私の紅茶返せ
「悪いけど、お茶を入れてくれるかな?」
部下に連行される形で担当部署に戻されたミゲルはやむなくまじめに仕事をこなし、ようやく休憩にありつけていた。机に突っ伏しつつ、ちらりと見えたメイド服に城勤めの侍女と判断して声をかけ、うめき声を上げながら身体を起こす。
「やれやれ、あれぐらいなら私の出る幕はないと思うんだがなぁ」
さぼっていた分元を取らされた、ミゲル大隊長はぼやきながら天井を見上げ。
「おっと、ありがとう」
机にティーソーサーが置かれる音で我に返ると、こちらに背を向けた侍女へと礼を言った。
「へぇ、私の好みをよく知ってたなぁ」
見覚えのない侍女であったように思えたのに、お茶がほどよく冷めている。実は猫舌であるミゲルはカップを吹いてから口を付けたのだが、その必要もなかったらしい。
「うん、美味い」
二口ほどすすってから本格的に飲もうとカップを傾け。
「まぁ、嬉しいですわぁん」
振り返った侍女の声と顔を知覚し、含んでいたお茶を盛大に吹き出した。良く見知った騎士が事もあろうに女装し、クネクネとしなを作っていたのだから。
「がふっ、げふっ、ごふッごふ」
「まぁ、汚い」
レイルは顔をしかめて見せるが、咳き込むミゲルにいちいち反応している余裕はない。
「がふっ、レイ……何……レイル、何やってるんだ?」
「決まっているだろう? 姫に独断で告白したからな。今の私はおじいさまに捕らえられて蟄居を申しつけられてもおかしくない」
だから変装して隠れているということなのだろう。
「だが、女装はやりすぎなんじゃないか? 顔と相まって本当に女性にしか見えないんだが」
見えないも何もレイルことレイラはもともと女性である。騎士団内に一人としてこの事実を知る者は居ないからこそミゲルもまた女装と思った訳なのだが。
「何を言う、こういう時こそこの顔の使い時だろう? 酌婦や娼婦に化けて城下町に隠れても良かったんだが、あいにくとそっちの技術は会得していないからな」
ボロが出ては拙いから侍女にしたと暴露するレイラに、そう言う問題じゃないと言う意味合いの視線を送りつつミゲル大隊長は再び机へ突っ伏した。
「それで、まさかとは思うが」
「うん、美人の侍女を二人臨時で雇って欲しいんだ」
顔を上げておそるおそる問えば、返ってきたのは予想通りの言葉。
「勿論報酬は払うぞ、主に身体で」
「確認しておきたいんだが、それは侍女として働くことが報酬と言うことかな?」
「勿論だろう。それともミゲル大隊長にはそんな趣味がおありかしらぁん?」
「ないよ」
頭に手を当てつつミゲルはきっぱりと否定した。もしレイラの本当の性別を知っていたとしてもおそらくそれは変わらなかっただろう。
「安心した、それならアンナを任せられる」
「レイル?」
「おじいさまは私を捕らえたり言いなりにする道具としてアンナを使う可能性があるんだ」
だから、自分はともかくアンナだけは匿って欲しかったのだとレイラは語った。
「その約束を取り付けるため接触するにしても騎士の姿は拙いからな」
「レイル……君は」
「そう、この格好なら怪しまれず姫の元にもいけるだろうし、寝顔をこっそり拝謁したり、寝言を拝聴したり」
言いあぐねていた言葉を飲み込み、ミゲルは別の意味で言葉を失った。この場にアンナがいればツッコミの一つや二つは繰り出していただろうが、アンナを連れてきていてはレイラが侍女に扮して接触を図った意味がないのだから居る筈もない。
「そうやって冗談ではぐらかすところはいつも通りか」
「付き合いが長いとわかるか?」
「長いからこそ不思議なところもあるけどね、美人の侍女については引き受けてもいい」
「それはどうも」
「うん、それで雇用枠は二名欲しい、一名で良い?」
問いかけるミゲルに振り返るとレイラは人数分の指を立てた。
「そう言うわけで、落ち着き場所を決めてきたぞ」
「決めてきたぞ、じゃないですッ!」
どこかに去っていった主人がメイド服に身を包んで現れた時はアンナも驚倒したが、後に続いた報告には流石に黙っているわけには行かなかった。
「そもそもミゲル様にまで火の粉が降りかかってきたらどうするんですか! あの方は無関係なんですよ?」
「その台詞を大隊長の前で言ってみるか? おそらく傷つくと思うぞ、ミゲルもアンナが好きみたいだからな」
「なっ」
顔を真っ赤に染めた幼なじみを不意打ちの一言で黙らせてからレイラは口元綻ばせた。
「確かに申し訳なくも思うが、俺としては二人の仲を応援したいんだ。ミゲルに申し訳なく思うならそれこそ応えてやればいいだろう?」
デリカシーのかけらもないし乙女心とかそう言うものを根本から無視した無茶な理屈だが、匿ってくれた報酬として自分の身を差し出せばいいとレイラは言うのだ。
「ふざけないでくださいッ!」
「ふざけてなどいないさ。気後れして距離が縮められないことを考えてだ。もし、自分の気持ちに素直になれないならそう言う理由で押しかけ女房をやればいい」
「レイラ様?」
「私も決めたんだ。もう恐れないし、この想いは貫くと。姫に受け入れてもらえなかったとしても気持ちだけは知って欲しいから」
再び言葉を失ったアンナの頬をレイラはそっと撫でると微笑んだ。優しい笑みだった、穏やかでいてどこか近寄りがたいものを感じさせるような。
「ありがとう、それとお幸せにだ」
幼なじみが我に返る間も与えずレイラは踵を返す。
「あ……そんな、レイラ様!」
後を追って部屋を飛び出したアンナが廊下へ顔を出しても主人の姿は既になかった。
短めになってしまいましたが、八話目をお送りします。
ひょっとしたら後日加筆するかも知れませんが。
何だか捨て身っぽいレイラの向かう先は?
果たしてレイラの想いは届くのか?
続きます。