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縄と傘

作者: 宵薔薇

 私は子供の頃から、雨上がりに縄と傘をもって外に出る。

 雨上がりに水溜まりを探して、傘を小脇に挟みながら水溜まりに縄を垂らす。

 

 ある日、とても仲の良かった友達が消えた。唯一無二の親友だった。

 小学校からの帰り道、2人で雨が降っていないのに傘をさして歩いていた。私はお父さんが使っていたお古のボロ傘で、汚れか日焼けでところどころが茶色くなった黒い傘。友達は買ってもらったばかりの黄色い傘だった。

 黄色い傘が羨ましくて、ぼろぼろの黒い傘が恥ずかしくて、私は今度カエルの傘を買ってもらうんだって嘘をついた。そんな予定はこれっぽちもないのに。

 それがいけなかったのかな。カエルの傘を買ったら、カエルみたいに水たまりに飛び込もうよって友達が言った。面白そうだなって思ったけど、それはカエルの傘と何か関係があるのかなとも思った。

「ほら、こんなふうに!」

 私がカエルの傘と水溜まりの関係性について悩んでた一瞬のことだった。目の前の水溜まりに友達が飛び込んで、水面を力強く踏む音が聞こえた水飛沫が大きく跳ねて、こっちまで飛んできそうだったから咄嗟に黒い傘を盾にした。

 傘に水飛沫が当たる音がして、傘からぽたぽたと泥水が垂れた。もし服が泥水で汚れたら怒られるとこだった。文句を言ってやろうと傘を降ろした。

 でも、そこにいるはずの友達の姿は忽然と消えていた。

「__ちゃん?」

「__ちゃん、どこ?」

 水溜まりのそばには友達の黄色い傘だけが落ちていた。

 水溜まりのなかに友達が落ちたとしか思えなかった。ほとんど毎日通る道だから、子供がすっぽり落ちてしまうような穴がない場所だって知ってる。雨が降るたびにどこに水溜まりが出来て、その水溜まりがどれぐらいの深さなのかも知っている。

 スニーカーの靴底の厚さよりも浅い水溜まりに、友達は飛び込んで消えてしまった。


 あの日、目の前で起きたことは誰も信じてくれなかった。どうしてそんな嘘をつくんだって怒られもしたし、お前が嘘をつくせいで見つからないんだって恨まれもした。でも、あの日以来、私以外は誰も水溜まりに近づかなくなった。

 浅い水溜りに子供が落ちて消えてしまったなんてあり得ないと考えているくせに、もしかしたら自分は落ちるかもしれないと考えているみたいだ。

 地元の子供たちの間では、水溜まりで魚釣りをしている老婆は子供を捕まえて釣り餌を作っているという怪談が、にわかに流行っているらしい。魚釣りの餌にされてしまうから水溜まりには近づくな。怪談は必ずこの一文で締めくくられる。

 

 水溜まりで狙っているのは魚じゃない。あの日、水溜まりに落ちた友達だ。だから引き上げるときに千切れないようにできるだけ太い縄を垂らす。針は危ないから掴まりやすいように垂らす縄の先は輪っかにしただけ。子供を餌になんて考えたこともない。でも、どうして、水溜まりに落とした縄は泥水に漬かって汚れるだけなんだろう。


 家の玄関にはいつ雨が降ってもいいように、いつ雨が上がってもいいように、縄と子供用の黄色い傘が置いてある。

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