真実と混沌
「それで、僕は弟の身の安全と幸せを条件に身代わりを引き受けたんだよ」
口調は少年のものながら声は鈴を転がしたような少女の声で少年はレイラに事情を語った。
「そこの侍女も似たような理由。打ち明けてくれたのはつい最近だけど」
自身の存在が元で秘密が露見したならそれは自分の落ち度。
「失点で人質の身が危なくなると思ったんだろうね。彼女が取り乱してるところを見たのは、事情を打ち明けてくれた時を除けばさっきが初めてだし」
「でも、よろしいのですか、そんなことまで打ち明けて?」
先ほど攻撃を仕掛けてきた侍女からしてみれば、混乱していたとはいえレイラを始末してでも隠そうとした秘密の筈なのだ。軽々しく打ち明けて良いものの筈がない。
「あの状況で貴女が殺されれば、確保した有用な人物を勝手に殺害したとして彼女は処罰されていた。貴女が勝って逃げられたとしても彼女は罰を受ける」
「なるほど」
どちらに転んでも侍女は処罰されると言うなら。
「私が黙っている以外にあの侍女を救う方法は無いと考えたわけですね」
「そう。もちろんお願いできた義理ではないよね」
相手は保身の為レイラを殺そうとしたのだ。普通に考えれば誰でも少年と同じ結論に至るだろう。
(だいたい状況は把握したな。あの時、塔のバルコニーで見た表情の理由もわかった)
ただ、レイラはもう侍女の事など気にしていなかった。想定外の事実に衝撃を受けてかえって冷静になった思考は別の問題に直面していたのだ。
(しかし、ここは私の方の事情も打ち明けるべきか)
侍女の出現と少年自身の暴露からなし崩しに王女の秘密を知ってしまったレイラだが、レイラの秘密を目の前の偽王女と侍女は知らない。
(隠しているのはフェアではないが、そもそも姫――この少年は私のことをどう思っていたのだろう)
レイラは以前、騎士のレイルとして目の前の少年に告白している。その時は返答を保留されたのだが、正体が少年だったのでは無理もない。
(同性でもOKと血迷ってくれるほど私に好意を抱いてくれていたなら脈があるとわかったんだがな)
当時は周囲に人の目があった。血迷われたら相当な醜聞沙汰であり大騒ぎに発展していた筈なのだが、幸か不幸かレイラの思考にツッコむ幼なじみはここに居らず、レイラも流石に心の声を吐露するようなことはない。
(いや、待て。それで血迷ってるとしたら、当時の私も血迷っていたことになるじゃないか)
つまり、レイラが秘密を明かすと言うことは同性でも構わず告白した女であることを明かすことでもあるのだ。
(いや、後悔はない。後悔はないんだが……ドン引きされはしないだろうか? いや、引かれるだけじゃなくて同性が好きな人と認識されたら……)
想い人との障壁が無くなり距離が縮まったと思った瞬間、レイラの元にやってきたのは恐怖という名の感情だった。
(失敗したか、失敗したのか? あそこで獣になっておくべきだったのか? 教えてくれアンナ!)
取り乱しつつ救いを求めた相手は今ここには居ない。居たとしたら、まず獣がどうのという件に盛大にツッコミを入れたことだろう。
(もういっそのこと黙りを決め込んで、黒幕の思惑に乗ってみるか? そうすれば少年との夫婦生活ゲットで目的達成と言うことに……いやいや、安直な方向に流れてはダメだろ、そもそも真の幸せは……)
「あのー」
「はっ」
レイラはどれほど己と戦っていたのか。我に返れば少年とその侍女がレイラの顔をおずおずと覗き込んでいて。
「うー、あー」
形容しがたい気持ちで悶え転がりたくなりながらも奇声を発し自らの頭を鷲掴みにして耐えたレイラはかって騎士としてそうしたように少年の前に片膝をついた。
「私は」
王女に想いを告白した騎士は、かの時と寸分違わぬ姿勢で言葉を続ける、恋をしていましたと――。
「こ、こ……」
言う筈であったのに緊張と恥ずかしさといたたまれない気持ちがレイラの告白を阻害する。
「こ、子供は多い方が良いです」
そして、よりによって口をついて出たのは本来の意図とはかけ離れたものだった。
(ま、待て! 何を言って)
「……そ、それは黙っていてくれると言うか僕たちに付き合ってくれると受け取って良いんだよね?」
「あ、はい……」
言い直しは出来ず、更なる混乱中に機先を制されたレイラは頷くことしかできなかった。
(何たる失態。いや、まぁ確かにこの流れなら少年とは結ばれる事も出来るだろうが)
レイラの欲しい未来は、これじゃない。
「ただし、私にも付き合って貰います」
騎士の礼まで取っておきながら、やらかした発言のせいでレイラが告白した騎士だとは気づいて貰えなかったとしても、結末だけは変えてみせると。
(姫がこの少年だったというのなら、貞操方面とかは問題ない。嫁になれと言うならなってやるっ!)
だが、全てを黒幕の思い通りにさせるつもりはレイラにも無かった。
(代価は貰うぞ。私と姫の――この少年のハッピーエンドというものを)
満面の笑みの中、目の奥に炎を燃やしながら少年達を手招きし、レイラは打ち明ける。
「王位の簒奪劇に」
絶句する二人には構わず、レイラは少年の手を取ると侍女に顔だけ向いて言う。
「権力を奪ってしまえばお二人のご家族も安泰。特に弟君には今後義弟になって貰うのですから私にとっても大切な方です」
果たしてそう言う問題だろうか、と表情で語る二人のうち先に我に返ったのは少年の方。
「へ?」
握られた手を引かれたのだから当然の反応かも知れないとしても。
「少なくともここは上からの指示に従っておかねばならないでしょう?」
「それって、つまり……」
「これ以上は言わせないでください。それから、貴女は姫が上手く私を誑かしたと言う報告をお願いします」
自身の言動にきっちり頬を染めつつも、レイラが侍女の指示に織り込んだ報告はあながち間違っていない。少年と結ばれることにレイラ自身は乗り気なのだから。
「お嫌でしたら、仰ってくださいね。無理強いする気は私には……」
「いや、嫌というか、心の準備が……」
最終的に近しい結末になる予定だった筈だというのに、レイラが目覚めた部屋へ戻って行く二人を眺める侍女はひどく疲れた顔をしていた。
「……喜んでいいのでしょうか?」
そして、微妙に腑に落ちないものを感じつつもレイラの指示通りの報告をすることとなる。
どうして、こうなった。本当に、いろいろな意味で。
あれ、完結しない?
と言うか妙にムードのない展開で二人の距離が急接近しました。
ともあれ、こうして王位簒奪に向けたレイラの暴走が始まるのでした。
はたしてレイラは少年に至高の冠を授けられるのか。
そもそもこの状況からどうやって簒奪をやってのけるのか?
そんな感じで次に続きます。