読めぬ作為
「同僚の騎士が言って居たんだが……」
「何を?」
おもむろに指を一本立てて、幼なじみの侍女に主人は言った。
「女はオとしてしまえばこっ」
「却下!」
「拒絶は好意の裏返」
「妄想! もしくは妄言!」
「男は行動で」
「レイル……レイラ様は女性ですっ!」
いや、言おうと思ったがとりつく島なし、だった。
そもそも、とりつく島などあるのだろうか。
「わかった、私がオとされよう」
「オとされるも何も既に血迷っていらっしゃるではないですか!」
「そして、トドメの既成事実『赤ちゃんが出来』」
「どうやって作る気ですかァァァァッ!」
ダメだ、早く何とかしなくては。もしくは、どうしてこうなっただろうか。
(レイラ様、こんな方ではなかったのに……)
頭を抱えたアンナの脳裏によぎるのは幼い頃の主。
「アンナ、わたしがもしこうしゃくけをつぐことになったら……」
「え?」
幽閉された塔の中で椅子に座り、足をプラプラ揺らしていた主人が突然口を開いた。
「アンナをめかけにしてやるな」
「レイルさま?」
「よくしらないが、おとこはそうやっておんなをじぶんだけのものにするらしい。わたしはおとこのこでアンナがだれかのものになるのはいやだから……」
この時は兄が健在だったものの、主人は既にレイルという男子として育てられていた。
「ありがとう、レイルさま」
二人とも幼く、アンナも妾というものがどういうものか理解していなかったから、自分を大事にしてくれているというところだけ理解して礼を言った。礼を言ったのだ。
(やっぱり、そうでもなかったかも……)
騎士団に所属し、会う機会も減っていた。だから最近主人の人となりを把握できていなかったのかもしれないし、身内として無意識にひいきしてしまっていたのかもしれない。
「紳士的で他の下品な騎士とは大違い」
「良いわよね、アンナは。あんな完璧な方がご主人様の上、幼なじみでもあって」
「あたしなんて旦那様を訪ねていらしたお客様にお尻触られてさ。レイル様とまでは行かないけれどああいうスケベは論外」
つい最近までアンナの耳に入ってきたのは現状とはかけ離れた噂ばかりだった。
「ただいま、アンナ。元気にしていたか?」
「当家の馬車をお使い下さい、せっかくのドレスが濡れてしまいますよ」
「騎士というのは、ご婦人の為に濡れるのも仕事の一つ、お気になさることはありません」
事実、たまに戻ってくる主人は、下品な話どころか色恋めいた話すら口に上らせず、立ち振る舞いはアンナの目から見ても非の打ち所のない貴公子に見えたのだ。おそらく目の届かないところでいろいろと毒されたと言うことだろうが、アンナからすれば主人にいらないことを吹き込んだ騎士は一人残らず呪詛してやりたい気分だった。
「はぁ……それで、どうするんですか?」
「どうするとは?」
「勿論、王女様です。さっき仰った様なことをなされるというなら、こちらにも考えがありますが」
「アンナ、あれは全て提案でお前に否定されているんだぞ。常識的に考えてダメといわれたことをするはずないだろうに」
「レイル様」
ほっと胸をなで下ろす反面、胸中で貴方ならやりかねないですと呟き、アンナはクローゼットに向き合う。主人が仕事に復帰すると言い出したのだ。
「まずは姫の好み調査からだ」
登城する主人の為にズボンを用意していたアンナは、二度目となるストーキング宣言で思わずズボンを落とし固まった。
「では、行ってくる」
我に返ったアンナが騎乗の人となったレイラを見送ったのは朝のこと。王族の近衛を勤める騎士の自宅だけあってレイラの館は王城がある首都の中にあった。
「レイル様……」
もはや城についているであろう主は大丈夫だろうか。二重三重の意味での不安と、止めるべきだったのではと言う後悔にのしかかられながらアンナは窓の外を見る。先日の事件を詳細に記した文は追加で出した早馬にのてギルバーオレスト家へ向かっている筈。入れ違いになる可能性もあることから、ギルバーオレスト家の紋章がついた馬車や紋章の鞍をつけた馬がいれば接触を図るよう家宰が指示を出している。
(開き直ったレイラ様のことをお館様がご存じになれば……)
それはそれで一悶着有るだろう。ギルバーオレスト家の長とて状況を鑑みれば、不在を誤魔化すための身代わりを廃嫡したり処分することはできない。もっと良い偽物をでっち上げる事が出来るか、レイラの兄が見つかったのなら話は別だが、事が露見しないようにどれだけギルバーオレスト公爵が骨を折っているかを考えれば、主人は簡単に消してしまえる存在ではないのだ。
(けれど身代わりとしての価値のみが存在理由なのだから――)
暴走を阻止しようとするだろうし、度が過ぎて不利益を被ると判断すればそうも言っていられなくなる。
(そこまではレイラ様もわかっている筈)
もちろん、状況を打破する方法はある。
「貴方は先日の……レイルと言いましたね。私に話とは?」
「はい、実は私は本当は女で、兄の身代わりとして影武者を強要されているのです。役目が終わるか不要と判断されれば殺されるでしょう」
「なっ」
突然の告白に王女は息を呑む。だが、我を忘れたのは僅かな間のみ。
「わかりました、その事実を明かしたと言うことは私に自分の身柄を保護して欲しいと言うことですね」
「その通りです」
冷静さを取り戻した王女に騎士は頷いて――。
(王族に保護を求め、匿って貰う? ひょっとして今朝までの態度は全て演技?)
アンナの主人らしからぬ行動ではあるが、背に腹は代えられないと判断したなら
「そんなことはない、ない筈」
アンナは知っているのだ。主人の人となりを、誰よりも。
「けれど……」
否定した筋書きに他の誰かが思い至ることはじゅうぶん考えられる。
「レイル様……」
不穏な胸騒ぎを覚えながらアンナは小さくため息をついた。
お待たせしましたか?
間が空いてしまいましたが、三話目です。
レイラの想いは偽りか、別の意図や作為あってのことか?
何だか混沌として参りました。