珍客との邂逅
「姫様のお部屋にですか?」
「はい、貴女の待遇は私と同じ姫様お付きの侍女と言うことになります。姫様に人目を忍んでここに通って頂くのは無理がありますから」
冷静さを取り戻した侍女に告げられ、目の前の侍女とそろいの服に腕を通したレイラの胸によぎったのは幼なじみの侍女の顔。
(いかんな、何とか無事を伝えたいものだが……)
王女お付きの侍女では自由になる時間も限られるだろうし、王女の警備が監視の役目を兼ねている可能性もある。
(うかつに動くのが危険なのはわかっている。けどアンナは安心させたいし、もしアンナがミゲルのもとを飛び出すようなことがあったら)
爪が食い込むほど拳を握りつつ、表面上何ごともなかったかの様な表情でレイラは侍女の後ろを歩いていた。別に後ろを歩かずとも王女の警護もしたことがある城勤めの騎士なのだ、王女の部屋までの道はわかる。
(と、言うことは私が居たのは主に文官の――兵や騎士の詰め所とは逆方向だな)
囚われていた場所から、首謀者ではなく自身をさらった実行犯の手がかりぐらいは得られないかと微かに期待したレイラだったが、世の中はそうそう都合良くはいかない。もちろん、侍女の格好で同僚と出くわす様なことがなさそうなことだけは偶然にたすけられたのだけれど。
(ミゲルとすれ違う可能性も低いだろうし、大隊長の身分じゃ部屋の警護なんて仕事は回ってこないだろうからな。ミゲルとつなぎをつけるのもかなり難しい、か)
王位簒奪という大風呂敷を広げても足がかりになるような状況に出くわすどころか親しい人との連絡もままならず。
(諦めるな、考えるんだ。アンナを危険な目に遭わせるわけにはいかない。心配もかけたくない)
もしレイラが椅子に座って机に向き合っていたら、苛立たしげに指で机を叩いていたことだろう。打開策が出てこない焦りを机に八つ当たりして。
(ミゲル以外の同僚に事情を話すのは危険だし、話しかけた騎士が監視を兼ねていたらそこで終わりだ)
欲しいのは外部との信頼できる連絡手段。
「良いですか、人目につきそうな侍女としての仕事は私がやります。私達は一蓮托生なのですからくれぐれも……」
(信頼できる相手……くっ、こんな事ならもう少し交流しておくんだった)
侍女の言葉も上の空で、レイラが悔やむのは同僚騎士達と付き合いの悪かったこと。正体がバレることを警戒していたのだから無理もないのだが、ないもの強請りをしてしまうのもまた人間である。
「聞いて居るんですか?」
「あ、や、すみません」
「……考えなければならない事が多いのはわかりますが、気をつけてください。一つ間違えば私も姫様も終わりなのですから」
感情の殆ど籠もらぬ視線と一緒に投げて来た一言にレイラは返す言葉もない。
「ごもっともです、それで何が」
聞きこぼしていた話の内容を尋ねると、侍女が告げたのは王女へ来客予定があると言うことだった。
「来客ですか、どなたが?」
「ギルバーオレスト公爵令息のレイル様です」
レイラが耳を疑ったのは言うまでもない。つい先日までレイラがそのギルバーオレスト公爵令息だったのだ。
「あの、なんと?」
「ギルバーオレスト公爵令息のレイル様です。しかし、貴女をレイル様と入れ替えるにはいささか問題がありますし」
この侍女からすればレイラが公爵令息と入れ替わるには怪しまれない程度の立ち振る舞いを先に仕込む必要があると見たのだろう。だが、レイラにしてみれば騎士としての立ち振る舞いも公爵令息としての立ち振る舞いも、寝ぼけていてさえ出来る日常の動作なのだ。
(何者だ? お祖父様が懲りずに影武者でも仕立てたか? だがこれは……まさに好機だ)
千載一遇の機会、世の中は意外に都合良く動いているのかも知れない。
(今の内に秘密をばらして少年とこの侍女に協力してもらえれば、私はレイルとして大手を振って城を歩ける)
よくぞこのタイミングで影武者をよこしてくれたと、思わず祖父に感謝すらしたくなったレイラだったが、侍女の続けた言葉を聞いて思わず唸った。
「レイル様は間もなくいらっしゃいます、貴女は物陰から様子を見て……」
どうやら考え事をしていた為に二人へ自身の正体を明かす機会を失ったらしい、とレイラが気づいた頃にはもう遅い。来客に備えて侍女は去って行き、レイラは侍女のために作られた控えの間に一人残された。
(千載一遇の機会が……くっ)
自らのミスに凹み悔やみながらもレイラはゆっくりと歩き始めた。入れ替わりは無理でも影武者の顔ぐらいは見ておく必要があると踏んだのだ。分家の誰かを身代わりに立てたのなら相手が本当に誰かぐらいはレイラにもわかる。
(誰だったとしても信用など――)
できない、と胸中で続けるよりも早く、レイラは硬直した。
「姫、お目通り許されましたことを感謝します」
「まぁ、それほどかしこまらなくても……」
(何故、何故……)
我に返った時、レイラは既に物陰を飛び出していて。
「は じ め ま し て、お兄様っ!」
「おぶっ」
ドスの効いた声と共に繰り出した拳で実の兄を殴り飛ばしていた。
まさかのお兄様登場!
超展開? ご都合主義? 行き当たりばったり?
た、ただの伏線回収ですよ?
さて、そういうわけで続くのです。