拒絶
「レイラ、この際レイルにも知っていて貰おうと思うのですが……」
「はい」
頷いたレイラには王女を演じる少年が言葉を続けずとも何のことを言っているのか理解していた。問題は兄が信用に足るかだが、これについてはレイラ自身に一つ腹案がある。
「お兄様、姫様が今から明かされる事は他言無用です」
それでも釘を刺しておくに越したことはない。王女がレイルを信用しているから打ち明けるのだとレイラは強調し、兄を注視したまま脇へと下がった。
「レイラ……」
(うん。戸惑ってはいるが、いつものお兄様だ)
信に足る相手か見極めるような視線も念の為であり、レイラ自身はもはや疑っても居ない。影武者になるため見せ続けられた兄の行動からレイルが嘘をつく時の行動パターンは既に見抜いている。
「まず貴方にして頂いた求愛ですが、私には応じられません」
(姫様?)
ただ、レイラが見抜けなかったのは口を開いた偽王女の意図。紡がれる言葉の意味と先にある結論。
(何を仰って……)
「理由をお聞かせ願えますか?」
訪れた沈黙の中、レイラが少年の真意に気づくよりも早く、問い返していたのはレイルだった。
「そもそも私には求愛して頂ける資格がないのです」
「資格がない?」
「はい、私は本当の王女ではなく――」
身代わりに仕立てられた者であること、そして実際には性別までもが違うこと。
「なるほど」
「正直に申し上げるならば、同性であるはずの貴方に心惹かれてもおりましたが」
(まさか――と言うことは両思いだったのか)
完全に聞き手に回っていたレイルが少しだけ驚いたような顔で偽王女を見た時、レイラは別種の驚きと共に心を躍らせたが想定外の幸せは長く続かなかった。
「その後、私は貴方のふりをしたレイラと一緒になるよう命じられました。王女の死を隠し通し、同時に公爵家を手中に収めるため」
一緒になるのくだりでレイルの表情が険しくなるが、舞い上がっているレイラは気づかない。
「姫――便宜上このまま姫と呼ばせて頂きますが、ではレイラと姫は」
「いいえ、レイラは私を慕ってくれていますし、受け入れてくれると言っていますが……私にはレイラの想いに答える資格もないのです」
「「え?」」
「気づくのが遅すぎました。ですが、貴方に惹かれておきながらここでレイラと一緒になってはレイラも貴方も裏切ることに――」
思わず声を重ねたレイルとレイラの前で少年は俯く。
(なんだ、これは……私か、私がウジウジ悩んで打ち明けられなかったからなのか?)
一度は完全に掴んだ手がすり抜けて行くような感覚にレイラは愕然とした。もし、王女に告白した騎士が自分であったと明かしていればこんな状況は訪れなかったのだから。
「姫様、それでは姉は……私達はどうなるのです?」
「っ、ですが……」
当然自身と姉の安全がかかっている侍女はかみついてくるが、割り切るには王女を演じる少年が純粋すぎたのだ。
(私のせいか? 私の……)
呆けたレイラの耳は少年と侍女の声を素通しし、床に向いたレイラの視界はぼやけ、霞み始める。
「勘違いなさっているようですので、あえて申し上げます」
(……お兄様?)
心ここにあらずと言った様子のレイラが兄の声を認識できたのは、兄の一挙一動へ常に気を配れと言われ続けた習慣のせいだった。
「私は男を妻にする気などさらさらありません。また、先日の言は誠に勝手ながら撤回させて頂きます」
「そうですか……そうでしょうね」
レイルの声に棘が含まれていたことを少年は欺かれていたことへの憤りととったのか、沈んだ顔に苦笑を浮かべる。
「付け加えるなら、私は姫が嫌いになりました」
だが、レイルは容赦ない。
「それは結局のところ自分が大切な人間の身勝手な言い分です。貴方の言動で窮地に立たされる人が何人もいるのですよ? 私は裏切って貰って結構。むしろ『私への信義を守る』という理由で誰かが泣いたり身を危険にさらされるなんて状況になった方がよほど居心地が悪いです」
「……っ」
「人のせいにされては迷惑なんですよ。『人を裏切りたくない』と言う気持ちは立派です。ですが、『自分が人を裏切ったと言う事実を作りたくない』は自分が汚れたくないだけのエゴです」
「私の言い分はただのエゴだと?」
「そうですね、ついでに言うなら独りよがりでもありますか。……長々とくだらないことを言いましたが、私が貴方を嫌いになった一番の理由は」
レイルは偽王女に鋭い目を向けた後、視線で一人の女性を示して見せた。
「レイラを泣かせたことです」
「姫様……」
「……あ」
少年はそこで初めてレイルが怒っているわけに気づき、同時に己を恥じた。
「女性を泣かせることは罪ではありませんか? もし申し訳なく思うなら――責任をとってレイラを大切にしてやって下さい」
レイルからすれば、王女に告白したのはレイラしかいないのだ。王女を演じる青年を見る目、同性であるにもかかわらず心惹かれていたと少年がもらした時の嬉しそうな表情、全てが語っていた。レイラが少年を本気で慕っていることを。
「レイラはもう姫が嫌いになったか?」
などと問うまでもない。レイルが敢えて口に出したのは、鈍い少年に思い知らせる為だった。
「姫様……お兄様がお好きなのでしたら毎日でもお兄様の格好をします。ですから、お側に……どうか」
「レイラ……ごめんなさい、ごめんなさい」
涙は女の武器という。勿論この時レイラは本当に取り乱し泣きじゃくっていたのだが、結果的にこれが少年の心に大きく作用した。
「さて、少し席を外しませんか?」
複雑な気持ちを抱えつつもレイルは表面上何事もない様を取り繕いつつ立ちつくしていた侍女に声をかける。状況を顧みれば二人が邪魔者なのは誰の目にも明らかだったのだから。
かっこいい兄貴、書くの難しいですね。
うまくいくかと思った恋模様、怪しくなった雲行きを打ち消したのはお兄様でした。
そういうわけで続きます。