取り戻された時間
「「なっ」」
侍女と王女が同時に目を見張り、瓜二つの男女を交合に見やる中。
「何故今になって、しかもこんな時に……」
レイラは肩を震わせ、拳を握りしめていた。レイラからすれば兄のレイルは初対面ではなかった。幼い時から影武者に仕立てられることが決まっていたレイラは、代理が務まるよう兄の立ち振る舞いや趣向を教え込まれていたのだ。
「さぁ、あれが兄君です。良いですか、お前は常に兄君のように振る舞うことを心がけなさい」
「わかりました。しかし、なぜちょくせつあわずにこんなところからみるのですか?」
「お前の存在を兄君はお知りにならないからです」
この時のレイルはまだ幼く、レイラの存在を知れば影武者など当然反対したことだろう。そう言う理由で本物の公爵令息がレイラの存在を初めて知ったのはずいぶん後になってのこと。
「何故だ、何故このような真似をしたッ!」
「レイル様、当主様のご意向でございますよ?」
血を分けた肉親が人生を投げ捨てるような真似をさせられていたことを知り兄は激怒したが、レイラはそんな事情など知らない。レイラを影武者に仕立てたしつけ係が一言話しただけである。
「お兄様がお前の存在を知った」
と。だからこそ、押さえてきた激情が理性を振り払い、レイルの頬に拳をめり込ませたのだ。兄は祖父の方針を黙認しているものだと思ったから。
「レイ……ラ?」
頬を押さえながら身を起こした兄の声にレイラは頷いて見せる。ごく自然と。見つめ合う一組の男女はまるで鏡の前に立つ人のようだった。侍女に化ける為レイラは髪型をいじっていたし、薄く化粧もしている。レイルは殴られた時口の中を切ったのか一筋の血を口から流していた。そもそも侍女と騎士では服装がまるで違うと言うのに。
「……ッ、すまないッ!」
「お兄様?!」
止まった時が動き出すことで鏡に向かう人の図が崩れる。騎士は床に頭を叩きつけるがのごとく頭を下げ、レイラは兄の行動に狼狽える。
「私がもっと早く知っていれば……あのくそジジィに引導を渡してお前を自由にしてやれたというのに」
レイルは顔を上げることなく、呻くように言葉を紡ぐ。
「しかも、お前が一番難しい局面に至った時、側にいられなかった」
悔恨の念を語るのは強く握りしめた拳と今だ上げぬ頭。
「詫びて済むとは思っていない。私がこうしたいからしているただの自己満足にしかお前には見えないかもしれない。だが、それでも……それでも、私はッ……」
王女の前だというのにレイルの意識はただレイラにのみ向いていて。
「……お兄様」
レイラの誤解が解けたのはまさにこの瞬間だった。正確に言うなら誤解が完全に解けたわけではなく、祖父のように自分のことを道具扱いしていたわけでは無いと認識を改めた程度ではあったが、生まれてからレイラが送ってきた日々を考えれば無理もない。
「頭をお上げください」
「しかしッ」
むしろ、ここまで平身低頭されたことに若干ながら困惑もしていた。
「姫様の御前ですよ?」
「「はっ」」
王女をダシに使ったのは無意識にだったが、ここに来て二人は同時に気づいたのだった。部屋の主をそっちのけで兄妹の初顔合わせをしていたことに。
「あのー」
「「し、失礼しました」」
王女の声を知覚したレイルとレイラは同時に頭を下げた。それはもう先ほどのレイルの如く――とまではいかなくとも床に額を擦りつけんばかりにである。
「もう良いのです、頭をお上げ下さい」
「「はっ」」
謝罪の言葉を口にした兄妹に面を上げさせると、王女を演じる少年はいつかの様に手を組み直した。
「よく似ているとは思いましたが、そう言うことだったのですね」
少年は、二人のやりとりからある程度の事情を察し微笑む。
(しかし、参ったなぁ。と言うことは僕が最初に見とれたのはやっぱり男で……)
問題があるとすれば、先日の告白を本物の公爵令息の告白と認識し、内面で密かに凹み苦悩している事だろうか。
(この状態でレイラさんと一緒になるのは裏切りだよな)
「も、申し訳ありません」
まさに本来の性別で対応した時少年にレイラが抱いた葛藤と苦悩をまるで再現するかのような心理状態になっているとはレイラも気づかない。偽王女である少年の謝罪とめまぐるしく変わる状況にいっぱいいっぱいだったのだから。
「姫様、先ほどの物音は何事ですか?」
「いえ、何でもありません……場所を変えましょう。奥で話した方が幾分かは都合がよろしいでしょう」
外に居る警護の騎士への返答に続ける形で少年は二人を促し。
「「はい」」
兄妹は揃って頷く。絆は取り戻され、殆ど始まっても居ないような状態で止まっていた二人の時間が動き出す。
「つもる話もあるでしょうが、レイルにも聞いて欲しい話があるのです」
ただ、少年にも打ち明けねばならないことが出来ていた。それが誤解の産物だとは気づかずに。
「場合によっては貴方方に謝らなければならないことなのですが……」
心を痛め、表情を曇らせる。
「「ひ、姫様?」」
「まず奥に行きましょう」
沈んだ表情に驚く二人へ頭を振ると、少年は再度二人を促した。
何だかややこしい誤解が生じてしまいました。
これはレイラが再びピンチか?
とはいうものの、何やら味方っぽいお兄様の登場で殆ど『詰み』の状態だった状況が好転しそうな感じですよね。
果たしてこの先どうなるのか?
続きますよ。