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始まりで序章


「なぁ、もし自害するなら私はどっちの作法に則ってすべきだと思う?」

 アンナ・ワーレットは頭を抱えていた。いや、途方に暮れていた。先程返ってきた主がすわった目をして、問うたのだ。

「思わず戻ってきてしまったのもまずかった」

 などとも呟いていた主人は貴公子然とした衣服に身を包む金髪碧眼の美少年で、整った顔立ちには思わず見とれる同僚もいるぐらいだ。見目麗しい異性に目を奪われることは、年頃の少女なら全然おかしいことはないと、アンナは思う。もっとも、姉弟同然に育ったアンナは同僚達とは違いとある事実を知っていた。

「検分されることを考えるとやはり女性として……」

 そう、主人は少年ではなく、少女なのだ。わざわざ男装をしている訳だが、これにも訳があって……一言で言うなら『兄の代理(かげむしゃ)』なのだ。


 元々主人は、双子に生まれたと言うだけで人の目に触れることなく殺されるところだったのだが、主人の祖父がこれを止めたのだ。

「殺すことなどいつでも出来よう。万が一の時の影武者として育てておけば、何ら役に立つ日が来るやもしれん」

 人の情とも肉親の情ともかけ離れた打算的な理由で。もっとも、主人を殺すべきとする根拠も双子が生まれると家が二分されて内より滅びるという古くさい言い伝えが理由なのだから馬鹿馬鹿しい限りである。


 ともあれ、そう言うわけで彼女の主人(レイルことレイラ)の言う作法とは、騎士としての自決か淑女としての自決かと言うことになる。

「まさか、秘密が」

 性別を偽り兄の代理をしていることが誰かにばれたのだと、アンナは思ったのだ。

 彼女(アンナ)の仕える主人、レイル・ギルバーオレストは騎士として女人禁制の騎士団に所属している。もし女性だとばれたのならば大問題である。主人の態度というか口をついて出た言葉も頷けようものだった。

「やはり、ここはお父君にお伺いを立てた方が……」

 こんな事態の処理が一侍女に過ぎないアンナに出来ようはずもない。主人にはアンナが寝不足の時に使用している薬を盛って、とりあえず眠って頂いているが、早馬を飛ばしても、何らかの答えなりリアクションが返ってくるのは明日の朝以降になるだろう。

「どうしてこんなことに……」

 貴族位を持つ者が主人である王を偽り身代わりを立てていたことが露見したとなれば、処罰はどこまで及ぶのか。お家取りつぶし、などと言うことになれば路頭に迷う者も多数出る。

(……レイラ様)

 だが、アンナにとって大切なのは、己の身よりも主人だった。状況次第だがあの思い詰め様からすれば、その主人が命を持って償わなければならないほどことは重大なのだろう。

「……日が沈む」

 絶望にうちひしがれながら見る窓の外は、山に接した夕日によって何もかもが茜色に染まっていたが、アンナにはこれがギルバーオレスト家の落日に見えたのだった。

「若君が何か取り返しの付かない失態を犯したようだ」

 と記した手紙を本家の当主(レイラの父)のもとへ運ぶ早馬が出発したのは、アンナが窓に背を向けた時のこと。

「はっ、せやっ!」

 知覚したのは、騎手の馬をせかす声を耳にしたからだった。




「月の照らす、時にだけと……」

 レイルはいや、レイラは夢を見ていた。

(そうだ、この歌だ)

 霧の中に響く歌声を頼りにレイラは声の主を捜す。どこか切なげで、思わず胸を締め付けられるような歌声にレイラは出会った時から惹かれていた。最初に目に出来たのはシルエットだけ、次に出会った時にはそれが自らの仕えるべき姫であることを知って。

(あれは……)

 やがて霧の中に現れた人影に、胸中で喜びを覚えつつもレイラは近寄って。

「あっ」

 緊張のあまり足を取られた。バランスを崩して1秒に満たぬ間レイラは空中を泳ぎ。

「姫……」

 身体を支えるものを求めて伸ばした手が、あろうことか、振り返った姫の胸へと。

「いやぁぁっ」

「うわぁっ」

 絹を引き裂くような悲鳴に、反応して自分のあげた声でレイラは目を覚ました。

「夢か」

 拒絶された事への衝撃よりも大きかったのは、思わず行動に出ていた自分自身を知覚した時の衝撃だった。レイラには自分の行動が信じられなかった。だが、仕えるべき主人(おうじょ)の悲鳴と、何かを恐れるような表情は頭の中から出ていってはくれない。

「そうか、私はふられたのだな……」

 そもそも、女性同士と言うところで何かが間違っているし、間違っていたとレイラも思う。むしろそれまでのレイラにとって同性愛などというものは理解の範疇外にあったのだ。

「ふられた、などというのも不遜なことはわかっている」

 もし、自分が起きたことに気づきベッドに横たわったまま呟いた言葉を幼なじみである侍女が聞きとがめたならレイラはそう言うつもりだった。

「でも、今も好きなんだ」

 姫が愛おしく、同時に拒絶されたことからくる絶望感が他の全ての事柄に無頓着にさせていた。



「つまり、護衛を仰せつかった王女様に邪な思いを抱いた上、胸を揉もうとして悲鳴を上げられた、と言うわけですね」

「邪な気持ちではない、そもそも事故だったんだ!」

 アンナは頭を抱えていた。どこで教育を間違えたのだろうかと。そもそも、アンナは侍女であって教育係というわけではない。だが、よりにもよって主人(レイラ)が王族に無礼をはたらくとは。十分マズイ、激しくマズイ、果てしなくマズイ。


「姫様!」

「姫様、どうかなさいましたか!」

「ご、ごめんなさい。ちょっと足を取られて転んでしまっただけです」

 王女の悲鳴を聞きつけて駆けつけたレイラの同僚や侍女達に王女はそう取り繕い、庇ってくれたという。


「それはお咎めなしということなのでは?」

「そうじゃない、あの何かに怯えた目がまぶたの奥から消えてくれないんだ」

「つまり、レイル様が思い詰めていらしたのは……王女様に拒絶されたからと」

「初恋だったんだぞ! まさか、こんなにも苦しいものだったとは……」

 あきれ顔で質問を続けていたアンナにもそろそろ我慢の限界が来ていた。主人とはいえ、幼なじみで乳姉妹なのだ。

「……レイル様」

「な」

 乾いた音がした。

「処罰は覚悟の上です、ですが長年お側にお仕えした身として言わせて頂きます」

「アン……ナ?」

「何考えていらっしゃるんですか! お家の一大事になるところだったんですよ!」

 本当は仕える家(ギルバーオレスト家)などどうでも良い。大切なのは、主人だけだった。だとしても、許せない。

「それに……、それに……」

 アンナの声は震えていた。

「すまない、アンナ」

 ポンっと肩に手を置いてレイラは謝罪の言葉を口にし、指で頬を伝う幼なじみ(アンナ)の涙をぬぐう。

「私が、愚かだった」

「レイル様……」

 アンナは密かに安堵した。わかってくれればそれで良いとも。王女が主の無礼を見逃してくれたのだ。これで主も心を入れ替えて――。


「死んでしまっては元もこうもないな。『恋は全力突撃、当たって砕けろ、波状攻撃!』だ」

「まてい」

 何もわかっちゃ居なかった。

「まずは姫の好みを知るため、密かに影から見守らせて頂くか」

 しかも、まさかのストーキング宣言である。


「レイル……様?」

 アンナの災難はおそらくこの時から始まったのだろう。

「任せておけ、騎士は斥候の役目を担うこともある」

 そう簡単には見つからないとずれた答えを返す主人をアンナは呆然と見つめるだけだった。











 

初めましてですね。

人様のお話を読むだけでなく、たまには書いてみようかなと思い立って、無謀な挑戦を始めてみました。

楽しんで頂けたなら何より、つまらなかったらしょんぼりにございます。

へっぽこダメ作者の書くお話ですが、作者同様生ぬるい目で見守って頂けたらな、と思っております。


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