第3話
「助けてくれって……そう言われても、私にはどうすることもできないわ。もう、私とあなたの問題じゃなくて、他の貴族たちが、あなたをどう見ているかという問題になっているのだから」
別に、ブライアンを冷たく突き放してやろうと思ってそう言ったわけではなく、単に事実を述べただけなのだが、結果的に厳しい言い方になってしまった。
ブライアンは、そこでやっと顔を上げ、まさしく必死という感じで、私を見る。それから、恐る恐る、言葉を紡いでいく。
「……ローラリア、俺は今から、とても失礼なことを言う。怒らないで聞いてくれるか?」
それは、これから彼の言う『とても失礼なこと』とやらが、どれほど失礼かによるので、約束はできそうにない。しかし、私が返事をするより早く、ブライアンは語り始めた。
「つまりだな、えっと、俺と、その、もう一度、婚約を結びなおしてはもらえないだろうか? そうすれば、周りの貴族たちも、また俺のことを信用して……」
私は、ブライアンの話を遮るかのように、大きなため息を漏らした。
何を言い出すかと思えば、身勝手な理由で破棄した婚約を、今さら結びなおしたいだなんて、本当に『とても失礼なこと』だ。私の怒りが伝わったのか、図々しいブライアンも、流石にピタリと口を止めた。
私は、そんな彼を叱るように言う。
「ブライアン。私との婚約中に、他に好きな人ができたっていうのは、一応、心情的に理解できるわ。恋は突然始まるものだから、そういうこともあるわよね。……そして、その『好きな人』と添い遂げるために、私との婚約を破棄したのも、まあ、わかるわ。考えようによっては、二股をかけるよりは、ずっと誠実だと捉えることもできる」
そこで一度言葉を切り、私はほんの少しだけ声を荒げた。
「でもね、一度破棄した婚約を、自分の立場が悪くなったからまた結びなおしてくれっていうのは、いくらなんでも、私に対して失礼すぎると思わない? あなた、結局、自分のことしか考えてないのよ。ほんの少しでも私のことを尊重する気があったら、間違ってもこんな行動はしないはずだわ」
ブライアンは、もう何も言わなかった。
ふたたび顔を伏せ、体を小刻みに震わせている。
どうやら、すすり泣きをしているらしい。
……ふう。
まったく、困った人。
体は大きいけど、子供みたいなんだから。
私は、先程とは打って変わって、なるべく優しい声色で、言う。
「ブライアン。変に気を持たせるような言い方をしても仕方ないから、ハッキリ言うわね。あなたと婚約を結びなおすことは、できません。……そもそも、私の気持ちがどうとかいう以前に、貴族同士の公的な婚約は、子供の口約束とは違うわ。そんな簡単に、結んだり破棄したりするものじゃないのよ」
ブライアンは鼻をすすりながら、小さく頷いた。そして、うわごとのように、「すまなかった……」「俺が馬鹿だった……」「許してくれ……」と呟いている。やっと、自分が口に出してしまったことの愚かさに、気がついてくれたのだろう。
「わかってもらえたなら、それでいいのよ。……あのね、ブライアン。今言ったように、婚約を結びなおすことはできないけど、失ってしまったあなたの信用を、少しくらいは回復させてあげることは、できると思う」
ブライアンは、顔を上げた。
かつては凛々しかった顔が、今は涙と鼻水でべちゃべちゃだ。
彼は首を傾げ、「どうやって?」と尋ねる。
私は微笑み、答えた。
「他の貴族に対し、私の気持ちを書面で表明するのよ。……そうね、文面は、『私は、婚約者であったブライアン氏に不義を働かれましたが、別に怒っておらず、ブライアン氏も社会的制裁を受け、充分に苦しみました。だから、これからは、彼に対し、温かい気持ちで接してあげてください』と、こんな感じでどうかしら?」
悲しみでいっぱいだったブライアンの顔に、驚きと感謝がゆったりと広がっていく。彼は膝立ちになり、声を張り上げた。
「あ、ありがたい! すぐに書いてくれ! ……い、いや、すまなかった。きみにも都合があるものな。すぐじゃなくていい、時間に余裕のある時に書いてくれれば、それで充分だ。ありがとう、ありがとう、心の底から、感謝する……!」
私の機嫌を損ねまいと、精いっぱい腰の低い態度を取ろうとするブライアンがおかしくて、私は少し笑った。
「ふふ、心配しなくても大丈夫よ、すぐに書きますから。……あっ、でも、その前に、あなたに是非、聞いておきたいことがあるの」
「俺に? なんだい? どんなことでも聞いてくれ。俺に答えられることなら、包み隠さず、正直に答えるよ」
「ありがとう。……ねえ、ブライアン、『本当の愛』って、どんなものだと思う?」
「えっ?」
私の質問が、完全に予想外だったのか、ブライアンはぽかんと口を開け、固まってしまった。私は、なおも言葉を続ける。
「ブライアン、あなた、一年前、『本当の愛』を求めるために、私との婚約を破棄して、『例の彼女』と添い遂げようとしたんでしょ? それで少しは、『本当の愛』らしきものを掴むことができたのか、私は知りたいのよ」
断っておくが、別にブライアンを虐めてやろうと思って、こんな質問をしているのではない。私は、本当に気になっていたのだ。ブライアンが、貴族同士の婚約を破棄してまで求めた『本当の愛』――その結果が破局だったのは知っているが、駄目になったなら駄目になったなりに、何か、心に残るものがあったのか、それが、知りたかった。
ローラリアがあっさりブライアンを許したことを、不可解に思う方もいらっしゃると思います。……その理由は、次回語られます。ちなみに、ローラリアに許されても、ブライアンは幸せにはなれません。彼は『本当の愛』を求めるあまり、これから、孤独で苦しい人生を歩むことになります。




