報告その二
「こうして私は愛しの姫をゲットしたわけだ」
「ゲットした訳だ、じゃなぁぁい!」
「うぐっ」
満面の笑みで戦果報告をしたレイラに待っていたのは、幼なじみの侍女に襟首を掴まれてガクンガクン揺すられる運命だった。
「心配したんですよ? 何度もミゲル様のところから飛び出しかけたんですよ?」
ただ一人の主なのだ。アンナからすれば心配なのは当然のことで、居ても立っても居られなかったのだろう。身を隠していなければならないと言う状況でさえそこまで気にかけていたのだ。
「すまない」
レイラは甘んじて受け入れていた。アンナの怒りを。何だかデジャヴめいたモノを感じてもいたが、そちらは気にしないことにした。
「とにかく、お兄様が来て下さって本当に助かった。身代わりの件があったとは言え誤解していたことを悔いるばかりだ。今なら何というかお兄様の靴の裏を舐めても良い程に私は感謝して居るぞ」
「いえ、私もレイル様のことはそれ程存じていた訳ではないのですが……レイラ様、その言い様は」
「いや、それぐらい感謝していると言うことだ。私にそう言う趣味はない」
何とも言えない目で見られて慌ててレイラは弁解する。
(対象がお兄様ではなくあの少年だったら……うん、大丈夫だ。そう言う趣味はない)
ついでに脳裏で相手のイメージを差し替えて、安堵もした。もっとも、見ている方からすれば今の間は何だと思うところなのだが、付き合いの長い敢えてアンナはスルーすることにする。
「だいたい私がこうやって大手を振って城から出てこられたのもお兄様のおかげなんだぞ?」
「言われてみれば、そうですね。でもどうやって?」
ミゲルの屋敷は城の外であり、説明を聞く限りではレイラが外に出るのは不可能な筈なのだが、レイラは現にそこにいるのだ。騎士の方の格好で。
「レイラ様、そのお召し物を見て嫌な予感がしてきたのですが、レイル様は?」
「もちろん侍女の格好で姫の側に控えていると思うぞ」
「……何させてるんですかぁぁぁぁっ!」
アンナの絶叫を責められる者はどこにも居ないだろうが、ここに騎士姿のレイルが居る時点で予測のついた事だった。
「私を思うお兄様の意に沿うただけだぞ?」
「どの辺りが?」
「お兄様は今までのことを本当に悔いておいででな。私の為なら王の首とて刎ねてみせるし、どのようなことでもしてみせると仰ったのだ」
レイルの言を受けて冗談半分にレイラが打診したところ、レイルは王女を演じる少年に侍女の服を要求したのだ。
「流石に私の着ていた服を着るのは少々倒錯的なので遠慮すると仰っていたが、女物の服を着るのに躊躇はなかったぞ」
兄の様子を見て、レイラは確信した。レイルが紛れもなく本気であったことを。
「あの、私の中のレイル様のイメージが音を立てて崩れ始めたのですが」
「安心しろ、それは私が通った道だ。双子の片割れとしては複雑なものがあるけどな」
引きつった表情で呟くアンナの前で、いかにも芝居めいた調子にレイラは嘆いて見せる。
「さすがはレイラ様のお兄様と言うことなのでしょうか」
「ちょっと待て、アンナ。それはどういう意味だ?」
「言葉通りですよ? 本当に大切な相手の前では手段とか外聞などうっちゃってただひたすら暴走するところとか」
「っ」
「レイル様もレイラ様が大好きなんですよ。愛は愛でもこちらは兄妹愛でしょうけれど」
心当たりがあったのか思わず言葉を失ったレイラにアンナは微笑む。
「そうか、そうなんだな」
「レイラ様?」
「いや、私にとって肉親の愛情というのはすごく新鮮だからな」
訝しむアンナにちょっと戸惑っていたんだとレイラも微笑みを返した。そこにあったのはいつもの二人。
「が、本当に大丈夫だよな? いきなり襲われたりしないよな?」
「ありません、って言うか色々ぶちこわしじゃないですか!」
「いや、同僚の騎士が……」
「同僚はいいですッ!」
いつもの二人だった。どこかズレたことを言ったレイラがアンナにツッコまれるといういつも通りの展開。
「ふぅ、何だか安心するな。いつも通りで」
「急になんですか?」
「いや、お前をミゲルに預けて数日だというのにな。少しアンナが遠くに行ってしまった気がしてたんだ」
「レイラ様」
きょとんとしたアンナの顔を見ながらレイラは少し寂しげに笑い。少しだけ呆れたように息を吐いたアンナはレイラに歩み寄ると幼なじみの身体を緩く抱きしめる。
「私はいつまでもレイラ様の侍女、そして……」
「うん、いつまでも友達、だろ?」
抱きしめられながら口にした主人の言葉にアンナは頷いた。
「わかってる……いや、私がどうかしていたんだ。姫とその……想いを遂げる機会はあったんだが何も出来なくて。そのくせお前はしっかりミゲルと……男と女の関係になっ
ていたって夢を見て」
「え゛っ?」
置いて行かれた気がしたんだ、とレイラは言葉を続けられなかった。
「えーと、アンナ。その何故か濁った発音の『え』の意味を聞いても良いか?」
再び訪れたデジャヴの予感を押さえ込みながら、レイラは声を震わせつつ問う。
「あー、えーと」
何故か視線を合わせようとしない幼なじみに。
「そもそも、何故目をそらす?」
「べ、別に目をそらしてなんて……」
「わかった、だったら正直に言えるな?」
「えー、あ……わかりました」
攻防は数十秒間、長かったとも短かったとも言える時間の先、二人の視線は再びあった。
「では、正直にお話しします」
「ああ」
どちらももう目はそらさなかった。
「冗談です」
「は?」
ただ、アンナの一言にレイラの目が丸くなって。
「だから、冗談なんですって。私だってたまには冗談も言うんですよ?」
「アンナ……」
「だって、レイラ様思ったより真剣に受け止めていらっしゃるから言い出しにくくて……」
何かを押し殺した声に首をすくめつつアンナは弁解してみるが、当然ことは収まらない。
「アーンーナー!」
「きゃー」
叫んで襲いかかる主人に押し倒されつつ、アンナは棒読みの悲鳴を口にする。それは、仲の良い年頃の娘達がただじゃれ合っているだけの光景だった。
「レイル、あれから……」
「「あっ」」
もっとも、第三者が見た場合、誤解させるの充分な光景でもあったのだが。結果的に、レイラが自分の正体をミゲルにまで明かす事になったのは言うまでもない。
遂にミゲルにまでレイラの秘密が……。
そんな感じで次に続きます。