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私を捨てるんですか? いいですよ、別に。元々あなたのことなんて、好きじゃありませんので。  作者: 小平ニコ


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第6話(ブライアン視点)


 俺は、ずっと霧の中をさまよっている。


 と言っても、現実に、山や森で遭難したというわけではない。たとえ話だ。


『自分の心』という霧の中。どこにあるのかもわからない『本当の愛』を求めて、ずっと、ずっと、さまよっている。


 ローラリアが他の貴族たちに対し、俺を許すように言ってくれたあの日から、そろそろ二年がたつ。……貴族たちは、表立って俺をつまはじきにすることはやめたが、それでも、一度失った信用というものはそう簡単には回復せず、長い間、もだえ苦しむような日々が続いた。


 しかし、時間が経つうちに、貴族たちの態度も次第に軟化していき、今では少なくない貴族が、昔と変わらない態度で俺を受け入れてくれるようになった。……すべて、ローラリアのおかげだ。身勝手な理由で婚約を破棄した俺を許してくれた彼女の慈悲を、俺は生涯忘れない。


 ただ、当然と言えば当然だが、すべてが元通りになったわけではない。


 婚約破棄の際、俺を大いに責めた父上や母上とは、いまだにギクシャクした関係だし、大喧嘩になった弟とは、ほとんど絶縁状態だ。俺たち家族の間には、まるで、目に見えない強固な壁ができてしまったかのようだった。……恐らく、もう二度と、家族そろって食事をするようなことはないだろう。


 ……昔は、仲の良い家族だったのだがな。


 俺は家族からの愛情を、完全に失ってしまった。

 仕方ない。全部、俺のせいだ。身勝手で浅はかな、俺のせいだ。


 色々と悩んだが、家族に対する贖罪として、俺は次期当主の座を弟に譲り、貴族としての地位を捨て、家を出た。そして、町に小さな事務所を構え、商人の真似事を始めた。


 商売は、順調だった。


 もう貴族ではなく、すっかり商人となった俺だが、貴族時代の友人たちが色々と融通してくれるおかげで、着実に業績を伸ばすことができたのだ。


 ……これもすべて、ローラリアのおかげだ。


 ローラリアが貴族たちに『ブライアンを許してあげて』と言ってくれなければ、いま述べた『貴族時代の友人たち』は、きっと今でも俺を蔑み、親身になって助けてくれることなどなかっただろうからな。


 いや、実際のところ、『貴族時代の友人たち』の俺に対する感情は、今でも『蔑み半分』『憐れみ半分』といったところだろう。人間は一度軽蔑されたら、ちょっとやそっとのことでは尊敬などしてもらえない。


 彼らが色々と俺を助けてくれるのは、恐らく純粋な友情ではなく、家族との繋がりが消え、貴族の身分をも捨て去った俺に対する『憐れみの施し』に違いない。薄汚れた哀れな野良犬に餌をやるのと一緒だ。


 ……どうしてこんなふうに、卑屈で歪んだ考え方をしてしまうのだろう? 助けてもらっているのだから、ただ純粋に、感謝しておけばいいのに。


 しかし俺は、どうしても『貴族時代の友人たち』を、完全に信用することができずにいた。……いや、『貴族時代の友人たち』だけではない。仕事の都合でよく顔を合わせる商人組合の人間も、酒場の親父も、材木問屋の主人も、町の者も、誰も彼も、信用できない。俺はずっと、人間不信なのだ。


 その原因は、ハッキリしている。


 ローラリアとの婚約を破棄してまで添い遂げようとした『例の彼女』のせいだ。


 名前は、ケイティ。

 ローラリアほど美しくはないが、気立ての良い、優しい娘だった。


 俺は心の底から、すべてを失ってもいいと思うほど、彼女に恋い焦がれ、愛していたというのに、ケイティは俺の家が没落を始めるのと同時に、まるで潮が引くように、俺の元から離れて行った。


 今でも、信じられない。

 俺はケイティを愛していたし、ケイティも俺を愛していると思っていた。

 二人の間には、間違いなく『本当の愛』が存在していると信じていた。


 だが、ケイティはいなくなった。


 あれほど信じていたケイティが、いなくなった。


 心の底から信じていた存在が消え去ったとき、人は、何を信じればいいのか?


 ……何も、信じられるはずがない。


 俺は、『信頼』という感情と、『本当の愛』を、同時に失ったのだ。


 いや、違うか。


 失ったのは『信頼』だけだ。俺とケイティの間に、『本当の愛』なんて最初からなかったのだから。……『本当の愛』があったなら、ケイティが離れていくはずがないからな。


 そういうわけで俺は、女も、男も、老いも若きも、誰も信頼できなくなった。


 信頼のない人生というのは、苦しく、寂しい。


 どれだけにぎやかな街に住んでいても、どれだけ人と接する機会があっても、誰とも関係を深めることができず、結局のところ、山奥に一人きりで住んでいるのと変わらないのだから。


 ……いや、周囲にたくさん人がいる分、余計に自分の孤独を思い知らされるので、山奥で一人きりの方が、ずっとマシかもしれない。


 そして、寂しくて寂しくてたまらなくても、やはり、人を信用することはできない。……俺にとって『人間不信』とは、決して解けることのない呪いのようなものだった。


 皮肉なことに、人を信じない、冷徹なやり口が功を奏したのか、商売はますます上手くいった。羽振りの良くなった俺の周りには、さらに多くの人が集まるようになった。独身で、周囲に女の影もない俺に対し、自分の娘を嫁がせようとする有力商人が何人もいたが、俺はそのすべてを断った。

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