第9話(ブライアン視点)
俺は、お前のことを、よぉく知ってるぜ。
まだ事業が軌道に乗る前。
慣れない商人生活に苦しみ、不安で不安で、泣いた夜もあったよな。
…………
ああいう時に、会いに来てくれるのが、『本当の愛』ってやつだろ?
事業が上手くいってから、ノコノコやってくるなんて、調子よすぎだろ。
……そうだ。
確かに、その通りだ。
だろ?
ああ。
調子がよすぎる。
だいたい俺は、ケイティのせいで、長い間、人間不信に苦しんでるんだ。
それが、今になって、なんなんだ! もう、何もかも遅いんだよ!
俺は、ケイティを突き飛ばした。
「きゃっ……ブライアン、何を……?」
尻もちをついたケイティが、悲しげな眼で俺を見上げる
その視線だけで、俺の胸は、刃物で抉られたように痛んだ。
胸の痛みをごまかすように、俺は怒鳴る。
「出て行け。お前の心配なんて、必要ない。俺は自分の手で、『本当の愛』を手に入れてみせる。お前との間には築くことができなかった、気高く、美しい、『真実の愛』だ。その『究極の愛』以外、俺には必要ないんだよ! 出て行け! 二度と顔を見せるな!」
ケイティは沈痛な面持ちで頷き、もう一言も発さず、部屋を出て行こうとした。
俺は、小さく「待て」と言う。ケイティは、振り向いた。
そんな彼女の足元に、俺は大金の詰まった袋を放り投げた。
過去に付き合った女たちに渡した手切れ金とは、比較にならない、正真正銘の大金だ。どんな宝石でも買うことができるし、一流の仕立て屋に、最高のドレスを作らせることもできる。派手に散財さえしなければ、まったく働かずに、一年以上生活することだって可能だ。
ケイティは、袋の中身が何なのか分からないようだ。
だから俺は、言ってやる。
「手切れ金だ。お前が俺に会いに来たのは、これが目的だろう? お望み通り、くれてやるよ」
ケイティは、何も言わなかった。
彼女の瞳からは、ぽろり、ぽろりと、大きな涙の粒が、零れ落ちていた。
ケイティは、袋に触れもしなかった。
最後に、俺に丁寧に頭を下げ、「あなたを傷つけて、ごめんなさい」と言い、部屋を出て行った。
……恐らく、いや、間違いなく、もう二度と、ケイティが俺に会いに来ることはないだろう。
痛い。
痛い。
胸が痛い。
なんだ、この痛みは?
気がつけば、俺の目からも、大粒の涙がこぼれていた。
頭の中で、誰かが囁く。
やったな。
お前をたぶらかそうとした女を、見事に追い出してやった。
本当に?
本当に、ケイティは俺をたぶらかそうとしていたのか?
そうさ。そうに決まってる。
あいつに『本当の愛』があるならよぉ。
ちょっと怒鳴られたくらいで、帰ったりしないさ。
本当に?
本当にそうか?
なんだよ。
やけに食い下がるな。
だってさ。
たとえ『本当の愛』があったとしてもさ。
あんなことをされたら、誰だって、耐えられないんじゃないか?
おいおいおいおいおいおいおい。
じゃあ何か? お前は、自分の行動でよぉ。
『本当の愛』を持った女を、追い出しちまったって思ってるのか?
そうかもしれない。
ああ、でももしそうならば、俺は、俺は、耐えられない。
まあまあ。
そんなに悩むなよ。
さあ、元気を出して、また明日から、『本当の愛』を探そうぜ。
なあ。
なんだい?
『本当の愛』って、なんだ?
決まってるだろ。
気高く、美しい、『真実の愛』だ。
そうか。
じゃあ、『真実の愛』って、なんだ?
決まってるだろ。
『究極の愛』のことさ。
そうか。
……『究極の愛』って、なんだ?
決まってるだろ。
『本当の愛』のことさ。
俺は、頭を抱えた。
もしかして、『本当の愛』なんて、ただの言葉遊びにすぎず、そんなもの、どこにも存在しないんじゃないか? 俺は、ありもしないものを探し続けている、間抜けなピエロなんじゃないのか?
しかし、それを認めることは、あまりにも恐ろしすぎた。だって、認めてしまったら、ありもしないもののために、ケイティを傷つけ、彼女の愛を失ってしまったことになる。……認められない、絶対に、認めるわけにはいかない。
そうさ。お前はそれでいい。家族も友達も恋人もいらない。
一人ぼっちで探し続けるんだ、『本当の愛』を。
なあ。
なんだい?
お前は誰だ?
俺はお前さ。
お前の心に住んでる、『人間不信』だよ。
そうか。
……なあ、『本当の愛』って、本当に、あると思うか?
さあね。
わからないよ。
酷いな。
あるかどうかもわからないものを、探せって言うのか?
じゃあ、探すのをやめるか?
今すぐケイティを追いかけて、土下座して謝るか?
…………
お前に、もう一度彼女の顔を見る勇気があるのか?
お前に、彼女を深く傷つけたことを、認める勇気があるのか?
…………
な?
お前は、探し続けるしかないんだよ。『本当の愛』を。
…………
さあ、頑張ろうぜ。
運が良ければ、髪が白くなるまでに、それらしいものが見つかるさ。




