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私を捨てるんですか? いいですよ、別に。元々あなたのことなんて、好きじゃありませんので。  作者: 小平ニコ


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第8話(ブライアン視点)

 あの、ケイティだ。


 かつて、身を焦がさんばかりに恋い焦がれた人。

 彼女となら、『本当の愛』を見つけられると信じた人

 そして、俺を捨てて去って行った、憎い人。


 僕は椅子から立ち上がり、愛憎の混ざった目で、ケイティを見た。


 そう、愛憎――

『愛』と『憎』だ。


 みっともなくも、俺はまだ、ケイティを『愛』している。


 しかし、それと同じくらい、彼女を『憎』く思っている。


 困ったような微笑を浮かべているケイティに、俺は叫んだ。


「ケイティ! 今さら、何をしに来た!」


 あらん限りの怒気を含めたつもりだったが、どうしても喜びが混ざってしまう。俺は、喜んでいる。もう二度と会えないだろうと思っていたケイティが、再び俺の前に現れたことを、どうしようもないほど、喜んでいるのだ。


 ケイティは、俺の怒声に若干気圧されながらも、答える。


「久しぶりね、ブライアン。元気そうで、安心したわ」


「ふん、元気そうだと? きみに見捨てられてから、俺がどれだけ苦労したかも知らないくせに、よくそんなことが言えるな」


 ケイティは、首を左右に振る。


「知ってるわ。あなたが、弟さんに次期当主の座を譲り、家を出たことも。一生懸命頑張って、商人として成功したことも。そして、誰も信頼できず、苦しんでいることも……」


「な、なんだと?」


「私は、ずっとあなたの動向を見守っていたの」


「何故だ? 自分の捨てた男が、落ちぶれていくのを見て、笑ってやろうとでも思っていたのか?」


「……違うわ。ブライアン、落ち着いて聞いてね。私、あなたを見捨てたわけじゃないのよ。あのまま私といたら、あなたの家が、完全に再起不能になると思って、姿を消していたの」


「ど、どういう意味だ? なんで、きみが一緒にいたら、俺の家が再起不能になるんだよ」


「だって、そうでしょう? 婚約者を裏切ったあなたと私が結婚し、幸せになったら、他の貴族たちは、たとえローラリアさんに『許してあげてほしい』と言われても、きっと、あなたを許さなかったと思うわ」


 ……それは、そうかもしれない。


 貴族たちが、俺と、俺の家を許したのは、ローラリアの嘆願文も重要だが、俺自身が、『婚約者を裏切ってまで入れ込んだ女に見捨てられた惨めで哀れな男』だったから、というのもある。


 ケイティの言う通り、俺がケイティと添い遂げていたら、貴族たちの反発感情は収まらず、今頃、俺の家は完全に没落し、父も、母も、弟も、路頭に迷っていたかもしれない。俺自身の商売も、上手くいかなかったことだろう。


 だが……

 だがしかし……


「ならどうして、何も言わずに姿を消したんだ! 俺と、俺の家のためだって、手紙の一つくらい、残して出て行ってもよかったじゃないか!」


 ケイティは、ため息を漏らした。


「ブライアン、私は、誰よりもあなたの性格をよく分かっているわ。……手紙なんて残していったら、たとえ私が身を潜めたとしても、あなた、意地になって私を探し出して、一緒に暮らそうとするでしょう? そんなことになったら、貴族たちはますますあなたを蔑み、笑いものにしたはずよ」


 ぐっ……


 悔しいが、ケイティの言う通りだった。


 自分の立場も考えずに、ローラリアとの婚約を破棄した直情的な俺だ。『あなたのためなの』だなんてケイティが言ったなら、彼女に対する愛しさがますます膨れ上がり、たとえ、どんな障害があったとしても、ケイティと添い遂げようとしたことだろう。


 黙ってしまった俺の代わりに、ケイティは語り続ける。


「でも、どんな理由があろうと、あなたの前から姿を消したことは事実。だから私は、もうあなたに会わず、そっと遠くから見守るだけにしようと思っていたわ。でも、あなたは、友人とも、女性とも付き合わず、仕事だけに没頭するような、孤独な毎日を送ってるみたいだから、心配になって……」


 こうして、会いに来たということか。


 ああ。

 嬉しい。


 こんな俺にも、まだ心配してくれる人がいるなんて。


 嬉しい。

 暖かい。


 まるで、ケイティの思いやりが、太陽のように、冷たく凍えた俺の胸を照らしているかのようだ。このまま、このままケイティと、昔のように愛を育むことができたら、どんなに幸せだろう。


 俺は表情を緩め、両腕を広げ、ケイティをこの手に抱こうとした。


 その時。

 俺の頭の中で、誰かが囁いた。


 本当か?


 本当か?


 本当に、信じていいのか?


 うるさい

 黙れ。


 ふふ。

 ふふふ。


『あなたを見捨てたわけじゃない』だって?


 ふふ。

 ふふふ。


 随分と都合の良い言い訳じゃないか。


 やめろ。

 黙れ。


 当時、ケイティがどんな気持ちで姿を消したかは、誰にも分からない。

 くくく、なんたって、人の心の中は、見えないものだからね。


 黙れ。

 黙れ。


 没落していく間抜けなお前が嫌になっただけってのが、真実だと思うぜ。

 くくくく、『あなたのため』か。今となっては、なんとでも言えるよな。


 黙れ。

 黙れ。

 黙れ!


 だいたいさぁ。

 来るなら、もう少し早くに来るべきじゃないか。


 なんだと?

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