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侍女と少年


「……参ったなぁ」

 呆然と立ちすくむアンナとの間、路上に転がって呻くごろつき達を挟み一人の少年が立っていた。頭をかきつつもう一方の手にぶら下げたままのそれは武器なのだろう。紐の先に鉄製の球を取り付けたような形状で、少年はあっという間に自分よりがたいの良さそうな男達を叩きのめして見せたのだ。

「あ、ありがとうございます……」

 外に出られぬ主のために祭りの出店でお土産を買い込んだ帰りの道での出来事。少年が助けてくれなければ、十二になったばかりのアンナには逃げることも出来なかっただろう。

「いや、お構いなく。祭りで浮かれて酔っぱらうのも仕方ないだろうが無理強いは感心できないし……しかし、この状況をどうしたものか」

 手を前に出して礼には及ばないと示した黒髪の少年は今も呻きながら転がるごろつき達に視線を落とすとため息をついた。

「町中で喧嘩をしたなんてばれたら父に何を言われるやら」

 どうやら自分の素行不良を詰られるのではというのが嘆息の理由であるらしい。

「あ、あの……」

「あ、ああ……そう言えば、大丈夫でしたか? 怪我は?」

 二度声をかけられてから普通なら真っ先に聞きそうなことを口にするほどの。

「だいじょうぶです。そ、それより……」

 どこか抜けたところがあるというかズレたところがあるというか、少々変わった少年だったがアンナにとっては自分を助けてくれた英雄に違いない。

「おなまえをおしえていただけませんか?」

「ああ、僕はミゲル……ミゲっ」

 頬を真っ赤にしつつなを訊ねれば、少年は微笑を浮かべながらアンナに近寄り――転がっていたごろつきに躓いてアンナの方へと倒れ込んだ。

「きゃあっ」

 ミゲルと名乗る少年を避けようとしたアンナは、石畳の凹凸に足を取られて尻餅をつき。

「痛たた……」

「あ、だいじょ」

 ミゲルの声に我に返り固まった。少年の首がない、というか上半身がない。目に飛び込んできたのは変な形に盛り上がった自分のスカートで。

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 スカートの中に頭をつっこまれたアンナの悲鳴が路地に響き渡る。これが、レイラの侍女であるアンナとやがてレイラの同僚を経て騎士団の大隊長に出世したミゲルとの最初の出会いだった。

「いや、本当に申し訳ない……なんと言ったらいいか」

 自分のドジでとんでもないことをしてしまった少年はひたすら謝り倒し、恩人であることもありアンナはアンナでどう接すれば良いか困惑し。

「あ、いけない……もうもどらないと」

「っ、君!」

 遠くでなる聖堂の鐘の音に我に返るとアンナは逃げ出してしまった。



「君はレイルの家の?」

「はい、侍女のアン」

 二度目に顔を合わせたのは、アンナの主人が騎士団に入ってしばらくした頃。

「「あーーっ!」」

 互いの顔を指して叫ぶという様は侍女にあるまじきと行いだったかもしれないが、それだけ驚いたと言うことでもある。

「アンナ? ミゲル?」

 アンナの主人だけがポツンと取り残されて二人の顔を交互に見ていたが、第三者に構っている余裕が二人にはなかった。

「どうか、結婚して欲しい」

「え?」

 ミゲルはアンナに膝を折って求婚していたし、アンナの方はいきなりの求婚に固まっていたのだから。

「その、あ、あんなことをして責任をとらないのは男の風上にも置けないし……」

「ちょっと待てミゲル、お前アンナに一体何を」

「った、レイ……ぐっ、く首……ちょ、はな……」

「話すか、答えろ、三秒だけ待ってやる」

「けっ……こん」

 主人(レイラ)がミゲルの襟首を掴んで詰め寄りガンガン壁に叩き付けている姿さえアンナには見えない。初めてあった時、最後の最後で不幸な事故があったものの危ないところを助けてくれた相手なのだ、包み隠さず言うならアンナはミゲルが好きだった。

(けど、私は……)

 だが、アンナ自身の立場を考えればこの申し出に応じることは出来ない。アンナはレイラの秘密を知る者であり、主人同様身の振り方を自分では決められない立場にあったのだから。もちろん、だからといって即座に断ったのでは怪しまれる。事情を知らない者から見れば願ってもない話なのだ。

「少し、考えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 結局、アンナは保留という回答を選んだ。遅かれ早かれ『断れ』と命じられることを確信し、密かに胸を痛めながらも。



 だが。

「諦めるな、ミゲルとのことはいつか私が何とかしてやる」

 長年側にいたレイラにはアンナの胸の内などお見通しであったらしい。

「私の幼なじみにとんでもないことをしてくれたのだ、ツケは必ず払わせてやる」

「レイル……様?」

 クククと黒い笑みを浮かべる姿に、本当にお見通しだったのかと思わず疑問に思ってしまったアンナだったし。

「任せろ、宿舎で寝ているあいつの耳元で『責任とれ』と延々と囁き続けてやる」

「ッ……レイル様」

 やけに楽しそうな笑顔でとんでもないことを言い出した主人にアンナは頭を抱えた。

「大丈夫だ、睡眠学習が終わったらちゃんとこの屋敷に戻ってくる」

 そう言う問題ではない。ちなみに、レイラがわざわざ自宅に戻り宿舎に泊まらないのは、性別を偽っていることが理由である。人前で着替える訳にも身体を洗って汗を流すわけにも行かないのだから。

「本家の方は事故に見せかけてお前が死んだことにでもして――日陰者になるがミゲルに匿って貰えば問題ない」

「レ、レイル様!」

「まぁ、これは最後の手段だ。だが、諦めるな。私はきっと何とかしてみせる」

 コロコロと表情を変える幼なじみをおもしろそうに見たアンナの主人は笑顔で言ったのだ、諦めるなと。



「人にさんざん諦めるなって言ったのは、レイラ様でしょ!」

 だから、アンナは抑えきれなかった。見ていられなかった、初めて見る主人の姿を――弱音を吐く姿など。

「だったら、主人が率先して行って、模範を見せて下さいッ!」

「アンナ……」

「らしくないじゃないですか……」

「わかったから、泣くな……」

 頬に涙を伝わせる侍女の頭をレイラはぎゅっと抱きしめた。



そんなわけで今回は、アンナさんと想い人さんの出会い(回想シーン)をメインでお送りしました。

ミゲル大隊長はごらんの通り強いけどドジ、と言う設定です。

少年時に使っていたのは「流星すい」という武器で、大隊長になってからはフック付きロープのようなものを使ってます。

戦闘シーン、出せるかわかりませんが。

では、次回に続きます。

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