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書術道  作者:
―青龍編―
60/60

54.終わらせる者

【時系列】

朱夜三六七年 八月  七日:真白がはじめて書術を発動/ep.01-06

朱夜三六八年 一月二十五日:青龍の里へ到着(歓迎の儀)←現在




御簾の奥で抱き合ったまま、火夜は静かに息を整えていた。

水に浸されてなお、龍麗の体温は確かに温かい。

その温もりが、人である証と、残された時間の短さを否応なく突きつけてくる。




※※※※※


その後、火夜と龍麗は話し合いを重ね、掟遂行の日は翌日零時と定められた。

明日一日は、火夜は旅の疲れを癒し、龍麗は最期の時を過ごす。


退室後、部屋の前で火夜は流牙に呼び止められた。


「……先ほどは、失礼を致しまして申し訳ございません。」

「口答えをする奴は珍しいので面白かった。許す。」


頭を下げる流牙に、火夜はケタケタと笑って返す。


「お主、我を殺すつもりだっただろう。」


図星を突かれ、流牙は頭を下げたまま、顔を上げることができない。


「会った時から隠しておったが、

 あれだけ凄まじい殺気を向けられれば、気づかぬはずもない。

 銀夜も気づいておったな。

 ……なぜ、殺さなかった。」


他里の巫女に殺意を向けるなど、これ以上の無礼はない。

だが、その無礼を青龍に足を踏み入れてから、火夜が幾度となく浴びせられていることにも気づいていた。

しかも相手は師範である流牙。

青龍の総意と受け取られても仕方がない立場だ。

実際、それは青龍の総意でもあった。

だが立場がある以上、本来は隠さねばならぬ感情だ。

それを隠さないのではなく、隠すことすらできないほどに、彼らは追い詰められていた。

友好関係を結ぶどころか、戦になる可能性すらある。

それを承知の上で、なお踏みとどめた理由は――

そんな理屈ではなかった。


「愛する女性の、親友の命を奪うなんて……できませんよ。

 彼女の……龍麗の、悲しむ姿なんて見たくない。

 ですが……周囲を気遣う、あの優しい笑顔を見るのも、もう、辛いのです。」

「そうだな。それもじきに終わる。」


それが慰めでも、救いでもないことを、火夜自身が一番よく理解したまま、背を向けた。


「ここでは、我が悪者だな。」


ならば――とことん悪者になってやろうではないか。

それが、親友にしてやれる、最後のことなのだから。




※※※※※


歓迎の儀を終え、朱雀一行――銀夜、橘、真白は、下女に連れられて歩いていた。

略式すぎる儀に違和感を覚えたのは確かだ。

だが、それに慣れ切っている青龍の書術学院生の様子は、むしろ異常だった。

完全龍化までに残された時間は、わずかなのだろう。

一行は、そう感じ取っていた。

そして歩みを進める中で、青龍の書術学院生たちから向けられる視線に、

確かに殺意が混じっていることも。

理解はできる。

だが旅の疲労の上に、それは重くのしかかる。


離れの別館に通され、明日の予定を告げられた後、案内役の下女は静かに下がった。

この下女からは殺意こそ感じられないが、対応はあくまで事務的だった。

好きに使え、という意味なのだろう。

そう理解し、一行は足を伸ばし、それぞれ横になる。


「長旅、お疲れでございました。どうか、そのままで。」


突然、上から降ってきた声に、思わず全員が跳ね上がる。

盆を手に現れたのは流香だった。

その背後から、波流もひょっこりと顔を覗かせる。

この場で、味方と呼べる二人の登場に、安堵の息が漏れた。

卓に盆の上の熱い茶を並べ、二人は正座する。


「我が一族の無礼、どうかお許しください。

 主は、それほどまでに皆から慕われているのです。」


主の望み――掟遂行を阻止すべく、

赤の他人にすら躊躇なく殺意を向ける者など、そうはいない。

それほどまでの愛が、彼らを突き動かしているのだ。


「さらに無礼を承知で、申し上げます。

 我々、準師範以上の者は、昨年の葉月――八月に、強大な力を感じました。

 調べたところ、瀕死の茶々殿を救うために、書術が発動されたと……。

 その場にいたのは、

 朱雀の巫女・火夜様、準師範・銀夜様、

 そして――真白殿、ですね?」


その名を出された瞬間、銀夜と真白の肩が、びくりと揺れた。


「どうか、その強大な力をお与えください。

 それが、龍麗様の龍化を止める手立てになるかもしれません!」




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