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坂上さんだけは知っている  作者: 平木明日香
第一章:おかしいのは俺か、世界か。
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第2話 パンツとキスマーク



頭を冷やそうと、気を取り直して味噌汁をひと口。


ズッ


……うまい。悔しいけど、すごくうまい。

ほっとする味。家庭の味。けれど――


「……あの、俺、本当に昨日のことが思い出せないんですけど」


「そう」


「“そう”じゃなくて……なんか、違和感ありません? この状況というか、俺と先輩の関係性というか……」


「私は別に、違和感ないけど」


「うっ……」


玉子焼きがフワフワで、しかもだし巻き。プロか。

納豆にまで刻みネギが混ぜられてて、なにこの人。家庭力お化けか。


そして問題は、真正面に座った美涼先輩が、下着のまま普通に食事してるってことだ。

いやほんとに。いくら目をそらそうとしても、視界の端に必ず入ってくる。

灰色と白のボーダーの……なんだあれ。無防備さって武器なのか。いや凶器か。


「……葛城くん」


「な、なんですか?」


「納豆、糸ついてるよ」


「……あっ、すみません……」


指摘されて口元をぬぐいながら、また視線がパンツに――

いや違う! そうじゃない! 俺はいま、世界の異常を解明しなきゃいけないの!


「先輩、テレビとか……つけていいですか?」


「うん」


リモコンを手にして、パチッと電源を入れる。


……が、画面は真っ黒のまま。チャンネルを変えても、何も映らない。

受信状況の表示も出ない。ノイズすらない。無音の闇。


「え……?」


「テレビ、壊れてるのかもね」


そう言って、美涼先輩は何食わぬ顔で味噌汁をすする。


「じゃ、じゃあ、新聞とかは……?」


部屋の片隅に積まれた新聞紙を取りに行く。

でも、日付は“昨日”じゃない。どれも同じ日付。しかも、妙に抽象的な記事ばかりだ。


《市内では今日も平穏が続いています》《空は快晴です》《今日という日は、いつだって特別》


いや、なんだよそれ。


「……これ、なんの新聞ですか?」


「地元の」


「地元の!?…ってか、新聞なんて今までなかったような…」


焦りを隠せない俺の向かいで、美涼先輩はコトリと箸を置いた。

そして、じっとこちらを見る。


「葛城くん、パンツ見てたでしょ」


「見てません見てません見てません見てましたすみません」


即落ち三回。


「恥ずかしいの?」


「いや、恥ずかしいとかじゃなくて、なんというか……視覚的に強すぎて!」


「なら見なければいいのに」


「それが……できるなら……俺もこんなに……!」


視線をそらしながら、顔が熱くなる。

この妙に“当たり前な朝食”の風景と、異常なまでに非日常な状況。


そして、何より――この先輩のパンツが強すぎる。


俺の精神、情報処理、すべてを蝕んでくる。

やばい。このままじゃ、俺の脳が先輩の下着に支配される。


「……ねえ、葛城くん」


美涼先輩が、不意に声を低くした。


「世界のことは、ゆっくり思い出せばいいよ。まだ時間は、あるから」


その声音に、わずかに漂う――不穏な響き。


俺の鼓動がひとつ、大きく跳ねた。


…世界?


なんだその妙な言い回しは。

いや、意味は理解できるけども。


わざわざそんな言い方をしなくたって良くないか??

使い方が独特というか、広義的すぎというか…



「……先輩。「世界」って、なんのことですか…?」


朝食の後片づけを手伝いながら、ふとつぶやいた。

返ってきたのは、美涼先輩の短い「さあ?」という返事だけ。


「いやいやいや、さあ? じゃなくて」


皿をすすぎながら、昨日の記憶をたぐろうとする。が――


やっぱり何も出てこない。


テスト勉強? バイト? 部活?

何か……何かしてたはずなのに。


“空白”というより、“穴”だ。

つるんと、何かが抜け落ちたみたいに、ぽっかり何もない。


「ねえ、今日って……何月何日ですか?」


「……5月の終わりくらいじゃなかった?」


「“くらい”って何」


日付もあやふや? ていうか、“終わりくらい”って範囲広くない!?

なんでこんなに言い方がゆるふわなの!?

非現実的というかなんというか…

この部屋だけ、“常識”を蒸しパンに詰め替えたみたいな空気だ!


「……落ち着け、俺……」

頭をぶんぶん振って、現実に意識を引き戻す。


と、そのとき。


目に入った。


美涼先輩が、ソファの背もたれに腕をかけて伸びをした、そのとき。

シャツの襟元から、ちらりと覗く――赤い痕。


え、え、え……!?


(今の、キスマーク……!?)


思わず固まる俺。


「……葛城くん、また見てたでしょ」


「ち、違います! あの、断じて、そういう意図では……!」


「ああ、これ?気になる?」


「違う意味で気になってます!!」


心拍数上昇。血圧警報。脳がオーバーヒートしかけてる。


(な、なんで!? 誰の!? 俺の!? いやまさか!? そんな夢みたいな……)


「それ……俺……?」


「さあ」


「え、さあって、え、なに? どういうこと? え、俺、記憶失ってる間に、そんなイベントが――!?」


「キスぐらい、するでしょ。恋人なんだから」


「えええええええええええええええ!!?」


なんだそのワンフレーズ爆弾!?


「ちょ、まって、付き合ってた!? 俺と先輩!? いつ!? どこで!? どっちから!? なんで記憶にないの俺ー!!?」


混乱の波に飲まれながら、俺はようやく確信した。



——やっぱりこの世界、どっかおかしい。



いや、それ以上に、俺の記憶がヤバい。

でもそれよりなにより、美涼先輩のキスマークがヤバい。


あれが俺のだとしても、俺のじゃなかったとしても、どっちにしろやばい。


現実感が、パンツとキスマークに全力で打ち消されていく朝だった。


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