どうかしてる
「先日の無礼、平にお許しを」
不可抗力であったこともわかっており、王女には過剰に反応したという引け目がある。
「もう良いのです、頭をお上げ下さい」
「はっ」
謝罪の言葉を口にした騎士に面を上げさせると、王女を演じている少年は手を組み直す。
(……この人)
密かに息を呑んだのは、何気なく騎士の顔へ目をやった時だった。
「姫様?」
最初に顔を合わせたときにはそれほど興味がなく、新しい護衛の騎士が来たんだ程度にしか少年は思っていなかった。そもそも会ってからあまり時間も経たないうちに例のアクシデントが起き、以後はまともに顔を見るどころではなかった。
(なんて綺麗なひとなんだろう)
女性と見まごうばかりの顔は、思わず見とれる同僚もいる――実際性別を偽った女性なのだが、少年は騎士団内ではほぼ誰もが知る騎士の存在をこの時初めて知ったのだ。
(って、どうかしてる……男性に見とれるなんて)
女性であればまっとうな反応である、美貌の騎士に見とれ我に返って赤面するという反応も少年には受け入れがたいものだった。おそらく一目惚れで、初恋である。先日の一件で、正体がばれたかもしれないと変に意識したのが拙かったのかもしれない。
(そもそも、恋愛なんて諦めなきゃいけない立場じゃないか)
同性であることを棚に上げても、胸に抱いた想いが遂げられることは決してないのだから。
「な、なんでもありません。確か貴方は公爵家の嫡男でしたね?」
「はい」
「公爵家の嫡男ならば騎士団長や副騎士団長とは行かなくても大隊長ぐらいはつとまるのではありませんか?」
乱れた胸中を悟られまいと偽の王女は口を開き、誰もが口にする疑問を目の前の騎士に投げかけた。美貌の騎士でありながら王女に今まで認知されなかった理由の一つが階級の低さにある。
「自分より家格の高い部下を持っては上の騎士達がやりづらいのでは?」
とは、同僚の家格の高さを知った騎士の同僚が驚きつつも抱く疑問の一つなのだ。もっとも、影武者であることが露見しないよう目立つ行為を避ける為だなどと本当の理由を明かせる筈もなく。
「いえ、自分はまだ未熟者ですので」
と謙遜の形で誤魔化すのがレイラの常なのだ。
「未熟者ですので責任ある立場はまだとても」
「そうですか、つまらないことを聞きましたね」
「いえ、そんなことは……」
本当はそのまま会話を続けたかったが、少年には少年であまり関心を持たれたり親しくなるのは良くないという分別がある。
「では、席を外して頂けますか? 少し一人になりたいのです」
もっと相手のことを知りたいと心のどこかで思っても自重するしかなかった。
「はい」
答えた騎士のトーンが若干下がっているように感じたのも、少年にとっては無意識の願望による錯覚でしかない。初対面の相手に好意を抱く事があるなら、それこそ相手を惹きつける何かがなくてはならない。先日はアクシデントのせいでほとんど接触しておらず、ほぼ初顔合わせとなるこの日も公爵家の嫡男が自分に惹かれてくれるような事をした覚えはない。
(王女という身分に惹かれたようにも見えなかったけどな)
公爵家の嫡男が惹かれそうな点があるとしたらまさにその一点のみの筈。
(けど、当の王女が偽物じゃ――結局身分なんて有って無いようなものだし)
少年の元々の身分は下級騎士の長男であり、王女を演じてこの場にいなければ相手にもされなかっただろう。何より性別という壁もある。
(そう、僕は男で――あの人も)
同性愛趣向が無かった少年にとって、突然現れた感情は青天の霹靂。
(禁欲的な生活を送ってるからだろうか、それとも女性を演じているから?)
本当にどうかしている。声には出さず心でもらす少年は、知らない。心惹かれた騎士との出会いが騎士にとっては初めてで無かったことなど。
(ん、気のせいかな視線を感じるような……監視かな?)
感じた視線が件の騎士によるものであったことも気づかない。
「姫様……」
騎士が抱く慕情も、戸口で騎士が囁くように呟いたことも。
「姫様、姫様」
知覚したのはしばらくして現れた侍女の声であり、内容は来客を告げるもの。
(ボロが出ないようにしないと)
女性というものは身分の上下にかかわらずおしゃべりというものが好きなものである。少年からすれば複数の異性と語らう時は気の休まる暇がなく、歌や楽器、舞踊といった習い事の方がまだマシだった。
「わかりました、お通しして。それからお茶の用意を――」
言づてに来た侍女に指示を出すと、偽王女は愁いを帯びた顔を見せるための笑顔に切り替えた。生きるための孤独な戦場へ向かうのだ。
「まぁ、あの方はギルバーオレスト家の……」
「あの、姫様……よろしければあちらの騎士様にも同席して頂いては?」
「え、あ、皆様が望まれるのでしたら……誰か」
まさかゲストの令嬢達がかの騎士をおしゃべりに引っ張り込むとは予想だにしておらず、少年は慌てて侍女を呼ぶと客人の要望を伝えた。
(確かに、あの容姿と家柄ならね)
まして客人達は本物の女性なのだ、自分よりよっぽどお似合いだと少年は思う。
「姫様、お呼びと伺いましたが?」
「ええ、こちらの皆様が貴方と話がしたいと……」
侍女に連れられて入ってきた公爵家の嫡男へ少年は令嬢達を紹介しようとし。
「実は私も、姫様にお話があります」
「「え?」」
予想外の発言で室内にいた女性達の動きが止まる。
「私は――」
告白は突然に。打ち明けられた内容に、女性達は絶句するしかなかった。
と言うわけで、レイラがついに告白します。
「そして物語は大きく動き出す」とやりたいところですが、沈黙してるレイラのおじいさまや少年に王女の身代わりを強要している方々はどう動くのか。
そもそもあらすじにあったアンナの恋とかその他諸々どうなるのか?
物語は続きます。