友と約束
「と、まぁお兄様の暴走もあったんだが……こうして私達は王を倒し返す刃でお祖父様も倒して自分達の居場所と幸せを手に入れたんだ」
「思えば長い道のりでしたね、レイラ様……と言いたいところですが」
遠くを見る主人に一瞬合わせてはみたアンナだったが、そのノリは最後まで続かなかった。
「上手くいかない現実逃避に、『上手くいきましたよ』的な後日談の雰囲気を作って現実逃避するのはいかがなものかと思いますよ?」
そう、今のレイラ達はどちらかと言えば『私達の王位簒奪劇はこれからだ!』的な状況なのである。
「わかってはいる、わかってはいるんだ。謀が漏れないように細心の注意をしつつ反国王派の貴族に色々働きかけたり、素人のふりをして今更倣うまでもない騎士作法の基礎を学ばされたり、仲間になってくれそうな人を密かに探したり。色々やって疲労困憊なのに少年と二人の時間が作れなくて――」
それで居てレイラの思い人である少年を偽の王女にに仕立てた黒幕からは、よけいなお世話的な品が支給されるのだ。
「媚薬、ですか」
「言い訳でしかないのはわかっている。が、そんな薬無くても私は彼にメロメロだし、日頃の疲労と計画が上手くいかないイライラから、こう、何というか……ずぐわっしゃぁぁっ、とかそんな勢いではしたない真似とかしてみたくはあるのに、状況が私を許さないのだ」
だから、現実逃避ぐらい許して欲しいというのがレイラの言い分であるらしい。
「レイラ様、女性が自分からはしたない真似をしたいというのはどうかと……そもそも、その効果音は何なんですか?」
「いや、何というか鬱屈としたものを全部消し飛ばしてしまえたらいいなという願望を擬音にしてみたんだ」
「参考までに何の音だったか聞いても?」
「確か、攻城兵器が的を消し飛ばした時の音だったはずだ」
「はぁ」
聞いて後悔したとでも言うようにアンナは嘆息すると、視線を窓の外に向けた。
「レイラ様のお相手はこんなレイラ様のどこが良かったかしら」
などとは口が裂けても言えない。だが、レイラは自身と王女の身代わりをしていた少年が両思いであったことを既に明かしている。
「それで、薬の方はどうなさっているんです?」
「今のところは使っているふりをして小さな容れ物に移し替えたりしている。恋する乙女としては人の恋心をもてあそびたくはないが、効果があるならこの薬は有用だからな」
酒などに入れて相手に飲ませて不祥事を誘発することも出来るし、薬に併用して標的を誘惑しこちらの思い通りに事を運ばせることが出来るかも知れない。
「まぁ、使わずに済むなら越したことはない。お祖父様と国王陛下が顔合わせするパーティーなんかで二人が顔を合わせてる時に混入できたらきっと素敵な事態になるんじゃないかとは思うけどな」
「レイラ様……」
熱の籠もった目で互いを見つめながら抱き合う現国王とレイラの祖父を一瞬想像してしまい思わず顔を片手で覆いながらアンナは声を絞り出す。素敵でなくておぞましいの間違いでしょう、などとは一侍女にすぎないアンナには言えない。そもそもレイラが口にした前段階でも充分不敬罪が適用されるはずだ。
「いや、黒幕はおそらく国王陛下で間違いなさそうだからな。媚薬のお返しにそんなことを考えても許されるんじゃないかと……」
「確かに、王位簒奪をたくらんでいる以上、何を今更かも知れませんが、今のお話は危険すぎますっ! 上手く言ったらどうするんですかっ!」
国王は既に四十歳を過ぎた中肉中背の男性、レイラの祖父も六十を過ぎているとはいえ健康そのものである。中年男性と初老の男性によるラヴシーン、そんな光景が広がったら目撃した人の大半が不敬罪になる筈だ。
「すごいな、アンナは。私は100%失敗すると思っていたぞ。何というか冗談のつもりだったのに」
もっとも、レイラの心ない一言にアンナの怒りが爆発したのは言うまでもなく。
「笑えない冗談を仰らないでくださいっ!」
「仕方ないだろう。冗談でも言わないとやってられない気分だったんだ」
「レイラ様、何を?」
眉をつり上げぷりぷり怒ったアンナの前でレイラは懐から小さな容器を取り出すと、部屋にあった戸棚から勝手に取り出したグラスに容器の中身を注ぐ。
「実はな、アンナ。陛下とお祖父様の両方へ一度に使うというのは冗談だったんだが……」
「レイラ!」
グラスを眺めつつレイラが語り始めた時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「先代のギルバーオレスト公爵が……なくっ」
「ミゲル様?!」
驚いて振り返るアンナの目に映ったのは、テーブルの脚に足を引っかけてつんのめった想い人の姿。
「うわぁぁぁっ」
「きゃぁぁぁっ」
アンナの視界いっぱいに広がってきたミゲルは勢い余って覆い被さるようにアンナを押し倒す。
「アンナ、ミゲル……欲求不満気味の私の前でそう言うのは止めて欲しいんだが。当てつけじゃないよな?」
「「もちろんです!」」
覗き込んだレイラの顔に二人は声を揃えて言い返し。
「まあ、冗談はもう置いておこう。そこまで慌ててミゲルが来たと言うことは、お祖父様が」
「ああ、亡くなられたよ。と言うより殺されたと言うのが正しいんだろうね」
「やはりな」
かなり衝撃的な内容に聞こえたのに、レイラは驚かなかった。まるで始めから予知していたかのように。
「私が侍女のふりをしてお祖父様の手の者から逃れていた時――『酌婦や娼婦に化けて城下町に隠れても良かったんだが、あいにくとそっちの技術は会得していないからな』と言ったんだが、確かに技術は会得していないもののコネのほうはあったんだ」
性別を偽り騎士として過ごしていた頃、レイラは同僚に手を引かれ娼館に連れ込まれた事があった。勿論、同僚の騎士もそれなりの身分の騎士であり、身分相応の館をチョイスしたはずだった。
「当然だが私にはよけいなお世話だったし、お相手を出来るはずもない。操を立てている相手が居ることにしてお相手の女性の身の上話を聞いただけで終わったんだが……」
「そう言えば、レイル……レイラには意中の人がいるって噂になったことがあったな。あの噂の発端がそれか」
「うん、そういうことだ。その後私が姫に告白して辻褄は偶然にも合う形になったわけだが――」
この時レイラの話し相手になった高級娼婦が、かってギルバーオレスト家の謀略によって家を取りつぶされた貴族ゆかりの娘だったのだ。
「話を聞いて申し訳なくなった私は事情の一部を彼女に打ち明けた。まぁ、お祖父様を快く思ってなかったこととかその辺りをだ」
レイラが自身をギルバーオレスト家の者と打ち明けたせいで一時は殺意込みの視線を向けられた事もあったが、身内まで駒扱いしているという内情をレイラが話すと敵意の矛先を向けにくくなったらしい。
「その時は私も幸せな未来など無いと思っていたからな。彼女に大いに同情して、お祖父様を亡き者にする為なら協力は惜しまないと申し出た」
これを機にレイラと娘の関係は一気に改善された。
「おかげで仲良くはなれたんだが、想い人が居るといった手前どうどうと娼館には通えなくてな。こそこそ隠れながらたまに遊びに行ってお祖父様への暗殺計画を練ったりしたんだ」
「と、言うことは……」
ここまで話が進めば、レイラが何故こんな打ち明け話を披露しているのかアンナにもわかる。
「私は、約束は守る女だぞ? 彼女はこの日の為に血を滲むような努力をしていたんだ」
殺人は思いとどまらせるべきかと悩んだことはレイラにもあった。
「彼女にはそれが全てだったんだ」
レイラから何かに使えればと媚薬の容れ物を渡された一人の高級娼婦は、一瞬だけ年頃の娘の顔に戻って笑顔でありがとうと言った。
「汚い真似をしたとは思う。お祖父様をどうにかしなければいけなかったのはわかっていたけれど、だったら手を汚すべきなのは私だったかも知れないんだ」
だが、それでは友人が家の仇をとれない。
「後悔はしている、けど前に進むことを私は諦めない」
ミゲルとアンナ、二人分の視線を注がれながら、レイラは呟いた。
打ち切りエンドと見せかけて物語は大きく動きました。
さらば、お爺様!
残す敵は後一人?
そんな感じで続くのです。