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報告その三

「ただいま戻りました、お兄様」

「もういいのか。それで、首尾の方は?」

「っ、……概ね上手くいきました。ミゲルともつなぎはつけられましたし他の同僚にも会って不自然にならない程度に情報収集を……」

 先日の自分とほぼ同じ格好をしたレイルに問われ、一瞬何とも言い難い気持ちに襲われつつも、レイラは自身の行動とその結果を報告する。なんだか報告ばかりしている気もしたが、兄の献身で得た情報は貴重なものだった。

「お兄様のおかげで大まかにですが策のメドも立ちました。国王もお祖父様もですが影で暗躍していた為に買った恨みや抱かれた不信感があちこちで燻っているようで」

 王女の代役を務めている少年やお付きの侍女の様に身内を人質に脅迫されて従っている者。脅迫をはねつけ、結果肉親や地位など何かを奪われた者。良いように利用され切り捨てられた者。

(まぁ、私も王女に――少年に告白したどさくさで逃げ出すことが出来なければ彼らと同じ状態だったろうしな)

 レイラと幼なじみの侍女(アンナ)を救ったのは偶然と幸運、そしてレイラ自身の機転だった。どれ一つ欠けても今の状況は無かったことだろう。

(偶然と幸運に感謝だ。そして、私は勝ち取ってみせる……アンナや少年と一緒に笑い会える日を)

 レイラの決意は固い。

(べ、別に自分たちの居場所を勝ち取って心ゆくまでいちゃつきたいとか、その先にあるものを堪能したいとか、そんな理由では……)

 若干不純な動機も上乗せされているようだったが、だからこそいつものレイラである。

(いや、いかんぞ。そう、ついばむようなキスとか不意を突いての抱擁など……私が求めているのはもっと純粋なものでだな……)

「なるほど。となると……潜在する反国王派を扇動して国王を?」

「はっ、いえ。それで討ち取れるほど楽な相手では無いでしょう。少なくとも二重三重の反乱を仕込むか、こちらが不平分子の存在を密告して信用を得、油断させた上で事に当たるぐらいはしないと勝機はないかと」

 想い人との甘いシーンを一瞬頭に過ぎらせたところで兄から質問が飛び、我に返ったレイラは飛び散っていた冷静な思考を慌ててかき集めて返答する。

「だろうな」

 あっさりとレイルが頷いたのは、同じ見解だったからだろう。ただ、レイルが顎に手を当てたまま口にした提案は、レイラが既に脳内の卓上から丸めて投げ捨てたものだった。

「いっそのことその『お祖父様』をぶつけてやるか? 公爵家と王家がぶつかれば王家もただでは済まんだろう。両方が共倒れになってくれれば問題が一気に片づく」

「ですが、それではお兄様が」

 却下理由の一番大きな理由はまさしくそこにある。王家の反逆となれば一族郎党連座で処刑されてもおかしくない。兄の影武者の為、生まれなかったか死産扱いになっているレイラは処罰を免れるかも知れないが、公爵令息として世に認められた――謂わば『日向の存在』であるレイルに同じ手段は使えない。

「レイラ、前も言ったけどな、私はお前の為ならどのようなことでもするつもりなんだ」

「お兄様」

「それで命を失うとしてもな」

 レイラに見つめられ、レイルは照れたように頬をかくが、レイラもそのまま見送るつもりはなかった。

「では、許可できません」

「なっ」

「私の描くハッピーエンドにはお兄様の席も用意してあるのです。途中退場はご容赦願います」

 絶句したレイルにレイラは淡々と言ってのけ、想定していた作戦に修正を加える。

(お兄様、まさかそこまで責任を感じておられるとは)

 レイラは気づいていなかった。レイルが死すら厭わぬつもりで居た理由が責任感由来のものだけでなかったことに。

「しかしだな、騎士たるものいざというときは身の危険など顧みず使命を全うするものだろう?」

 つまりはヒロイズムというか自己陶酔の産物を多量に含んでおり、ついでにもう一つ今まで会うことすら出来なかったレイラへの愛情がレイルを駆り立てていたのだが、レイラに理解できるのはヒロイズムの部分までである。

「ですがお兄様、他に策もある状況下で何の落ち度もない使用人達まで巻き込まれるような策はとれません」

「わかっている。無関係な使用人は決行前に暇を出すと言う手もあるのだがな、言いたかったのはお前の為に命を惜しむつもりはさらさら無いと言う一点だけだ」

「お兄様!」

「そう声を荒げるな。命を惜しむ気はないが粗末にもしない」

 目くじらを立てるレイラにレイルは笑って言うと、侍女用に作られた控えの間へ引っ込んだ。

「お兄様?」

「少し待っていろ、お前の服を持ってくる。いつまでも私が戻らなければあのくそジジィが怪しむからな」

 かといってレイラが家に戻ったのでは飛んで火にいる何とやらだ。

「公爵家の内部事情は悪いが信用できる家人が居ないからな。私が姫の元に通う名目でここに来て、お前や姫に伝えることになると思う」

「わかりました。ではこの服を……」

 兄の言葉に頷くとレイラは服の襟元を広げ、ボタンを外し始める。

「っ! 待て、ここで脱ぐつもりか?」

「ええ」

 当然、レイルは慌てるがレイラは気にした様子もなく上着を脱ぎ終え、既にシャツのボタンに手をかけて――。

「私にも恥じらいはあるつもりですが、お兄様の前で着替えないのはフェアではないのです。何故なら、私はお兄様の着替えをいつも見せられておりましたから」

「いや、公平とか不公平とかではなくてだな……」

「そもそも、着替えだけではありません。お兄様の日記や手紙も筆跡を学ぶ為に見せられましたし」

「は?」

 尚もレイルは食い下がろうとするが、レイラの続けた言葉を聞いた瞬間、見事に固まった。

「ちょ、ちょっと待て……手紙? 日記?」

「ええ、恋文や日記の人にはちょっと聞かせられないあんな記載やこんな記載も」

「うぐあぁぁぁぁっ!」

 ぎこちなく動き出した兄の視線を受けながらレイラはこくりと頷き、続く言葉がかなりのダメージになったらしく侍女の服を着たままのレイルは絨毯のしかれた床の上で悶絶する。

「……レイラ」

「何でしょうか、お兄様?」

「なぁ、私はどうすべきだと思う?」

 絨毯の上で転げ回ること暫し、よろよろと身を起こしたレイルはレイラに問うた。

「おすすめの選択肢は、王とあのジジィを道連れにこの世に別れを告げるのと、行き先も告げずに旅に出るの二つなんだが」

 まるでレイラが先日幼なじみの侍女に聞いた時のようなすわった目をしていた。

(なるほど、アンナはあの時こんな気持ちだった訳か……)

 敢えて指摘するなら、アンナはレイラほど冷静ではなかった筈だが、それはこの際胴でも良いことである。

「とりあえず、お兄様は落ち着いて下さい」

 世の中、落ち着いてくれと言われて落ち着く人間は希有だと思われるが、聞き入れられない時はレイラも強硬手段をとるつもりだった。

「大丈夫だ、落ち着いて居るとも。そう言うわけで通してくれ。思い立ったが吉日、特攻あるの……」

(まぁ、こういう状況ではひっぱたくのが一番手っ取り早そうではあるよなぁ)

 かっての自分が幼なじみから受けた一撃を思い出し、胸中で嘆息しつつもレイラは腕を振り上げた。


ネタバレしてしまうので、「お兄様の受難」というサブタイトルを没にしました。


まぁ、兄って辛いですね。


続きます。

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