できすぎた偶然
「もう一度説明してもらえる?」
「姫様、お言葉を」
侍女は王女を演じる少年に言葉遣いの訂正を求めてきたが、少年からすればばかばかしい限りだった。
「話の内容が漏れた時点で拙いのだからわざわざ口調を取り繕う意味もないだろうに」
「常日頃から使っていないといざというときにボロがでてもおかしくはありません」
「わかってる……わかっています、それでも此度の思し召しは」
侍女の言にも一理あることはわかっていた。だが、届けられた指示には反発を覚えざるを得なかったのだ。
「王女様の身代わりをする事になった時、もはや男としての自分はないものと考えておりました。それを今更何故なのです?」
「陛下のお考えを一侍女に過ぎぬ私が存じ上げよう筈もございません。『用意した娘との間に子をなせ』と、私はその言づてを預かったに過ぎないのですから」
激情を抑えるような少年の――魔法で少女のものに変えられた声に、侍女は淡々と答える。顔色一つ変えず、いつものように側に控えて。
「当然ですが、声を出すことはなりません。口説くのであれば少々お手を煩わせますが筆談でコミュニケーションをとって頂きます」
王女の顔で身体は少年、ここまでならまだ誤魔化しようはあると侍女は言う。
「『父親は王族であるものの庶子の上生まれつき声が出せず、それ故に幽閉されていた』というのが、その娘と居る時の姫様の肩書きです」
王女に似ているのは血の繋がりがあるから、存在が伏されていたのは声が出せない――しゃべることが出来ないことと庶子という出生の為であるとすれば辻褄が合うということなのだろう。
「つまり、私がその娘との間に作る子は私のように王族の影武者に仕立て上げられる子ということなのですか?」
そうまでして子を作れと言うのであれば、一生女性とは縁のない生活を強いられる事への温情ということは考えられない。そもそも少年の存在意義は王女に酷似した顔にだけあると言っても過言ではなかった。ただし、王族に顔立ちの似た女性との間に子を作らせ、今の自分のように偽物の王族としてでっち上げるというならわかる。
(わかりたいとも思わないけど……)
もともと少年にとっては王族など雲の上の人だった。政の上で己の身を犠牲にしなければならなかったり感情を切り捨てて動かなければならないのが国のトップにあるものだと偽王女になって初めて気づかされたのだが、少年は割り切れるほど大人でもなく若さ故の潔癖さも持ち合わせていたのだ。
(僕は自分から引き受けたんだ……他に道がないとはいえ。けど、相手の娘のことは何も聞いていない――!)
王族と偽られた自分に貞操を奪われ、あまつさえ子を産まされるという理不尽を見も知らぬ娘に味わわせなくてはならないのか。
(ただ、その女が王族に似てるというだけで)
この時少年は自分にあてがわれた娘のことを完全に誤解していた、王族の誰かに似た娘なのだろうと。
「存じませんと申し上げた筈です。私は一使用人に過ぎませんし、質問する権利も持ち合わせてはおりません」
実際に口にした問いかけは生まれた子についてのことのみで、件の娘が王族に似ているのではと言う推測を少年は口にしていない。少年の誤解に気づかなかったのか、言う必要がないと判断したのか、侍女は向けられた問いにのみ知らぬと答え、結局少年は相手の娘と出会うまで勘違いしたままだったのだ。
(ええっ)
扉二つ先の部屋に娘が居ると聞かされて足を運んだ少年が目にしたのは、手足を縛られながらも身体をかがめ今にも飛びかかろうとする女性の姿だった。
(この顔……)
今にも飛びかかろうとする体勢にも驚きはしたが、一番の衝撃は女性の顔だった。
(王族じゃない、レイル……あの騎士にそっくりなんだ。なんで……)
「んんぁぁ!」
(……っ、危ない!)
驚きに惚けた少年は布をかまされた女性の声で我に返るが、気づいた時には遅かった。
「ん゛んッ」
足を縛られていたからか、バランスを崩した女性がよろめき転倒したのだ。
(いけない……)
くぐもった悲鳴を聞いてもかろうじて自制していたが、その後女性がもがく様を見て少年は思わず部屋に踏み込んでいた。顔を見るだけと自身に言い訳し、この部屋に足を向けたことなど少年の頭からは既に飛んでいる。自分の立場も、目の前の女性がどういう対象であったかも。
(せめて拘束を解かないと)
「ん゛ー!」
起きあがろうとする女性の姿を見て少年は迷うことなく歩み寄り身体をかがめた。布をかまされたままの女性が何か声を上げていたが拘束を解かないことにはどうしようもない。
「んん゛ーッ、ん?」
手首の縛めを解こうと引き寄せた女性の手が自分の胸に触れたことも、なにやら女性が驚いていることも少年は構わなかった。
(手が自由になればあとは自分でやれるよね)
女性の身体に触れることには抵抗を感じたからこそ一つ解くだけですむ腕の縛めを解いたのだが。
(へ?)
女性は少年を見つめたまま呆然としていて。
(なん……っ!)
少年は少年で女性が下着姿であることにようやく気がつき、赤面する。二人そろって我を忘れ、息を吹き返すのは少々先のこととなる。
思い人と同じ顔の異性との邂逅。できすぎた偶然の出会いがもたらした衝撃に二人はまだ立ち直れずにいたのだから。
「ほほう、さっそくあの娘の元に向かったか。忠義者よな」
一方、少年が拉致した侍女の元へと向かったという報告を受け、国王は満足げに口の端をつり上げていた。
「予定通り事が運べばもう暫し王女として飾っておいてやるもよかろう」
もちろんいつまでも他者の目を欺けるとはこの王も思ってはいなかった。男にはやがて髭も生えてくるものであるし、体格や骨格によっては今後少年が男性らしい体つきに成長する可能性もあるのだ。
「もともと病で逝ったのだ、療養ということで表舞台より消えても問題はなかろう」
いっそのこと子が生まれた事実だけ得てから少年と侍女共々始末してしまうという選択肢も王は考えたが、それでは公爵家に手綱を付けるという目論見を諦めることとなる。侍女を公爵に仕立てたまま少年だけ始末した場合、独身になった公爵という肩書きの女が一人残ってしまう。
(王女を妻にした男への後添えを申し出てくるような者は居らぬだろうが)
妻が居ても妾を持つ貴族は多い。偽王女が妾を持つことを許さないと言っていることにすれば少年が居る限り偽公爵にすり寄ってくる女共を遮断できるが、偽王女という防壁をとり除いてしまえば、高位の貴族であるが故に「自分を妾に」と言い出す女が居てもおかしくはないのだ。
「つがいでなければ危ういか、厄介な事よ」
結局二人セットでなければ機能せず、王としては少年の手腕に期待するしかなかった。
「せいぜい励むがよい。あの娘の心を虜に出来れば公爵代行の話もつけやすくなろう」
王の権力で押しつけるよりは自分から進んで引き受けさせるべき。そう考え、王は捕らえた侍女との対面を伸ばし、先を少年に譲った。上手くいかなければ権力を盾に強制するだけなのだから、王からしてみればどっちに転んでもいい訳だった。
まさか、少年がただ顔を見るだけのために娘の元へ足を運んだなどとは知るよしもない。
こうして、誤解とすれ違いによって茶番はもう暫し続くこととなる。
お待たせしました。
いよいよ本来の性別で対面することとなった『わけあり姫』と『偽りの騎士』。
王の思惑通り二人はくっつくのか、それとも……
そんな感じで続きます!