54.終わらせる者
【時系列】
朱夜三六七年 八月 七日:真白がはじめて書術を発動/ep.01-06
朱夜三六八年 一月二十五日:青龍の里へ到着(歓迎の儀)←現在
御簾の奥で抱き合ったまま、火夜は静かに息を整えていた。
水に浸されてなお、龍麗の体温は確かに温かい。
その温もりが、人である証と、残された時間の短さを否応なく突きつけてくる。
※※※※※
その後、火夜と龍麗は話し合いを重ね、掟遂行の日は翌日零時と定められた。
明日一日は、火夜は旅の疲れを癒し、龍麗は最期の時を過ごす。
退室後、部屋の前で火夜は流牙に呼び止められた。
「……先ほどは、失礼を致しまして申し訳ございません。」
「口答えをする奴は珍しいので面白かった。許す。」
頭を下げる流牙に、火夜はケタケタと笑って返す。
「お主、我を殺すつもりだっただろう。」
図星を突かれ、流牙は頭を下げたまま、顔を上げることができない。
「会った時から隠しておったが、
あれだけ凄まじい殺気を向けられれば、気づかぬはずもない。
銀夜も気づいておったな。
……なぜ、殺さなかった。」
他里の巫女に殺意を向けるなど、これ以上の無礼はない。
だが、その無礼を青龍に足を踏み入れてから、火夜が幾度となく浴びせられていることにも気づいていた。
しかも相手は師範である流牙。
青龍の総意と受け取られても仕方がない立場だ。
実際、それは青龍の総意でもあった。
だが立場がある以上、本来は隠さねばならぬ感情だ。
それを隠さないのではなく、隠すことすらできないほどに、彼らは追い詰められていた。
友好関係を結ぶどころか、戦になる可能性すらある。
それを承知の上で、なお踏みとどめた理由は――
そんな理屈ではなかった。
「愛する女性の、親友の命を奪うなんて……できませんよ。
彼女の……龍麗の、悲しむ姿なんて見たくない。
ですが……周囲を気遣う、あの優しい笑顔を見るのも、もう、辛いのです。」
「そうだな。それもじきに終わる。」
それが慰めでも、救いでもないことを、火夜自身が一番よく理解したまま、背を向けた。
「ここでは、我が悪者だな。」
ならば――とことん悪者になってやろうではないか。
それが、親友にしてやれる、最後のことなのだから。
※※※※※
歓迎の儀を終え、朱雀一行――銀夜、橘、真白は、下女に連れられて歩いていた。
略式すぎる儀に違和感を覚えたのは確かだ。
だが、それに慣れ切っている青龍の書術学院生の様子は、むしろ異常だった。
完全龍化までに残された時間は、わずかなのだろう。
一行は、そう感じ取っていた。
そして歩みを進める中で、青龍の書術学院生たちから向けられる視線に、
確かに殺意が混じっていることも。
理解はできる。
だが旅の疲労の上に、それは重くのしかかる。
離れの別館に通され、明日の予定を告げられた後、案内役の下女は静かに下がった。
この下女からは殺意こそ感じられないが、対応はあくまで事務的だった。
好きに使え、という意味なのだろう。
そう理解し、一行は足を伸ばし、それぞれ横になる。
「長旅、お疲れでございました。どうか、そのままで。」
突然、上から降ってきた声に、思わず全員が跳ね上がる。
盆を手に現れたのは流香だった。
その背後から、波流もひょっこりと顔を覗かせる。
この場で、味方と呼べる二人の登場に、安堵の息が漏れた。
卓に盆の上の熱い茶を並べ、二人は正座する。
「我が一族の無礼、どうかお許しください。
主は、それほどまでに皆から慕われているのです。」
主の望み――掟遂行を阻止すべく、
赤の他人にすら躊躇なく殺意を向ける者など、そうはいない。
それほどまでの愛が、彼らを突き動かしているのだ。
「さらに無礼を承知で、申し上げます。
我々、準師範以上の者は、昨年の葉月――八月に、強大な力を感じました。
調べたところ、瀕死の茶々殿を救うために、書術が発動されたと……。
その場にいたのは、
朱雀の巫女・火夜様、準師範・銀夜様、
そして――真白殿、ですね?」
その名を出された瞬間、銀夜と真白の肩が、びくりと揺れた。
「どうか、その強大な力をお与えください。
それが、龍麗様の龍化を止める手立てになるかもしれません!」




