさいことが起きるかもしれんってことだ。
ファウゼーを見てくれればわかると思うが、あんな堅気じゃないロクでもない奴が知り合いってだけで俺がどんな生き方をしていたのかわかるってもんだろう。
まぁそういうわけで俺は、できるだけ人畜無害な一般生徒になろうと努力してきたわけだ。
それなのにこの女しつこい奴だぜ。
「どうした如月、何かあったのか」
九十九里浜改め如月をこっちへ吹っ飛ばしてきた張本人が現れた。
こいつは俺もよく知ってる顔だ。
「・・・・・・君は今まで何をしていたんだい義兄よ」
義妹である。
どうやら如月の相手をしていたのは義妹のようだ。
「アンタの義兄さマジで最低ッ私のパンツに顔突っ込んですーはーすーはーってすーはーすーはーってしたのよっ本当に殺すわ殺すコロス」
「まっ待ってくれ如月、そんなクズみたいなゴミみたいなホント地球から消えろよカスって感じな男でも一応私の義兄なんだ」
お前どっちの味方なんだよ。義妹が日頃俺のことをどう思ってるのかよくわかったぜ。それでも一応俺の命を案じて言ってくれているっぽいので感謝するぞ。
「せめて苦しまないように殺してあげてくれ」
感謝なんか立ち消えたわ。
「パンツくらいで何を騒いでる。純情な乙女でもあるまいしお前みたいに遊んでそうな女、パンツだけじゃなく中身まで男に晒してるんじゃないのか」
「駄々だ゛だ゛だ゛タ誰が誰が遊んでるって?」
如月の鬼のような表情を確認。
俺は―――避けるor防ぐ。
→避ける
俺は全力でその場から横っ飛びに飛んだ。
少し遅れて俺がいた場所に直径2メートルほどのクレーターが出来る。間一髪。
「バッお前マジで今殺そうとしただろ」
「当たり前でしょこの女の敵!私は処女よそんな私が傷物ですってッ!何千万回殺しても気がすまないわ、光よ我が始祖たるセレスの浄化の光よ栄光を我に敵に死を『拒絶不能の黄昏』」
高速詠唱術に加えて光線系の高位攻撃魔術の同時展開。並みの魔術師を既に圧倒しているだろう技量。だが、俺には当たらない。
極大の光線は俺に直撃する一歩手前で屈折しあらぬ方向へと飛んでいった。
遥か上空で爆発。雲にクレーターを穿つ。
こいつ・・・・・・こんな威力の魔術を俺に喰らわせるつもりだったのか。
間違いなく直撃していれば死んでいた。
「今・・・・・・複合魔術『鏡花』?」
ご名答。複数の低位魔術を組み合わせた高難易度の魔術だ。光線系の天敵とも言える魔術だが、難易度の高さから術式の展開から発動までのタイムラグが酷くロクに使える魔術師は少ない。
「やっぱりアンタ普通じゃないわね」
今まで一般生徒として学院生活を波風立てずに過ごしてきた俺だが、中には俺に対して何らかの異常を感じ取った奴がいる。如月深鈴もその一人だ。
「今日こそアンタの化けの皮を剥いでやる」
おお、怖い怖い。だが、正直言って如月の実力は本物だ。準魔法使いクラスの実力はあるといっても過言ではない。
光系統魔術だけで言えば魔法使いクラスですら凌駕している。
本来俺のような見習い魔術師クラスが戦っていい相手じゃない。
しかし・・・・・・。
めんどうなことになったか。
先程から俺たちに注がれている視線に俺は気づいていた。
俺をマークしているほかの魔術師達だ。
魔術師という人種はどいつもこいつも自分を一流にするために余念が無い。相手を蹴落とし自分がのし上がる為には何でもする。
それが間違っているとは言わない。俺もそうやって過ごしてきた。魔術師としてのあるべき姿だと思う。
まぁ昔の話だが。そういう魔術師としての在り方を俺は許容する。
だからってここまですることはないよな・・・・・・。
俺と如月の周りには多重結界が張られていた。
認識と視覚に加え魔術的感知を妨げる結界。高位魔術『霧の幻』
他の生徒や魔術教官、至近距離にいたはずの義妹ですら俺たちが認識できていない。
如月が張った結界ではない。この戦闘に興味を示した第三者による仕業。
まぁこれほど高位結界を張れる人間は限られているが。
とにかく今はどうやって如月から逃れるか。それが問題か。
「アンタっていつもいつも飄々として掴めない感じだったけど、それって演技なんでしょ。アンタには絶対なんかある」
言っておくが俺が飄々としているのは素である。この女は何を勘違いしているのか知らんが決して演技などではない。
たぶんコイツは恐るべき魔術的嗅覚で俺という異端分子について何か感じたのだろう。
ごくまれにだが、そういった才能の持ち主は存在する。
才能がありすぎるというのも問題だな。
思考を断ち切るように如月の詠唱が始まる。
またも高位の攻撃魔術。
今回はちとやばいかもしれんな。
True Magic 豆知識
如月が穿いているパンツは、悪栄魔術学院裏ルートで使用済み一枚5万洗いたて一枚3万で購入できる。本物かどうか要検証