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書術道  作者:
―青龍編―
56/60

50.滝の向こう側




滝の水しぶきは、奇しくも白装束の女を現しているかのようだった。

白い水しぶき。圧倒的な力。

真白は思わず身震いした。


滝へと歩み寄ると、その裏側には洞窟とまではいかないが、くぼんだ小さな空間があった。

大人が十名ほど立てるほどの広さだ。


「準備はよろしいでしょうか。」


流香が一同に声をかけ、真白は反射的にうなずいた。

火夜が「頼む」と応えるのを確認すると、流香は滝に向かって手を伸ばし、唱えた。


『解』


ザアッという音とともに、滝が二つに割れる。

その向こう側には、真白たちが通ってきた神々の領域が見えるはずだった。

しかし、広がっていたのは深い深い闇だった。


暗闇に包まれ、恐怖を覚えながらも、真白は順を追ってその先へと進んでいった。

暗闇を進むうち、真白は額に何かが張り付いているのを感じた。

不審に思い、そっと手を伸ばして確かめた。


(鱗……?)


それは花びらほどの大きさで、透明ながら、暗闇の中でもわかるほど淡く虹色に輝いていた。

その美しい鱗を懐にしまうと同時に、薄暗かった視界は白い光に包まれた。

水の落ちる音は次第に削ぎ落とされ、空気そのものが澄み渡っていった。


目の前に広がったのは、どこまでもどこまでも続く水の大地だった。

そして、その水の上に築かれた建物の群れ。


青碧の瓦を重ねた建物は段状に連なり、すべてが水路と回廊、橋によって結ばれている。

太い柱は直接水中に沈み、流れを受け止めながらも揺らぐことはない。

軒先は鋭く反り、装飾は最小限に抑えられているが、梁や欄干には水と風の循環、そして龍を象った彫刻が静かに刻まれていた。

建物の中心には主殿があり、周囲より一段高く、しかし威圧することなく佇んでいる。

その周囲を巡る水路は正確な円を描き、睡蓮が規則正しく浮かぶ水面は、常に澄み切っていた。

ここでは水は飾りではなく、秩序そのものだ。

流れは導かれ、制御され、決して溢れることはない。

建物もまた同様に、感情ではなく理によって配置されている。

この場に足を踏み入れた者は、自然と背筋を正す。

真白は、それを自然と理解した。


(ここはきっと――)


「ようこそ、青龍の里へ。

 ここは書術学院の裏でございます。

 お疲れとは存じますが、もうしばらくご辛抱ください。

 このまま我が主、龍麗様のもとへご案内いたします。

 本来であればこちらから出迎えるべきところ、無礼をお許しください。」


そう言って、流香は深々と頭を下げた。

おそらく龍麗様は歩ける状態ではないのだと、真白以外の者は理解した。


「ようこそ、青龍の里へ。

 朱雀の里の皆さまを歓迎いたします。」


いつのまにかそばに現れた女御たちが「お預かりします」と荷物に手をかけ、静かに下がっていく。

流香の後について歩きながら、真白はここが学びの場であると同時に、書術を扱う者が己を律するための聖域であることを、言葉なく理解させられるのだった。




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