竜の世界にとりっぷ! 3
こちらは、「動物の世界にとりっぷ!」作品たちと同じ世界観のもとで、書かれています。詳しくは、まとめサイトさま(http://www22.atwiki.jp/animaltrip/pages/1.html)へどうぞ。
*蛇の描写について嫌悪を抱かれる方は見ないほうがよいかもしれません。
以上に了解された方から、スクロールどうぞ!
拝啓 愛すべき我がクソジジイどの
お久しぶりですお祖父さま。そろそろ最初の一文をいじってみるべきかと考えた私です。「愛すべき」は「我が」にかかるのか「クソジジイ」にかかるのかに迷ってはいらっしゃらないでしょうか?
大丈夫です、愛は常に我がもとにあります。もちろん貴方にもありますとも。―― 博愛主義という名の女たらしの貴方ですもの滅べばいいのに女の敵。
……失礼、つい手元がすべりましたわ気になさらないでください。
うっかりこの世界に落ちてきた私ですが、幸いにも保護してくださったご主人様のおかげで何事もなくすごせています。ご主人様は竜族の守銭奴と呼ばれるリアディです。
……素で間違えました。逆でした。
竜族のリアディというお名前のちょっと守銭奴っぽい性格をした我がご主人様は、今日もお元気です。
我々の行っているお仕事が順調なのはよいのですが、二番煎じの営業者があらわれたらしいとかで怒り狂っておりました。私にしてはそれだけ世間に認識されたと喜んでおいたらどうですかとしか言えないのですが。
二番煎じのお店は早々に開店休業したそうです。なにやら、一人目のお客様に怒り狂って店舗を破壊されたとのこと。
竜の逆鱗にでも触れたのでしょうか。迂闊なことをしたものですね。この世界の上位種たる方々を相手に商売したかったら、竜の禁忌の一つや二つ理解した上で行いなさいというのです。
まあ、かく言う私も詳しいわけではないのですが。
体力も神経も使うこの仕事ですが、楽しい仕事仲間もおり、可愛い癒しもあり、私としてはまずまずの仕事環境だろうと考えております。
これもひとえにお祖父さまに受けた22年間の鍛練という名の趣味に耐えたおかげと思うと、自分は涙ぐみそうです。幼い5歳のころからよくぞ生きてこれたなあ自分。むしろ、ぐれなかったことが奇跡か。
もちろん貴方が子供嫌いなわけでなく、父母を亡くしたばかりだった私への愛だったという説はよおおおくお祖母さまより訊いてはおりましたけども。
……貴方の愛はちょっと間違えてると思うのは私だけなのでしょうか、是非この答えだけは世界の壁を越えた今でも確認したい疑問事項です。
今日のお仕事は以前も訪れてくださったチェイサ様です。チェイサ様の赤い鱗は若干の乾燥傾向がみられるため、仕上げのワックスには薬草を混ぜた特別性のものを今回はご用意しました。お気に召していただけるとよいのですが。
今日も異世界の空はいい天気です。汗水たらして働くにはよい日でしょう。
貴方も元気に働いてください。年はとろうとも、働ける喜びは味わうべきです。決して、無理をしろということではありませんよ。あくまでも人間が誇りある人間であるためには某かの役割を担うべきだという持論によるものですのでお勧めしているだけです。役割のない人間は総じてボケやすいものですから。繰り返しますがボケたあとの他者へのご迷惑はかけないようにお願いしますね。下の世話は老いの影響が多々ありますので仕方ありません。とにかく座れる間は座り、立てる間は立って、歩ける間は歩き、食べれる間は口から食べる生活を送ってくだされば十分だと思います。
なにやら説教くさい文になってしまいました。そろそろ締めの言葉に入らせていただきましょう。
私は今日も元気です。
貴方も元気であることをいつでも願っております。
皆様にもよろしくお伝えくださいませ。
敬具
夢のような異世界にて 佳永
追伸 やはり序文は元に戻そうと思います。私の中にある貴方への深い敬愛と広い家族愛を一言で言い表すのは『我が愛すべきクソジジイどの』が一番近いような気がしますので。
さて、某カリスマミュージシャンは言いました。『イマジン! ――想像してご覧』と。
目の前に完璧な美形がいます。
身長はおよそ187㎝。筋肉は自分から見る限り、必要最低限はあるという程度。一度は鍛え上げたが、続くデスクワークと寄る年波でやや衰えてきたかという感じでしょうか。
赤い髪は燃える火の色をしています。愛きょうのようにところどころに混じる薄い赤はまるで踊る火の様子を表すが如くです。
満ちあふれんばかりの若さというには語弊が生じる程度には肌の美しさには影が見えていますが、代わりに生じたその眼瞼のまわりに生じた皺がなんともいえぬ渋みを演出しています。
表情筋というモノは年を経るほどにその人の人生経験を表すものだというのは、我が祖母の貴重な教えでありました。では、この笑顔も悩み顔も怒り顔さえも数多経験してきたような彼の御仁は一体どなただというのでしょうかと疑問に思っている間に。
「これは、落人どの。今日はよろしく頼むのう」
などと当人から声をかけられてしまいました。
「………………………………………………………………………もしや、チェイサさまでございますか?」
なんとなく聴いた気がしますそのお声。
沈黙。
「ああ、こちらの姿ははじめてでしたかの? ――そのとおり、ワシが今日の落人どのの仕事の相手じゃよ」
にやりと笑ったその笑みは、曾孫までいる竜族の大老どのにはまったく見えませんでした。
なんてこったい。
「ほうほう、落人どのはわれら竜族の獣姿しか知らぬとは、なんとももったいない話じゃのう」
仕事に入る前の微調整。
名目はそれで通るでしょうか?
場所は応接室。―― ごってりと竜族の好きそうな装飾のされたインテリアの部屋に移ってのお話再開でした。
メイドのウルティカさんが持ってきて下さった紅茶を片手に優雅に話される美丈夫が、あの竜形の「チェイサさま」。―――― OK,インプットは済んだ。大丈夫だこれで自分の経験値は上がった。おめでとう自分。
ピコ―ンと見えないパラメーターが実在したなら、レベルの一つくらいは上がってもいいと思いたいくらいには衝撃的な経験値が稼がれた。まさに中ボス戦を終えたあとのごとくだ。
「ええ、まことにもったいないですわ」
このように美しい姿を見逃していただなんて。
にっこりと言う自分の表情筋がいまどうなっているのかがすごく気になる。
にこにことこちらを眺めるチェイサさまの表情も気になる。―― あれは、どういう意味なのだろうか。
ちなみに佳永自身は並みの並み。普通の顔だと言う自覚はある。
祖母にいわせれば磨きもしなければそうなりますとのことです。お祖母様、磨く前に奴があたしを修業に引きずり出しに行くという現実を御理解いただきたかったよ。
正直な話、人間顔じゃない人格だと思う佳永にとって美形は美形だ。観賞用。
もちろんその人格には敬意を払うが、鼻骨の一つも曲がったら終わるだけの美貌なら別に有難くも在るまいという心境である。
それにだ。
個人的には優美なうなじをもつ竜の姿やきらめく鱗の色、頭を上げて直角に方向転換する長虫たちの在り様のほうが見ていて面白いし、癒される。
美形など本の上に在るだけでいいよ別に。
むしろ、老骨でも体の軸をしっかりと伸ばした瞑想姿の武人の姿に心ひかれます。
これをいうと、友人は「終わってる…」と呆れたものだが。
結跏趺坐なんて短足胴長には難しいんだぞいいじゃないか憧れても!!
「―― やはりもったいないのう。カナ、さんと言ったか?」
名前を、呼ばれた。
「はい」
岩倉 佳永と申します。
もう名乗ることもないかと思っていた本名をつい述べてしまった。
「リアディ殿には申し訳ないが…。我が邸に来る気はないだろうか?」
もちろん、手厚く歓迎させていただくよ?
右手を差し伸べて、チェイサさまは仰った。
不思議なことに佳永の目先がその細く形の整った指先に吸い寄せられていく。
「なに、落人としてでもよいし、なんなら我が家の孫どものいずれかの嫁になってもらってもいいのじゃぞ?」
にこやかに発せられた声はどこか韻を踏むかのように耳に届いた。
何を言われているのかもよくわからない。
ただ、意識が揺らめく。
引き寄せられるようなその感覚は、まるで重力に落ちていくかのようだ。
何故?
「…………」
「いかがかな?」
老練な大老がその言葉を発した時、遅れてきたこの屋敷の主が現れた。
「チェイサさま、申し訳ありません。至急の用にて遅れ……」
――― 何、を。
遠くの世界で、リアディさまが何かを呟いているのが聴こえた気がした。
それはまるで水辺で溺れた人が離れた岸辺で叫ぶ人の声を聞いているかのようだった。
―― 何をされていらっしゃるのですか、チェイサさま!
―― これはリアディ殿。お久しぶりじゃのう。なに、我が家にも落人がいらっしゃると老体の楽しみになるかと思いましてな。
―― だからといって、そのような力を使ってまですることではありません。それは ――― のものです。
―― おやおや、いつのまにそんなにも熱くなられるようになったのやら。――― が訊いたら、むせび泣いて喜ぶことだろう。
聴こえる声は、音の連なりにしか聴こえなかった。
ただ、わかったことは。
一息、二息、三息、――――
「―――― 溌!!! 」
丹田に気を送り、四肢に血を巡らせる。
重心を取り戻し、体軸を整えた。
「……」
「―――ほう」
目の前に立つ二人の美形 ―― そう、ご主人様も間違いなく美形なのだ。いいよ、おまえら好きに煌びやかにしてろ ―― が、こちらを振り向いた。
ご主人様は驚きの顔で、チェイサさまは少しだけ嬉しげに。
ああどこかで知ってる人種 ―― いや、竜種? だなあこの方。
「―― チェイサさま。私は未熟ではありますがこちらでのお仕事に責任を持たせていただいております。これからも、チェイサさまにはお客様としてご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたしたいと思っております。――― お許ししていただけますでしょうか? 」
さりげに乱れが残る息を整えながら、一礼した。
感情のままに怒ることは許されない。
何故なら、彼もまた上位種なのだから。―― しかも、リアディさまよりも高い権力を握る。
「なるほどこれは失礼した。落人どのは誠意ある方なのだな。―― このたびのお話は無かったことにしておこうか」
もちろん、落人どのが希望であればいつでもご招待いたしますぞ。
目の前に立つ竜族の主たる権力の持ち主はそう言って笑って見せた。
目の前に立つリアディさまの顔色が悪かったことは言うまでもない。
どこの世界も、老人は若者いじめるんだから本当に大人げないわ―。
今日はどうにも自分の経験値があがりやすい日であるようだ。―― ご老体の意地悪、若者の経験値上げ。ちい理解した。
そしてどうなったかというと。
結論。
本日のお仕事は延期となりました。――― 主に私の体調管理のためですすいません。
竜の方々は幻獣と呼ばれる一族の一つ。
力ある彼等は、水に親しむ獣だ。
そしてご存じだろうか。
人間の身体の8割は水によって出来ている。
ぶっちゃけた話、チェイサさまは私の体内の液体を引き寄せてくださったのですよ、あんのやろ。
おかげで電解質のバランスが狂い、意識はもうろう、五感は遠のき、暗示にかかりやすい状態を呈しましたとそういうことだ。
もちろん、こちらとてそう好きにはさせません。
異世界の御老体がしでかしたお茶目は、地球世界の御老体が仕込んでくれた武術によって塞がれました。
まさか、こんな気力勝負を行うような日が実際にやってこようとは。
――― ごめんなさいお祖父様。いま本気であなたのしごきの有難みを知りました。
しかしだ。
だからと言って、人外に通用するような技術を若い女子に教えるのもどうなんだそれも。
「うむ、今回はワシよりカナ嬢へのお見舞いとして代金分を払わせていただくとしようか。なんなら、大事をとって3日後の休日もとれるようにこちらで配慮させてもらってもよいぞ」
人形のチェイサさまが仰っています。
ええ、もう100%貴方のせいです全て。
言えるものなら言ってやりたい。―― 目線で全てがばれているかもしれないが、それでもいいから言ってやりたい衝動と佳永は戦っていた。
のに、目前でひょうひょうと言ってのけた相手がいたから、さあ困る。
「そうですね、――では遠慮なくそうさせていただきます」
真顔でチェイサさまに告げるリアディさまがいた。
――って、本気ですかご主人様!
目の前で気前よく言っているチェイサさまは曲がりなりにも竜族の要職につく方である。
彼の云うところは、3日後の予約を入れてあるお客様に対して「ちょっとちょっとあの子が体調悪いらしいから、あんたが楽しみにしてた予定なくしてあげてくれない?」と裏で権力と権力をちらちらさせつつ撤回させるということだ。ちなみに人はそれをパワハラと呼ぶ。
いくら自主的にチェイサさまがするんだとはいえども始めたばかりのお仕事である。ここで無理にそのようなことをしてお客様の不評を買うのは好ましくないと思ったのだが。
リアディさまの考えは違うようだ。
リアディさまは更に続けた。―― ああうん困る。(反応に)
「なにしろ、この仕事はカナがいなくては話になりませんので」
やはり、リアディさまは真顔だった。
「…………ごしゅじんさま」
あえての平仮名でご主人様を呼びたくなった。
面白げにリアディさまと自分を見つめているチェイサさまはどう受け止めたんだこの言葉。
何も考えていないのだろうか。ゴシュジンサマの視線は人を引き抜こうとしたチェイサさまの顔を睨みつけるようでした。
…なんか火花飛んでないこれ?
「………」
「………」
「………」
そして、お客様のお見送りを共に行っている仕事仲間のトールとレイヤと、メイドのウルティカさんの視線が痛い。
ちょっとなんか生ぬるい温かささえ感じるのはどういうことかと思う。
―― お願いです神様。今すぐ自分を地球世界に連れてってください。後生ですから。
くらくらする身体は電解質の異常のせいか、ご主人様の摩訶不思議な言動のせいか。
とりあえず休みを下さい。いますごくベッドが恋しいんです。
了
…ご主人様がだんだんなにかに目覚めてきた模様です。よし来たという方はどんと一言くださいませw。
筆者のわがままでシリーズにこだわらせていただいています。
御来訪していただいている方々には、まことに御迷惑をかけまして申し訳ありません。