報告
「こうして私は愛しの姫をゲットしたわけだ」
「ゲットした訳だ、じゃなぁぁい!」
「うぐっ」
満面の笑みで戦果報告をしたレイラに待っていたのは、幼なじみの侍女に襟首を掴まれてガクンガクン揺すられる運命だった。
「心配したんですよ? 何度もミゲル様のところから飛び出しかけたんですよ?」
ただ一人の主なのだ。アンナからすれば心配なのは当然のことで、居ても立っても居られなかったのだろう。身を隠していなければならないと言う状況でさえそこまで気にかけていたのだ。
「すまない」
レイラは甘んじて受け入れていた。アンナの怒りを。
「だがな……人払いはしてあるとはいえ、今の私はこの国の王妃なんだぞ? 人が見たらどう思われるやら」
「わかっています。ですが、レイラ様は私の……」
「うん、そうだ。幼なじみで、友達だ」
ずり落ちかけた宝冠を押さえながらレイラはアンナに笑いかけ、もう一方の手で抱き寄せる。
「友達だから聞くが、あの後ミゲルとは上手く言ったのか?」
「上手く……とは、どういう事です?」
「決まっているだろう。それを私に言わせるのか?」
胸に抱いたアンナが上目遣いに見上げて返してきた問いにレイラは悪戯ぽい笑みで応じた。
「レイラ様こそどうなんですか? 姫様に出されていた指示からするともうこのお腹には御子が?」
「いいか、アンナ。想い人が身体を許してくれるなんてシチュエーションの場合、人が取る行動はだいたいパターン化される」
一つは、どこか恥ずかしくなりつつも好意を受け入れる。一つは、感極まり激しく燃え上がる。
「そして、一つは気圧されたり恥ずかしくなったりグデグデになったりで、結局何も出来ずに終わる」
「何だかレイラ様がどれを選んだのか一瞬でわかったのですが」
レイラはすごく良い笑顔を浮かべていた。どことなく目が泳いでいて、アンナと目が合うたび目をそらすせいで語るに落ちている以外のなにものでもない。
「……自分で自分が情けない。突撃はどうした、突撃は!」
「そもそもそんなに簡単に腹がくくれるものでもないですよ。一生の大事ですし、思い出には美しく残したいじゃないですか」
「……ということは、アンナもか」
やたら力説する幼なじみの態度に何かを察してレイラがアンナの顔を見ると、今度はアンナが顔をそらす。
「あ、その……まさか、レイラ様はまだなんて……」
「この裏切り者ーッ!」
と、思わずレイラが叫んだとしても誰も責められまい。いや、責められなかった筈だろうが叫ぶ事も出来ずレイラの身体は不思議な浮遊感を味わい。
「んぶっ!」
顔に感じた痛みと衝撃は顔を何かにぶつけたのだろう。痛みは顔だけでなく腕や足、横腹にもあって。
「夢、か」
覚醒したレイラが始めに目にしたのはピントのずれてぼやけた床だった。寝ぼけてベッドから落ちたのだろう。
「大丈夫?」
大きな音でもしたのか、ベッドの上からは目を覚ました少年が心配そうにレイラを見つめていて、レイラの恥ずかしさを倍増させる。
「大丈夫です」
涙目になりながらもレイラは声を絞り出し、伸ばした手でシーツを掴むと自分の身体をベッドの上に運び上げた。
「甲斐性なしでごめんなさい」
「いや、それは僕の方で……」
結局、二人が同じベッドでしたことと言えば、王位簒奪に向けた今後の打ち合わせをし疲労回復のために普通に眠っただけだったのだ。
(そもそもああいう状況で人はその種の欲求を丸出しに出来るものなのか? 普通、躊躇するよな?)
レイラは言い訳じみた疑問を胸中で呟きながら身じろぎし、少年は謝った体勢からまだ顔を上げられずにいた。
「この話題はとりあえず置いておきましょう。最悪、そう言う衝動誘発する薬でも用意して貰うとして」
その発言自体がある意味沽券に関わるものである気もするが、レイラにしろ少年にしろすべき事はたくさんあり、時間は有限なのだ。
「今の私達には頼れる味方もほとんど無く、人質まで取られており状況は芳しくありません」
逆に言えば、だからこそ王位簒奪――造反することなど思いも寄らないことだろうが。
「武力で打倒するにしても兵力が無く、上に従う傀儡なのですから権力も無いようなもの」
対して王は多くの兵を有し、権力は言うに及ばず。
「だとすれば、相手の力を無効化するか無視する手段を有するもしくはこちらが相手に対抗できるだけの力を手に入れなければ勝機はあり得ません」
無効化もしくは無視する手段の一つは暗殺。力を使う前に倒してしまえばいいと言うしごくシンプルな思考の先にあるものだ。
「暗殺の問題点は成功率の低さから来るリスクの高さと、姫様が王位継承順位第一位でない点にあります」
せっかく王を倒しても別の者が王位を継いでしまっては意味がないのだから。
「姫様の秘密を後継者が知っていたとしても知らなかったとしても、最悪の事態が想定できますから」
知っていた場合、醜聞沙汰を恐れて偽王女を密かに始末しようとする可能性があり。
「知らなければ、姫様に結婚話が持ち上がる可能性もあります」
結局秘密はどこかでばれて身の破滅を迎える可能性がある。
「だったら姫君か私達に協力してくれる王族が国王にならない限り、人質を含む身の安全は確保されません」
協力者を王位につけるのは妥協案だが、そもそもレイラ達に協力してくれるような王族が居るかどうか。
(ミゲルや団長が協力してくれれば心強いが、危ない橋を渡らせる訳にもな)
そもそも騎士が主である王を害する計画にすすんで荷担する筈もない。
(が、どこにでも例外は居るからな)
一応条件次第で荷担しそうな同僚をレイラは知っているが、見返りに要求して来るであろうものは今のレイラに払えるものでなく、また主を報酬次第で裏切るような輩である。見返りを受け取ったとたん裏切られてもおかしくない。
(野心家の王族がいれば、実家やあの騎士を利用してつぶし合いさせるのも不可能じゃ無いと思うけどな)
前途は多難である。
「とりあえず、姫様の侍女が帰ってくるのを待ちましょう。全てはそれからです。私も下着以外の衣服が欲しいですし」
毛布代わりの布を身体に巻きつつレイラは呟く。その頬は微かに赤く染まっていた。
何故だろう、終わるどころか新章突入しそうな流れなんですけど。
恋を置き去りにした謀略劇?
果たして物語はそんな方向に転がってしまうのか?
実際のところアンナとミゲルはどうなった?
そんな感じで続いてしまいます。