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書術道  作者:
ー朱雀編ー
8/30

08.龍麗と流香




「来客中だ――」


それがどういう意味なのか。

真白だけが、その言葉の真意を掴めずにいた。

“いつも昼食を共にする相手に来客がある”、というだけのこと。

だが、"その相手"が学院の食堂などで食事をとれる人物でないとすれば――

答えは一つしかない。

火夜である。




※※※※




火夜の私室には、二名の来客があった。


それも、院長室ではなく私室――。

この学院の中で、火夜の私室の存在を知る者は片手で足りるほど。

さらに、その中でも最も格式の高い部屋へと通されたのだ。

つまりこれは、「特別な来客」であるという何よりの証。

便宜的な意味で言えば、公的な手順を省略して最短で会うことができる。

その代わりそんなことができる人物はごくごく一部に限られている。

そして、火夜が「銀夜の同席を不要とした」ことが、その意味をさらに明白にする。


――護衛役である自分が外されるということは。

火夜にとって、個人的に大切にしたい、護衛の存在すら失礼にあたる相手であるということ。

火夜が、自身の安全よりも優先して配慮するほどの人物。


 


……そんな相手がいることに、嫉妬している自分がいる。


自覚はある。

子供っぽいと、自分でも分かっている。

けれど、どうしようもない。

だからこそ、拗ねた足取りで茶々の元を訪れたのだ。

素直にそんな姿を見せられるのは、銀夜にとって、茶々の前だけだった。


とはいえ――

食堂のような公の場でそれを見せるのは、銀夜にしてはかなり珍しいことだった。


 


※※※※




真白たちが昼食を食べていた頃より、一刻半(約三時間)ほど前――辰の刻。

その時刻ぴったりに、二人の来客が現れた。

事前に火夜へ送られていた手紙に書かれていた通りである。

彼らの正体を、案内係は知らされていない。

ただ「失礼のないよう丁重にお通しすること」とだけ言い渡されていた。


二人の装束の襟の色は、あかではなくあお

朱雀ではなく、青龍の里の者であることがすぐに分かる。

正式な訪問の手順は踏まれていなかったが、敵意を持たぬ証として「紅落としの儀」は済ませており、静かに私室へと入室する。


 


「本日は、お時間を頂戴し感謝申し上げる。」

「こちらこそお手紙を頂いていたにもにもかかわらず、私室こちらにお通しして申し訳ない。

 勝手な都合で選ばせてもらった。ご容赦願う。」


そんな形式ばった挨拶の直後。


火夜と、一人の女性が目を合わせ、思わず吹き出した。

昔なじみの顔に、こんな場面を見られてしまった照れくささから来る笑いだった。


 


女性の名は――(せい) 龍麗(りゅうれい)


青龍の里を治める長。

美しい(あお)の髪を、サイドの髪とともに銀のバレッタで束ねている。

そのバレッタには、龍と蓮が精緻に刻まれていた。

彼女の名にふさわしく、清麗な気配をまとう女性。

斜めに揃えられた前髪の隙間から覗く瞳は、澄んだ青いビー玉のよう。

切れ長の目元に、長くしなやかなまつ毛がかかる。

高身長で威厳ある容姿でありながら、不思議と「怖さ」を感じさせない。

銀夜と似た外見でありながら、印象がまるで異なっていた。




そしてその隣に控えるのは、水流蓮(すいりゅうれん) 流香(るか)

彼女は驚きに目を見開いていた。

破顔する龍麗の姿など、見たことがなかったからだ。




「紹介が遅れた。彼女は水流蓮 流香。護衛として連れて参じた。

 銀夜(護衛)が同席していないのを見るに、こちらも……倣った方がよろしいか?」


「龍麗様!」


驚いて固まっていた流香もこれには思わず大きな声を出さずにはいられなかった。

あり得ない。

火夜のような存在といえど、龍麗様と並ぶ立場の者が、護衛を外すなど本来あってはならない。

火夜が護衛をつけずに応対しているのも異常だ。

そのうえ、龍麗様自身が「倣おうか」と言うなど……。


 


……だが、それは本当は分かっていた。


訪問の段取りは、火夜が私室を指定したわけではない。

龍麗様のほうが、最初から“私室での対面”を希望していたのだ。

火夜もそれを理解しており、互いの意思は最初から通じ合っていた。


だから、あの笑顔。

あの気安さ。


自分のような立場には到底入り込めない、特別な信頼と関係性がそこにある。

本来であれば、青龍の里としても「護衛を付けずに一人で向かう」など到底許されるはずがない。

だから、自分は“形式上”の護衛として選ばれたにすぎない。


 


――私は、ただの付き添いだ。


龍麗様にとって、火夜は特別な存在。


それが分かっているのに……

どうしても、胸の奥がざらついてしまう。


 


……ここにもまた、銀夜と同じように――

嫉妬に駆られた者が、一人いた。




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