茶番劇へ続くもの
「陛下」
「良き知らせではなさそうだな」
ノックの後に執務室へと入ってきた男の顔を見て、陛下と呼ばれた男――国王は人づてに回ってきた書簡を受け取ると封を切った。
「むぅ」
「いかがなされました?」
主君の唸り声に横へ控えていた文官が顔を伺うが、国王は問いには答えず書簡を机の上に放る。
「危篤らしいわ、皇国の小せがれが」
「ま、まさか姫様の……」
「そうよ、報告には数日中に訃報を伝えて来るであろうとある。婚姻による外交も白紙に戻すよりあるまい」
驚く文官に比べ、醒めた様子で王は言葉を続け、投げ出された書簡を眺めながらポツリと呟く。
「しかし、娘が呼んだのやもな。わざわざ身代わりを立てまでしたというに……」
急死した娘の身代わりを急遽用意する必要に迫られた王の腹心は、二人の人物を用意した。一人は少年だったが、実の親が間近に見ても見間違えるほどに顔立ちの似た少年。もう一人は少女だが少年ほど王女には似て居らず、国民に生存をアピールするために少年を、実際の嫁入りには少女を使うことで危機をしのごうとしたのだ。
「だが、あの小せがれが居らねば、皇国も恐るるに足りぬ。現在の不戦協定で充分よ。問題はギルバーオレストの跡取りについてだ」
娘の身代わりにした少年へ求婚したと臣下から聞き、王が驚きに目を見張ったのは件の嫡男がそれまで目立たぬ存在であったことに起因する。
「あれほどの大貴族の嫡男、実力などなくとも家の力でのし上がれようものを何故一騎士に甘んじておったかと思えば……」
周囲に警戒心を抱かせぬまま王女に近寄り、王女の心を射止める。もし王女を家督を継いで公爵となったレイルが手に入れれば、公爵家の権力は増大し王でも掣肘するのが難しいほどの存在になる。ならばプロポーズをはねつけるよう指示を出せば良いだけなのだが、それも拙い。
「盲点であったな。皇国の小せがれが居なくなれば、王女を嫁に出来るような家柄の者はあの跡取りしかおらん」
「ですが、陛下」
「あの跡取りの申し出をはねつければ、起こりうる事態は二つ想像できるどちらかひとつ」
偽王女へ求婚の嵐が吹き荒れるか、最有力者すらはねつけられたと求婚者自体が絶えるか。絶えた場合も勘違いした愚か者が名乗り出てくるかもしれぬが、これは論外。
「下手な家や小国に嫁がせては国の沽券にかかわる――だけでなく秘密が露見し醜聞沙汰になることも考えられよう」
「では、陛下はかの求婚受けよと?」
「それを言うには決め手に欠けておる」
「は?」
おそるおそる訊ねてくる臣下へ答えつつ、王は考えにふける。求婚に前後してギルバーオレスト家の手の者が暗躍していたらしいことを王は部下づてに聞いていた。タイミングを見る限り求婚は嫡男の独断で、動いていた手の者は手綱の聞かなくなった嫡男を止めるため動いていたのだとすればつじつまが合う。
「おそらくだが、あの求婚は嫡男の独断。しかもギルバーオレスト家の元当主と……いや前当主とあの嫡男は対立しておると余は見る」
なれば嫡男を手中に収めることで、ことを有利に運べるのではないかと国王は思ったのだ。
「だがな」
問題があるとすれば、かの嫡男は王女の護衛を務め王女の顔立ちをよく知っているという一点のみ。かといって流石に男の方の影武者を嫁入りさせるわけにはいかない。実は男の方で何の問題もなかったりするのだが、王もレイルが実は女性であると知らないのだから。
(男同士では子はなせまい)
公爵嫡男に少女の方の影武者をあてがうことも考えたが、偽物であると発覚する恐れがある。かといって王女をめとらせてから何の進展もなければ怪しまれる。
「少し外の風に当たるとしよう、供をせよ」
良案が見つからず、煮詰まった王が一つだけ決めたのは、気分転換をすることだった。椅子から立ち上がり幾人かの文官を連れて廊下に出れば、延びる廊下を一定間隔ごとに兵が立っている。
「ご苦労」
「はっ」
普段見張りの兵などに労いの言葉をかけることのない王だったが、良い案が浮かばなかったからだろう。他者との会話にさえ糸口を求めて一人の兵に声をかけた。
「何も変わったことはないか?」
「はっ、異常なしです」
「どのようなつまらぬ事でも良い、王者たるもの下々のことも知っておく必要があるのだ」
とは言ったものの、王は何も期待しておらず、気まぐれで声をかけたに過ぎない。
「つまらぬ事でもよいのでありますか?」
「よい」
「実は先刻、同僚が一人の侍女を見かけたそうなのですが……」
「ほう、侍女など城にはいくらでもいよう? それのどこが変わったことなのだ?」
「一度見たら忘れられないほどの美人だったと言うのです。ですが、それほど美しい侍女なら人の噂に上らぬ筈がありません」
「美人の侍女か」
美人と聞いてもただ軽い興味を覚えただけだった。
「それその侍女はどこに居ったのだ?」
問うたのも気分転換ついでに侍女の顔を見てやろうと思った程度で深い意味はなかった。
「はっ、姫様のお部屋がある東側の一角と」
「そうか、もう良いぞ」
「はっ」
敬礼を返す兵士のことなど振り返りもせず、王は王女の部屋へ向かって歩き出す。実際は違うが他者から見れば親子なのだ。しかもギルバーオレスト公爵家の嫡男に求婚された一件がある。そのことで出向いたとすればあまり不自然はない。強いて言うなら娘を呼びつけず自分から赴いたのが不自然かもしれないが、寄ったついでである。噂の侍女の事などさらにそのついででしかなかった。
「むっ」
「陛下?」
筈だった。
「思わぬ掘り出し物が足下に眠って居ったわ」
臣下の声など無視し、国王は笑みを浮かべて命じる。あの侍女を捕らえよと。
「陛下、お戯れを。兵のうわさ話など」
「捕らえよと言ったのだ。ただし傷つけてはならぬ」
未来の公爵を演じて貰う身体であり偽王女の子を産む身体なのだからなと心の中で王は続けながら、兵の噂にあったであろう侍女を見ていた。それが侍女に扮した問題の男であるとは気づかずに。
レイラさん大ピンチ?
と言うわけで第9話となります。
何だか微妙にややこしくめんどくさい事態になりました。
まさに茶番劇。
と言うわけで続きます。