サイドなメインメニュー
夏である。
体のだるさや湿度の高さによるジトッとした汗をかく不快感との戦いによって、食欲すら減衰していく季節だ。
空の冷蔵庫をしばらく眺めた後、食材の買い出しに行くついでに何か食べに行こう--と言う事で回転寿司の店に来ている……のだが--
「いや、なんで寿司屋に来て1発目に、いきなりカレー頼んでんのよ!」
目の前で寿司を食べるよりもまず先にカレーを注文したガテン系の男に物申す。
「なんだお前、ここのカレー食った事ないのか?」
「ないわよ! こちとら寿司食べに来てんのよ!」
私も、同世代の他のお女子達に比べるとかなり食べる方だと思ってるけど……さすがに今まで寿司屋に来てカレーを食べたいと思った事はなかった。
正直、カレーを食べたいなら、寿司屋じゃなくてC△C△壱にでも行けばいいじゃない……?
「お前……それは人生損してるぞ?」
「はぁ? 寿司屋でカレー食ってるヤツよりはマシでしょ」
周りの客の迷惑にならないように、小声で言い合う私達の間で注文用のパネルが音を立てた直後、上段の高速レーンで問題の商品が到着する。
「……え? ごはんとルーだけなんだけど……具は?」
「全部溶けてんだよ」
ご飯と茶色いスープが半々に盛られたようにしか見えない、その衝撃的な見た目に戦慄しつつ訊ねると、呆れたような返事を返された。
「……えぇ……嘘でしょ?」
「まぁ、騙されたと思って食ってみ?」
そう言ってルーを少しすくったスプーンを差し出されたため、恐る恐る顔を近づけて匂いを確認し--
「………………」
--疑惑の表情を浮かべながらも、差し出されたスプーンをパクりと咥えた。
その瞬間……
口の中いっぱいに広がるスパイスの香りと刺激。
……そして--
「--なにこれ……後味のまろやかさがすごい……」
--最後に残ったのは野菜の甘味だった。
「そうだろうそうだろう。これを知らずに生きて来たとか人生損してるだろ?」
「……そこまで認めるのは癪だけど、確かにこのクオリティなら、これを食べに来るのも納得できる……」
溢れ出す悔しさに、唇を噛みながら言った私に向かって、目の前でドヤ顔をかます兄ちゃん。
「くっ……マジで悔しいけど、負けは負けだわ……美味しい食べ方教えてよ」
「もちろん、任せときな! とっておきを教えてやるよ。 ……いやぁ、最近は負け続きだったし気分良いなぁ」
私達は、出会いからして食の好みで対立してきた。
何だかんだあって仲良くなった今でも、その関係は変わらないまま、やれ『ラーメンはあれが旨い』、やれ『餃子はあの店が一番』等と、相手に自分のイチオシを認めさせる勝負を繰り返している。
まぁ、そう言うのが楽しくて一緒にいるんだけど……
「俺のお勧めは何と言っても『サーしゃぶダブルカルビ焼き肉寿司カレー』だな」
「……大丈夫なの? 名前がめちゃくちゃ頭悪そうなんだけど」
サー……なんて?
「まぁまぁ、食ってみりゃわかるよ」
そう言ってヤツは注文パネルで『サーモン』1皿と『カルビ焼き肉』2皿で計3皿の寿司を注文し、届いた寿司をテーブルに並べた。
「さぁて、ここからがこの店のカレーの真骨頂だぜ!」
「……お手並み拝見ね」
何をするのかとじっと見つめる私をしり目に、カルビ寿司をカレーにドボンと投入したあと、湯呑みにお茶用の熱湯を注ぎ、その中にサーモン寿司のネタを潜らせてからカレーにトッピングする。
「ちょっと待って……シャリごと投入しちゃうの!?」
「ここは寿司屋だぞ? ちゃんとシャリに合うように調整されてんだよ」
そう言ってサーモンのシャリもルーの中に入れてしまった。
具のないカレーに浮かぶのが、焦げ茶色のカルビ焼肉としゃぶしゃぶされたオレンジ色のサーモン、そして握りの白いシャリ……
これほどまでに突っ込みどころの多いカレーを私は見たことがなかった。
その謎カレーを軽くかき混ぜ、、肉とサーモンの一欠片をシャリ&ルーに添えた“プチカレー”をスプーン上に作りあげ--
「ほい……あーん」
--口元に差し出してきた。
「あ~……んぐ--っ!?」
……な、ナニコレ!?
お肉の油が溶け込んでコクの増したルーがシャリの酢飯と絡む事で、ルーだけで飲んだ時とは比べ物にならないハーモニーが口一杯に広がる。
しかも、軽くしゃぶしゃぶした事で余計な油が落ちたサーモンが、後口に残るスパイシーさと野菜の甘味をさっぱりとさせてくれ、思わずもう1口欲しくなってしまった程だ。
「--なるほど……サイドメニューと侮っていたけど、これは認めざるを得ない……」
「だから言ったろ? 人生損してるってな」
そう言いながら目の前で幸せそうに食べられ我慢できず、私も寿司そっちのけでカレーを食べる。
そして--
満足して自宅に帰った私は--
「ねぇ、今日の晩御飯、駅前のうどん屋さんに行かない?」
「ん? 急にどうした?」
「新メニューにカレー始めたみたいでさ--」
しばらくの間、サイドメニューのカレーにハマってしまったのだが、それはまた別の話--