50.滝の向こう側
滝の水しぶきは、奇しくも白装束の女を現しているかのようだった。
白い水しぶき。圧倒的な力。
真白は思わず身震いした。
滝へと歩み寄ると、その裏側には洞窟とまではいかないが、くぼんだ小さな空間があった。
大人が十名ほど立てるほどの広さだ。
「準備はよろしいでしょうか。」
流香が一同に声をかけ、真白は反射的にうなずいた。
火夜が「頼む」と応えるのを確認すると、流香は滝に向かって手を伸ばし、唱えた。
『解』
ザアッという音とともに、滝が二つに割れる。
その向こう側には、真白たちが通ってきた神々の領域が見えるはずだった。
しかし、広がっていたのは深い深い闇だった。
暗闇に包まれ、恐怖を覚えながらも、真白は順を追ってその先へと進んでいった。
暗闇を進むうち、真白は額に何かが張り付いているのを感じた。
不審に思い、そっと手を伸ばして確かめた。
(鱗……?)
それは花びらほどの大きさで、透明ながら、暗闇の中でもわかるほど淡く虹色に輝いていた。
その美しい鱗を懐にしまうと同時に、薄暗かった視界は白い光に包まれた。
水の落ちる音は次第に削ぎ落とされ、空気そのものが澄み渡っていった。
目の前に広がったのは、どこまでもどこまでも続く水の大地だった。
そして、その水の上に築かれた建物の群れ。
青碧の瓦を重ねた建物は段状に連なり、すべてが水路と回廊、橋によって結ばれている。
太い柱は直接水中に沈み、流れを受け止めながらも揺らぐことはない。
軒先は鋭く反り、装飾は最小限に抑えられているが、梁や欄干には水と風の循環、そして龍を象った彫刻が静かに刻まれていた。
建物の中心には主殿があり、周囲より一段高く、しかし威圧することなく佇んでいる。
その周囲を巡る水路は正確な円を描き、睡蓮が規則正しく浮かぶ水面は、常に澄み切っていた。
ここでは水は飾りではなく、秩序そのものだ。
流れは導かれ、制御され、決して溢れることはない。
建物もまた同様に、感情ではなく理によって配置されている。
この場に足を踏み入れた者は、自然と背筋を正す。
真白は、それを自然と理解した。
(ここはきっと――)
「ようこそ、青龍の里へ。
ここは書術学院の裏でございます。
お疲れとは存じますが、もうしばらくご辛抱ください。
このまま我が主、龍麗様のもとへご案内いたします。
本来であればこちらから出迎えるべきところ、無礼をお許しください。」
そう言って、流香は深々と頭を下げた。
おそらく龍麗様は歩ける状態ではないのだと、真白以外の者は理解した。
「ようこそ、青龍の里へ。
朱雀の里の皆さまを歓迎いたします。」
いつのまにかそばに現れた女御たちが「お預かりします」と荷物に手をかけ、静かに下がっていく。
流香の後について歩きながら、真白はここが学びの場であると同時に、書術を扱う者が己を律するための聖域であることを、言葉なく理解させられるのだった。




